100話:大人のレディ
ロアーネの葬儀は粛々と行われた。
彼女が生前に「墓はオルビリア宮殿の裏庭へ」と言っていたのを私は思い出し、妹シリアナと共に魔法練習をした大岩の側に彼女の墓を作ることにした。
彼女の最後の姿を見たのは、私と、パパと、ルアと、ペタンコの司教様。彼女の遺体は棺に収められて地面の穴に置かれ、聖なる炎とやらに焼かれた。
ぽぽたろうを頭に乗せて私はその様子を見ていた。不思議と悲しみも涙も湧いてこない。まだ事実を受け入れられていないだけだろうか。
自室へ戻った。
机には魔法学校の文化祭の時の、蜘蛛型ゴラムの前で二人で撮った写真を収めたフォトフレームが立てられている。半年前のことなのに、なんだかもう懐かしく感じた。
ソファにぽぽたろうが転がっている。
それを見ると今でも時々ぽぽたろうをクッションにしてぐーたら本を読んでいるロアーネを幻視してしまう。
『ページめくってくださいティアラ様』
なんだかそんな声も聞こえてきそうだ。いや、生前のロアーネはそんなこと言わない。
だがそれは確かに今聞こえてきた彼女の声であった。
「姫使いが荒い」
私はぽぽたろうのためにいやらしい恋愛小説のページをめくった。
そう。私は騙されたのだ。
なんだかイライラしていたのでぽぽたろうをむにゅむにゅ引き伸ばす。
『やめてください。ちぎれます』
「ポアポアなんだからちぎれたって平気じゃん」
『魔力が飽和状態になったら分裂できるだけです。ロアーネが二人になってしまいますって』
それは面倒なことになりそうなので伸ばしたぽぽたろうをぐにゅっと押しつぶした。
『ぐえ』
ぽぽたろうは私の手からぽよんと抜け出して、ころころと転がり形を整えた。
「私のぽぽたろうを返して……」
『私がぽぽたろうですよ。魂はロアーネですけど。ふむややこしいですね。ポポーネとしましょうか』
「名前はどうでもいいけど」
ぽあぽあ白毛玉の中身が性格の悪い合法ロリになってしまった。悲しい。
「憑依乗っ取りは良くないと思う」
『乗っ取り? いえ、ロアーネの記憶を持った魂をぽぽたろうに移しただけです。記憶を残す魔法はあると昔に言ったじゃないですか。まあ完璧ではないので失われる部分は多いのですが……人間体ではないとはいえ、前世の私の魔力をかなり混ぜていたのでかなり馴染みました良かったです』
「良くないけど……」
白くてぷにぷになぽぽたろうに邪悪な憑依乗っ取り合法ロリの魂が入ってしまった。いつか分離させようと思う。
『だから違いますってば、混ざっただけです。ぽぽたろうの自我が薄くてほとんどロアーネになってしまっているのは認めますけど』
「やっぱ乗っ取りじゃん!」
『ぽぽたろうの意識もありますよ? ただ、『あったかー』とか『ひんやりー』とかそんな感じしかないですけど』
私はポポーネをむにゅっと潰した。
「今どんな感じ?」
『ぽぽたろう的には『んにゅー』って感じですね』
私がポポーネをむにゅむにゅしていたら、ルアに後ろから私のほっぺをむにゅむにゅされた。んにゅー。
「ロアーネ様をいじめちゃだめですよっ」
『そうですよ』
「やっぱりこんな邪悪な魂が入ったぽぽたろうなんて私は認めない!」
『邪悪じゃないですし』
だけど私自身が美少女精霊の身体をした魂おっさんなことを思い出した。
待てよ、ロアーネはぽぽたろうと魂が混じったと言ったな。私の場合は……?
時々おっさんの中の幼女が漏れ出していたのも、もしかして……?
『それは違うと思いますけど?』
幼女とおっさんハーフ&ハーフ魂説を否定されてしまった……。
というか、相変わらず心の中を読んでくるなこいつ。
『そうそう、次はティアラ様の身体を乗っ取っていいですか?』
臓器移植してもいいですか、くらいの軽い感じで聞いてくるな。
というか今、乗っ取りって言ったね?
そもそもさぁ、いやさぁ、「もしかしてこいつ私の身体目当てじゃね?」とは少し思ったけどさぁ、そういうのはさぁ、隠しておくものだよ? ネタバレロアーネだよ?
『先に言っておくべきだと思っただけですが』
まあそうね。そうだよね。なんか緊急時にそんな混乱と覚悟と決断させるようなこと聞いてくる方が困るもんね。
ええ、でも私の身体の中にロアーネ入ってくるのはちょっと嫌だなぁ。えっちじゃん。
『何がえっちなんですか……』
ポポーネがぽよぽよしながら私の身体をよじ登ってきた。そして胸元から入りだし、中にいたウニ助をぽいっと放り出した。
こ、こいつ……。
『今のはロアーネじゃないです。ぽぽたろうの意思です』
こ、こいつ……。
放り出されたウニ助は、翼をぱたぱたさせてルアの胸元へ飛び込んだ。
あ、あいつ……。
そういうわけで、結局私はいつものように合法ロリ……ではなくなりポアポア乗っ取りロアーネと共に行動するわけなのだが。ベイリア中央区首都リンディロンは、この辺りと違ってシビアン山脈の雪が吹き下ろす風がないとはいえ、北に向かうゆえ気温はさほど変わらず、冬は寒くて寒くてもこもこにならねば外に出られぬ。冬は家に篭りたいので、首都へ向かうのは新年の春まで準備期間をいただくことにした。
シリアナは「またティティだけ旅行ずるーい!」と手足をじたばたさせて文句を言ってきたが、シリアナも夏までヴァイギナル王国に行ってたはずでは……。
それを言ったらタルトなんかずっと家でパパの手伝いをしていた。タルトも旅行したいだろうなと思ったけども、「おれは遊んでる暇はないからな」と子どもらしからぬ顔で言われてしまった。むぅ。前世のおっさんが同じくらいの歳の頃はトンボを追いかけ回してたくらいの知能だったというのに……。もっと子どもらしくなれ、げしげし。
「いてーな! なんで蹴ってくるんだよ!」
取っ組み合いになって床にゴロゴロ転がった。へへーん。タルトに馬乗りになってマウントを取ったら、後ろから身体を持ち上げられた。ぷらーん。
あ、タルトのお付きの侍女じゃん。おひさ。「おしとやかになられてください」と叱られてしまった。タルトのせいだし。おのれタルト!
