10話:タルト兄様誘拐事件
百合の花がくぱぁと開き、庭園に甘やかな香りを漂わせるようになったある日のこと。
私に付きまとっていた合法ロリシスターが突然「もう我慢できない」とかなんとか言い出して、私のことを抱きかかえた。むぎゅむぎゅぷらーん。何このサービス。シスターな女の子に抱きしめられるとか通報されない? おっさんにラブソングを、始まる?
そして私自身はぷらーんと抱きかかえられることにすでに慣れていた。よく侍女リアに抱えられるからな。ちっこい身体で豪奢なドレスを着ていると、自分の足では間に合わないことがあるのだ。最近は「出る」という言葉に敏感な私の優秀な侍女であった。
それはともかく、合法ロリにむぎゅむぎゅされて無表情な私を奥方に見つかってしまった。
また叱られちゃう。奥方は私に手を伸ばし、侍女さん方が慌ててそれを止めさせる。しかし奥方は構わず合法ロリごと私を抱きしめ、私の顔はおっぱいに埋もれた。
侍女さん方が「危険です奥様!」やらなにやら騒いで慌てている。
そこでやっと私は気づいた。
どうやら奥方はツンデレどころか私に元々すでにデレデレだったようだ。だが私に触れようとしたタルト兄様の侍女が魔法で失神した事件が起こったので、私に触れることができなかったらしい。よくよく考えると当然である。私は手を出すと引っ掻いてくる気分屋な猫の扱いだった。奥方のあの視線は私に触れようとするのを我慢していたのか。
しかしこうやって可愛がられると、なおさら中身がおっさんだとカミングアウトできなくなってくる。私、創作の異世界転生者がなんでカミングアウトしないのかわかった! 合法ロリの平原と、若奥様の双丘に挟まれつつ、「実は私はおっさんです」と言えるだろうか。逆の立場ならそんな邪悪な存在は私なら磔て燃やす。苦しめればおっさんの魂は消えて女の子が戻ってくるかもしれないしな。
さて、おっぱい窒息死しかけているなか、タルトのお付きの失神侍女が奥方の前にも関わらず、スカートを限界までたくし上げて駆けてきた。
彼女は「坊ちゃまをお見かけしませんでしたか」と尋ねて回るも、誰もが首を傾げる。お付きの侍女が居場所を知らないのに、なおさら担当外のメイドが知るはずもなかった。それなのに慌てながら聞き込みをするその様子に、皆はただならぬ気配を感じた。
奥方は私をおっぱいから離し、「何事ですか」と尋ねると、失神侍女は驚き慌てて佇まいを直した。奥方がこの場にいることに気がついていなかったようだ。
失神侍女は言葉を濁しながら、「坊ちゃまが外から帰られないのです」と白状した。彼女はタルト兄様から目を離してしまったようだ。推定六歳児くらいになると行動範囲も広がり、気がつくと変なとこに入り込んだりするからなぁ。
彼女の視線は私に移っている。そしてみんなが私のことを見た。
そういえば今日も体術の訓練の後に、一緒に外で隠れんぼして遊んでいたっけ。だけど私も居場所は知らない。とっくの前に家に戻って着替えているし。妹シリアナも同じだろう。
「私、知らない。見てない。もう着替えた」
私は両手を挙げて、ドレスを見せつけた。このあとはお勉強の時間だからタルトと遊ぶ暇はない。そもそもこの時間のタルトはどこで何をしているのかすら知らなかった。
タルトは一人で隠れんぼでもしているのか? それともお勉強が嫌で逃げ出したのか? もしかしてどこかに入り込んで挟まって出られなくなったとか。ぷぷぷ。笑い事じゃないな。
それとも、最悪なケースを考えるならば。
「タルト、ゆーかい?」
どこに行ったのかしらと話し合うメイドさん方が固まった。
あれ? 誰もその可能性を考えてなかった? いや、頭にはよぎってはいるが考えないようにしていたのかもしれない。それに口に出さないのも、奥方の前だからだったのかもしれない。
失神侍女が「失礼します」と慌てて駆け出していった。改めて外へ探しに行ったのだろうか。
奥方はふらりとよろめき、彼女の侍女に身体を抱えられた。奥方の侍女に、全くこいつは余計なことを言いやがって……という目で見られた。ふえぇ。
泉に一石を投じられた波紋のように不安は広がり、すでにタルトは誘拐されたものとして周りは動き出した。最悪のケースを想定して動くのは良いことだと思う。これでタルトが自ら隠れに入った納屋に閉じ込められていたとかだとしても、早く見つかることはタルトが叱られて笑い話で済んで良いことだ。
私とシリアナのお勉強は中止になり、私は侍女リアと合法ロリシスターのロアーネと共に寝室に戻された。
私とロアーネはソファに座り、侍女リアがお茶を淹れる。
ロアーネは私に「タルト様が誘拐されたというのは本当ですか」と尋ねてきた。なんで私がそれを確定で知ってるような口ぶりなんだ? 何か魔法を使ったとでも思った?
