103話:爪痕
(ポポーネがポアーネになってるけどきっとバレてない)
狂喜乱舞する博士にはそれとなく「使い魔を通して私が動かした」ということにした。大まかに嘘はついていない。だがそれでも「精霊姫を連れてきたのは正解じゃった! 儂は間違いではなかった!」と脳内麻薬どばどばで話を聞いてなさそうなので放っておいた。血管がぷちっといかないといいけど。
私はいけすかお兄さんに連れられて、食堂でコーヒーとはちみつトーストをもぐもぐしていた。テーブルの上にはでかいじゃがいもがこんもり山になっていたが、私は見ないふりをした。ちょっとじゃがいもは飽きてんねん。
「令嬢芋は貴女の故郷で作られたと聞いた」
「んむり」
「これには助けられた。ベイリア軍人として感謝する。食料の備蓄が少ないところでティンクス軍に先制攻撃されてな。兵糧だけが心配だった」
ふむ。そういえば数年前の冷害で食糧難になったんだっけか。気温が高く農業国であるティンクス帝国からベイリア帝国は食料を買っているらしい。そんな最中で戦争が起こり再び食糧難に。食料といえば、クリトリヒ帝国に併合されたヴァーギニア帝国も農業国であり、そちらもイルベン人の襲撃のせいで食い物が仕入れられなくなったとか。
「我々人類同士が争っている場合ではないのだがな。争いの元となったのが魔物への反攻の鍵の一つであるネコラルというのも……子どもに言っても詮無きことか」
ティンクス帝国がベイリア帝国へ攻撃しかけてきた理由はネコラルであった。両国の国教沿いにある鉱山都市ロータブルト。ティンクス軍はここを占領した。ベイリア軍はすぐに取り返したものの、すでにネコラル鉱石はティンクス帝国へ運び出されていた。
結局のところ、「じゃがいもを置いてパンを持ち帰ってきた」なんて言われる終結になったわけだが。
ティンクス帝国は仲の悪い隣人ではあるが敵ではない。本気で殺し合えば、国は疲弊し、人類は魔物に滅ぼされる。
そんな中、空気を読まず使役した魔物を使って空から襲撃した奴がいるらしいな……。知らない。ぷいっ。
私が分厚いベーコンをあーんと口を開けて詰め込もうとしたら、にゃんこの手が膝にうにょーんと伸びてきた。いてて爪が刺さる!
むぅ。半分だけだぞ。
「本題だが、人造精霊計画は成功すると思うか」
「無理でしょ」
博士の説はわからんでもない。だが精体が魂そのものだとしても意思が弱すぎる。生きている植物だって呼びかけてもわさわさするだけなのだ。雪の精霊ポアポアだって雪の中をぽあぽあ漂ってるだけなのだ。だとしたら中身ロアーネみたいな魂を持つポアーネみたいなのが必要になるのだろう。
「ならば貴女は博士を助けるべきではなかった。実の祖父だとしてもな」
実の祖父じゃないけど……。そんなこと言ってもややこしくなるだけなので黙っておく。私はクール系美少女だからな。
『失敗しましたね』
おま言う。助けたロアーネが言うのか。ロアーネはちょっとぽぽたろうのもにゅもにゅの魔力をゴリゴラムに浸透させたら同期できたと言っていた。なんなのこいつ、頭の上に乗せてるの怖くなるんだけど。乗っ取られそうで怖いんだけど。
ゴリゴラムに魔力を注ぎ込んだせいでポアーネの身体はちょっと小さくなった。バスケットボールサイズからサッカーボールサイズへ。
「科学者の中にはネコラルを奇跡の石として崇めているようなのもいる。博士の研究もネコラル信仰に近い。『ネコラルの青白い輝きと温かみは精霊が住んでいるからだ』なんて言い出すほどだ」
うん? なんか放射性物質みたいなこと言ってない?
ネコラルって身体に影響ないよな?