私はパパのいる執務室へ駆け込んだ。パパー! タルトがいじめたー!
「先に蹴ったのはティアラだと聞いているぞ。どうしてそんなことしたんだい?」
む。すでにパパに話が伝わっていた。誰だ? ルアか? ほわほわ娘め!
「タルトが生意気だったから」
「ふむ。暴力を振るってはいけないぞ。タルトに謝ってきなさい」
「やだ!」
ぴゅーん。私は部屋から逃げ出した。
私の仲間はどこにもいない……。孤独になってしまった……。頭の上にポポーネだけが私の理解者だ。
ポポーネは頭の上でぽむぽむと跳ねた。
『ティアラ様の精神が子どもなのが悪いですね』
「なぬ!?」
ポポーネにまで裏切られてしまった! むにー!
私の癇癪はロアーネを失ったことによるものだと周囲に思われているようだが、私が真に失ったのは物言わぬぽぽたろうなのである。ぽぽ次郎三郎と交換しようかな……。
『やめてください。シリアナの相手はロアーネの手には余ります』
ふう良かった。私より評価の低い幼女がいて。真正幼女と大人らしさを競い合うおっさんは完全に敗北な気がしてならないが、幼女として生きるにはなるべくおっさん分は隠さなくてはならないのだ。ふうやれやれおっさんを隠すのは辛いぜ。よっこらしょ。
『ロアーネをクッションにするのはやめてください。お尻が臭いです』
なにを!? 美少女が臭いわけないじゃないか! 言いがかりはよせ!
美少女はうんちもおならもしないから臭うはずがないのである。
そして春がやってくる。
ついに私はもうすぐ十歳の大台となる。二桁年齢ということは私もついに大人のレディなのだ。十歳ならばもう二次性徴が始まり胸が膨らみ始めるからな。おかしいな、ロアーネみたいにつるぺたなままだなこの胸……。そもそも身長も伸びない。二歳下のシリアナに追い越されたのだが、これはいったい……。お肉いっぱい食べてタンパク質摂っているというのに!
頭の上のポポーネがぶるぶると震えた。
『最近また調子に乗って魔法結晶精霊カードなんか作ってますし、そろそろ成長止まるんじゃないですか?』
なん……だと……? そんな無茶したつもりはないのだけど、私のお漏らし力はそんなにカロリー消費するというのか……。
私はぷにぷにロリっ子は好きだが、あくまで愛でる対象であって、自分自身がこのまま成長しないとなるとそれは寂しいのじゃが。ないすばでーお姉さんになってロリっ子といちゃいちゃしたいのじゃが!
『うわー』
うわー言うなし。でも巨乳は肩が凝って大変って言うからな。そこそこで良い。ルアくらいで良い。
『高望みすぎですね』
十四歳に圧倒的敗北してた身体の持ち主だった元ペタンコがなんか言ってる。
「お嬢様っ。今日のおやつはにゅにゅケーキですよーっ」
「わーい」
クリトリヒのスキーンの街で生まれた、チョコパイならぬにゅにゅケーキ。鉄道が開通したおかげもあって、色んなお菓子がオルビリアにも渡ってくるようになった。
オルビリアの街は成長を続けている。郊外に住んだ猫人の影響も大きい。彼らの圧倒的パワーによる土木建築はオルビリアの発展に貢献していた。マッチョ猫人たちはエッヂの街で見かけた猫人よりも、より獣っぽかった。猫要素の強い猫人はより強い差別を受けるために街中で見かけることが少なかった。だけどここオルビリアではそこまで酷い扱いされず、住みやすいと彼らは言っていた。よそ者扱いは、まあその程度は仕方ないことではあるが、最低限人間扱いされるので十分だと言う。
私が彼らの娘の猫耳としっぽをもふもふして回ったら、さらに猫人への待遇が良くなったと聞く。みんなももふもふしたかったのかな?
猫人アイドルグループNLP三人娘の公演もオルビリアで行われた。劇団を引き連れての公演である。わざわざそのために野外ライヴステージも突貫で作り上げた。音を増幅する魔道具を積み重ねた熱狂的ライヴはオルビリアの歴史に残ると新聞に書かれた。
NLP三人娘……ビッグになりおったなぁ……。私は後方腕組ぷにぷに幼女となる。
そして出立の日。
私はポポーネを頭に乗せ、翼ライオンのにゃんこを連れてオルバスタ鉄道に乗る。もちろんルアとウニ助も一緒だ。
「行ってきまぁーす!」
かぁんかぁんとネコラルを叩く音が、まだ風が冷たい春の陽気で萌える草原の中で響き、金色の真鍮ボディのネコラル機関車からぶしゅうと碧い蒸気が吹き出す。手を振るオルビリアのみんなの姿が遠ざかっていく。
機械都市と噂を聞く、ベイリア首都リンディロン。そこは再び別世界に飛び込んだようなSF魔法ファンタジー空間なのであった。