いやでも状況からして可能性は高いと思ってはいる。そうでなければ、いくらうっかりな私だってあの場で口には出さない。なので私は素直に頷いた。
まず、計画的な誘拐犯行ではないかと思うほどタイミングが完璧だからだ。主人であるパパが家を出て、簡単には戻れないほどの日数が経った後だ。
では犯人は誰かと言うと、タイミングが良すぎるゆえに内部犯であろう。これが創作ならお付きの失神侍女が犯人だったりするんだろうけどなぁ。だがそれはないと思っている。彼女はタルトを慕っているからこそ、タルトを蹴った私を咎めようとして私にバチィされたのだ。彼女はその際に、私に対する暗殺疑惑まで立てられ、身元が改められたらしい。メイドさん方がそう噂話をしていた。その時に白だったのだから改めて疑う必要はないだろう。
と、なると、疑わしいのは……。
「犯人、わかった」
「本当ですか!? 誰!? 誰なんです!?」
ぽっと出で急に現れて、私のことを観察していた人物。目の前の合法ロリを私は指差した。
「最近、来た、ロアーネ、あやしい」
「ええーっ!? 違いますよ!」
私の手は侍女リアにぺちんと叩かれた。エイジス教のシスターを疑うのはご法度だったようだ。
「ロアーネ様、お気をつけください。お嬢様はこんな顔をして、たまに冗談では済まないことをします」
「恐ろしい子!」
合法ロリが私の隣に座り直し、ほっぺをむにむにつねってきた。いたい。
ところでこの合法ロリ、初見の時に奥方に口を挟んだり、私のほっぺをむにむにしても許されることからして、実はただのシスターではないようだ。なんか格好が前世のシスターみたいだからシスターと呼んでいたが、もっと位が高いのかもしれない。偉くてちっこい女の子とかどこぞのアニメか。
そして会話はなぜか花壇の百合の話になり、百合が植えられてる理由をロアーネは知らなかった。後で庭師にでも聞いてみようかな。庭園といったらほら、薔薇のイメージない? ロアーネが知らないということは宗教由来ではなさそうだ。ほら、前世の宗教では百合が特別な意味があったりしたし、何かあるのかなぁって。女の子同士が仲良くする百合のほうではないぞ。
と、なるとあれか。観賞用の植物で百合は珍しく食べることができる。なぜ珍しいかというと、花卉の多くは毒があり食べられないからだ。食べられないからこそ、観賞用なのである。百合も全てが美味しいわけではないが、百合根は食用として有名だ。
まあそんな雑学とは無関係で、奥方が百合の香りが好きとか、そういった単純な理由かもしれないけど。
「失礼します」
ノックされ、メイドが部屋の外から侍女リアを呼んだ。何か話している。「お嬢様を部屋の外に出さないように」とかそんなこと。
もしかしてタルト誘拐はまじな感じで、警戒態勢になってる?
ロアーネが不安そうな顔をして、私の手を握った。
なるほど、この合法ロリっ子は犯人ではなさそうだ。