102話:ゴリゴラム
フラスコの中の人造精霊と呼ばれたもの。それはファンタジーで見られる、ホムンクルスと呼ばれるようなものであろう。
だけど精霊というには魔力が瞬いているようにしか見えない。魂の入っていないただの精体ではないだろうか。
『そのようですね。あれを精霊と呼ぶのは気狂いとしか』
いつにもまして毒舌だなロアーネ。そういやこのおじいちゃんをオルバスタから追放したとかなんとか言ってたな。
「ふむ。これを見ても動じないか。さすがは本物を従えている精霊姫じゃな」
「本物?」
「本物の人造精霊じゃよ」
え? そんなのいたっけ? もしかしてポアーネ?
頭の白毛玉をむにゅっと抱えた。ふむ。白毛玉に刺さっているウニ助がトゲをぷるりぷるりと揺らした。
あっそうか。ウニ助って……私の魔力を吸って現れたから人造精霊なのか?
「それの話を詳しく聞かせてくれんか。新聞の記事には古の魔道具に魔力を吸われたとしか書かれとらんかった」
おじいちゃん博士はテーブルに広げてあった新聞を手にとってばさりと広げた。チェルイの街の新聞だ。私とウニと市長が映っている。
私はその後教官からの推測も含めて話した。魔法学校に魔法結晶の木を作り上げたこと。それは世界樹と言われるものらしいこと。それがきっかけで古の魔道具である祭壇が起動したのではないかということ。祭壇から声が聞こえて呼ばれたこと。手を付いたら魔力が吸われたこと。ウニ助が出てきたこと。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ! やはり儂の説は正しかったのじゃ!」
すると博士はフラスコを手にぴょんぴょんと跳ねた。かわいくない。
「精霊が顕現する前に呼ばれたと言ったな。そう、魂なぞ意思を持った魔力に過ぎん。やはり逆なのじゃ! 精体こそ魂そのもの。彼らに足りないのは魂ではなく身体の方じゃ! 精霊はかくあれとして形を成した存在、つまり妄想の産物なのじゃよ!」
博士はウヒョヒョヒョと気が狂ったかのようにテーブルの上の書物をかき分けて床に落とした。
そして一枚の紙を拾い上げ、それを広げて見せた。
「見よ! 古代人は精霊を従えこの地から魔物を追い払ったのじゃ! 歴史がそれを証明しておる! これでグリオグラからオーギュルト人の祖先の地を取り戻せるぞ!」
博士は両手を広げてがはははと笑った。私は三歩くらい引いた。
パパがなんで私をリンディロンに送りたくなかったのかわかった!
「グリオグラ?」
「なぬ? 知らんぬか? 闇の国、死の王が従えるのが死兵グリオグラじゃ」
なんか聞いたことあるな。ルアのパパのルレンシヒ王が話してた魔物の話かな?
魔物ならば本来の意味の「死を賭して戦う」死兵ではないのだろう。死の兵という響きからつまり……。
「骨の魔物じゃ。闇の国の兵は畑から取れる」
なんか赤の国みたいなこと言い出した。
博士は壁の世界地図の、地球で言うユーラシア大陸の北部を指さした。やっぱ赤い国やんけ!
「闇の国の兵は尽きぬ。人類が生き残るには人造精霊の力で勝ち取るしかないのだ!」
そしていけすかお兄さんと博士に連れられて来たのは兵器工場だった。ちょっとわくわく。
ネコラル車に板金を貼った装甲車が並んでいた。これが兵器? これで平気?
奥の格納庫が開けられ、ばちばちんと魔道照明が連続して点灯した。
またロボだー! ゴリラゴーレム? ゴリゴラム? 金色のゴリラみたいなロボットが置かれていた。
「精体を魂そのものだとするならば、儂は身体を与えてやれば良いと考えた。しかしなぜか動かないのじゃ」
そりゃまあ動かないんじゃないのじゃ?
私は「おーい」と手を振って呼びかけて見たものの反応はない。
案内してくれたメカニックの人が私を生暖かい目で見てきた。
「動かないよこれ」
「ふむ。では人造精霊を注ぎ込んでみるぞ」
ゴリゴラムの尻をかぱっと開けて、液体の入ったフラスコをとぷりと傾けた。そしてぱたりと蓋を閉めた。
「起動したまえ」
博士の命でメカニックがゴリゴラムの背中にまたがり、がこんと後頭部のレバーを引いた。
かんかんかんとネコラルが叩かれる金属音が響き、ゴリゴラムの目が光り、うおおおんと鳴いた。
びくん。生きてる……のか?