『……』
こういう時にロアーネが黙ってるのが怖いのじゃが! 多分知らないだけだろうけど。
今日から泊まる所は博士の屋敷だ。いやだ。いやだなぁ。でも一応私のおじいちゃんだからなぁ。
いけすかお兄さんも一緒に暮らすらしい。この人もなんだかなぁ。私は珠のようにかわいいかわいいと愛でられて育ったので、彼の態度が気に食わない。もっとデレろ。
デレられても困るか。
博士の屋敷はメイドが一人と下男が一人いるだけで掃除もろくにされていない。この人が当主時代のオルバスタってどうなってたんだ……。
ここに侍女ルアを加えたところで屋敷の環境はどうにもならないので、とにかく急いで人を雇うしか無い。
しかし博士の研究内容は一応機密であるし、私という来賓がいるからには適当な人は雇えない。それと一度焼け落ちた悪評が出回っているようだ。今でも屋敷に残って働いているのは博士に恩がある人なのだろう。
「それなら軍からちょっと人手を借りられないかな」
だがいけすかお兄さんは首を横に振った。
そもそも屋敷がテロられたのは、軍人の中にティックチン派の魔術師スパイ工作員がいたせいだと言う。そりゃ無理だ。博士もブチ切れるわけだわ。
しばらくは信頼できるメイドさんを探しながら自活で暮らさないといけないのか……。とほー。自分の身の回りのことは全てルアに全部任せるつもりだけど。自活する気なんて始めからないぷにぷにお姫様だ。
「ポアーネも働いて貰うからね」
『は? 嫌ですけど?』
私は棒をポアーネにぷすっと挿した。モップできた!
『モップじゃないです。汚れますから止めて下さい。汚されるぅ』
戸棚の埃がきれいに取れる……。
拭き取ったあとは窓の外へポモップを向けると、ポモップからぶわぁと風が拭いてポモップに付いた汚れが碧い空へ飛んでいった。便利。
少人数で屋敷を回して数日が経った。
料理人がいないから、外食をするか、家でメイドさんといけすかお兄さんが簡単な料理を作るくらいしかない。マヨソースロードのカルラスでも呼ぼうかな。でも腕に墨入ってるし博士が発狂しそうだな。
ルアといけすかお兄さんと頭ウニポアーネで、日課の街中お散歩をぽてぽてと歩いていると、「ドロボー!」と叫びが聞こえてきた。そしてバケットを抱えた裸足の少女が駆けてきた。パン屋のおっさんが生地を伸ばす棒を手に追いかけている。
ふむ。
「ナスナス。その子捕まえて」
「はあ」
いけすかお兄さんがパチリと指を鳴らすと、少女は氷の檻へ囚われた。
「クソガキめ! 助かりました軍人さん」
助ける義理はないけれど、私は女の子の味方でいたい。なので私はルアに言って、パン屋へお金を出させた。
「なんだあんたら、あなた方はこいつの保護者ですかい?」
私の身なりを見てパン屋は言葉遣いを改めた。そんなはずはないと思っているだろうけど、貴族の嬢ちゃんは関係ないだろと言っている目だ。
「子どもがパンを盗まないといけないような環境が悪いと私は思う」
パン屋はぎょっとした。私の発言が国や教会批判だからだろう。
いけめんお兄さんは私の発言には反応せず、氷の檻の中の女の子の腕を掴んで袖をめくった。そこには魔術師の墨が入っていた。
「ティックチン派の戦災孤児だろう。ラヴァー派なら教会へ入れられる」
「派閥が違うから孤児院に入れないの?」
「他国の魔術師のガキを養うほどの余裕はない」
うーん。そう言われれば確かに……。私が養えるのかと言ったらそれも難しい。博士を抜きにしても、守られてる立場なのに危険な魔術師を側に置くの? という問題になってしまう。
しかし女の子は氷の檻の中でしょんぼりしてるし、危険な暴れる性格でもなさそうだしなぁ。うーん。
「同情で家に連れ帰るなんて言うんじゃないぞ」
うーん。先に言われてしまった。いけすかお兄さんはやはりいけ好かない。
「それなら実験体として持ち帰る! 研究対象としてなら飼ってもいいでしょ!」
みんなにドン引きされてしまった。少女にも怯えられてしまった。ちょっと言葉を間違えたかもしれない。
別に解剖とかしないよー?