「お、おーい!」
私は両手を振りながらぴょんぴょんと跳ねた。だけどゴリゴラムは動く気配がない。
「だめぽ」
「ふむ。またしても失敗か」
博士はメモにしゃしゃしゃと書き込み、ぐしゃりと握りポケットにしまった。
私の精霊魔法で反応しないのはやはり生きていないからなのであろう。だとすると文化祭の時に反応した糸繰り人形はなんだったんだという話だけど。
ゴリゴラムは動かなそうな様子だけど、せっかくだからその背中に乗ってみることにした。んにんに。
両手を伸ばしてつま先立ちしていたら、いけすかお兄さんが私の首根っこ掴まえて持ち上げた。ぐえっ。
「おー」
ゴリメカに乗った幼女。ふむ。デパートの屋上感あるな。
もしかして直接触れて魔力込めながら呼びかけたら反応するかなと思ったけれどダメだった。ダメゴリである。
「どうにか動かす方法はわからんか?」
「うーん。何も反応ないし。そもそもゴリゴラムが動いたところでだからどうしたって感じだし……」
「なんじゃと?」
兵器なら装甲車の方がよほど役に立つよね。あれにちっこい魔道大砲乗っければ、ばこんばこん撃って骨の軍団なんか蹴散らせそうだし。
「それでは現状は変わらん! 不死の骸骨兵士に対し、不滅のゴラム兵をぶつけねば、人類の勝利は! うっ……!」
博士は胸を抑えてよろめき、粉薬を呷って水で流し込んだ。
いけすかお兄さんは腕を組み博士を見下ろした。
「博士。これでわかっただろう。人造精霊などという研究は無駄だ。これ以上無駄な予算はかけられん。孫と余生を暮らすんだな」
「ぐぅ……。儂の大事なアリフを奪った奴は許さぬ。魔術師どもも、骸骨兵も、貴様ら軍人もな……!」
「ふん。俺らは関係ないだろう、老いぼれが」
おじいちゃんは誰か亡くしたのだろうか。アリフ……アリフ? ふむ? 誰だっけ?
孫といえば、タルト兄様に、妹シリアナに、私に、リルフィに……。
あっ。リルフィってベイリアで屋敷を魔術師に襲われて逃げてきたんだっけ。そうだ、リルフィって女の子になった後の名前で、その前の名前はリーンアリフ……。
そうか。おじいちゃんに伝えてないのか……生きてることを。
『黙っている方がいいでしょう。漏れますよ?』
『え? まだ漏らしてないよ?』
私はスカートをぱんぱんと叩いた。んむ。濡れてない。ロアーネに騙されるところだった。
『ジジイに伝えたら話が漏れるということです。伝えてないということはそういうことでしょう』
『なるほ』
でもちょっとかわいそうだな。なんか怒りと憎しみに染まった瞳をしてるし。この、こっちサイドの立場ってすごく気まずくない? 復讐に燃える主人公に対し「なんで周りの人はもっと早く教えてあげなかったんだ」と思ってしまう展開である。
あとそれと、人造精霊なんか諦めてのんびり暮らした方がいいんじゃないかというのにも一票いれたい。でも目標を失った老人ってあっさりぽっくり逝ったりするしなぁ。ううむ。
「若い者にはわからんじゃろう。儂の、この、この……。どんな手段を用いても儂は成し遂げてみせるぞ!」
「その娘も孫なのだろう? 孫が大事というわりには道具扱いするんだな」
いけすかお兄さん! そういうデレはいらないから! こっちに振らなくていいから! 私、養女なので! 血の繋がっていない初対面なので! 幼女よろしく!
「儂を道具扱いしとるのは貴様ら軍人じゃろう。ふん。予算などいらん。そのうち皇帝の首で払って貰うとするわい」
「ッ!」
いけすかお兄さんが指パッチンすると博士に氷の檻が築かれた。そして博士は腕を振るうといけすかお兄さんは壁まで吹き飛び、身体をくの字に曲げて膝をついた。
「け、喧嘩はだめー!」
とりあえず私は間に挟まった。私からするとマジでどうでもいい争いなのだが、なんとなくこのままだと夢見が悪くなりそうだ。
「どけ! 氷塊落下」
……?
何も起こらんぞときょろきょろしたら、屋根から衝撃音が響いた。氷の塊が屋根をぶち抜いて、氷の檻に囚われた博士の頭上に落下してきた。
ジジイー!
『やれやれ』
氷塊はぎりぎりで打ち砕かれた。
ゴリだ。金色ゴリゴラムが落下してきた氷塊に両手を組むパンチを放ち博士を救った!
「お、おお……う、動いたのか……。わ、儂のゴリゴラムが……」
やっぱゴリゴラムなのか。
それはともかく、ゴリゴラムの頭の上には謎の白い毛玉がぽむっと乗っていた。あ、あれはいったい何者なんだ……。