1話:誕生そして幼女最大のピンチ
ああ美少女に生まれたかった。美少女ときゃっきゃうふふしたかった。それが私の最後の記憶、いや最初の記憶かもしれない。おっさんだったはずの私は、気がついた時には幼女になっていた。
歳は視点の高さからして四つか五つか。すらりとした白い手足に、ぷにっとしたお腹。やたら長いキラキラと虹色に輝く不思議な髪。困ったことに身体はかすかに透けて見えるので、もしかしたらすでに死んで霊体なのかもしれない。
なぜなら、この世界に生まれ落ちてからの今までの記憶と、立っているこの場所に覚えが全くないからだ。森の中の小さい滝壺のある幻想的な泉の前に、私は立っている。
ここはどこ? 私はよーじょ?
私が仮に霊体だとしても、辺りにそれらしき元の肉体は見当たらない。ならば最初からこの姿で生まれ変わったのだろうか。突飛な発想だが、そうとしか思えない。
あるいは、元の主が死んで、私が憑依したか。その可能性を考えて目をつむり、頭の中で「おおい」とまだ残っているかもしれない幼女の意識に呼びかけてみるも答えはない。
私は諦めてごろりと寝転んだ。なんだか眠くなってくる。
聞こえるのは小滝の水の音と、風にざわめく木々の音、鳥の声。獣の鳴き声。
獣?
目が四つあるきもい狼に、私は囲まれていた。
やめろ! おっさんの肉なんか美味くねえぞ! しまった。今の私は幼女だった。幼女のぷにぷにお肉とか美味しいに決まっている。
「わあああっ!」
私は立ち上がって両手を広げて大声で叫んだ。小さい身体を大きく見せる。足はすくんでぷるぷるしている。よく動けたと自分でも思う。まあ、動けたところで威嚇にもならなかった。
狼の中でも若そうな奴は我慢できなかったのか、先走って私に突撃してきた。牙が首を狙って目の前に迫る。
あ、死んだわこれ。
そう思った瞬間。狼はバチンと誘蛾灯に弾かれる虫のように地面に転がった。
私も驚きひっくり返り、泉の縁に尻を着いた。
「ぎゃああ!」
私は手足をばたつかせ、泉の中へ飛び込んだ。振り返ると狼たちはたじろいでいる。これは助かったか?
しかし、奴らは泉の周りから離れない。困ったな。詰んだ。ロードできない? 最初からやり直せない?
またさっきのバチンって奴が水の中からできたらなぁ。むむむむっ。
私がむむむむとうなりだしたら、狼たちはきょろきょろと慌てだした。なんだ効いてる? 効いてるのか? 効いてるわけがなかった。
森の奥から蹄の音と人の声が近づいてきていた。
狼たちに矢が撃ち込まれ、二匹がギャンと鳴いて倒れた。そして狼たちは慌てて逃げ出した。
木々の間から現れたのは、馬に乗った髭のおじさんとその従者だった。
髭おじさんは下馬して腰のサーベルを抜き、三匹の狼の首に止めを刺した。
のんきにぷかぷか仰向けで水の上に浮かんでいる私と髭のおじさまの目が合った。
あらやだ。髭のおじさまかっこいい……。
だけどところで今の私は全裸なんだよなぁ。素晴らしき開放感。幼女じゃなかったら露出狂になるところだった。幼女だから恥ずかしくないもん。
髭のおじさまには恥ずかしかったようで、私にマントを身体にかけてくれた。良いおじさまだ。きゅん。おっさんの中の乙女心がうずく。
髭おじさまの周りの従者たちは私のことをすごく警戒していた。全裸の幼女を警戒するのもどうかと思うけど。まあ確かに、ちょっとRPGのモンスターっぽい雰囲気はあるかもしれないけど。あれ? もしかして私ってそういうやつ? 種族人間じゃない感じ?
髭おじさまはマントに包んだ私を抱きかかえた。そして馬に乗せられる。
ふぅむ。これはお持ち帰りされる流れか。討伐されたくないので大人しく無害を装う。装うっていうか無害な幼女だけど。ちょっと汚れたおっさんの魂が混じってるだけだけど。俺なら中身がおっさんと知ったら捨てていく。
一行は森の中を進んでいく。森といっても管理されている森のようだ。雑多な雰囲気はない。枝は打ち払われ馬が通れるようになっている。
髭おじさんは幼女が泉にいることを知っててやってきたのだろうか。
気になることは沢山あるけど、困ったことに彼らの言葉がわからない。翻訳機能くれ。最初は英語かなと思っていたが、聞き覚えのある単語がまったく出てこないのでどこか違う国の言葉なのだろう。
森を抜けて現れたのは宮殿だった。
ふ、ふぅん。なんだか偉そうな髭おじさまだとは思っていたけど、なかなか凄そうじゃん?
そして私はお姫様になった。
メイドさんに石鹸で泡だらけにされてわしゃわしゃされたあと、自力では着られないきらきらドレスを着せられた。髪は不思議な力で乾燥されあちこちに三編みを作られている。銀か何かで作られた特大の鏡に映った私の姿は美幼女お姫様だった。自分の顔に思えず、私は三度後ろを振り返り、その度にメイドさんに顔の向きを戻された。この魅力のステータスにうっかり全振りしてしまったかのような顔はやはり私の顔らしい。魂が精気ないおっさんによる表情でも、素材が良すぎてジト目無表情ロリといった感じになっている。これはこれで人気出るタイプのキャラじゃん! 私も好きなタイプだ! だが今後ジト目無表情ロリキャラを見たら、中身が流されムーブの達観したおっさんではないかと疑ってしまうではないか!
メイドさんに「終わりましたよ~」的な声をかけられ、手を取り椅子から立ち上がった。
メイドさんたちも私の美しさに驚いている。若干引いているようにも見える。
あれ? 大丈夫かな? もしかしてまた身体が少し透けてる? 大丈夫そうだ。
それよりも虹色に輝くつやつやの銀髪と、金色の瞳が人間離れしているのが悪いのかもしれない。白すぎる肌と合わさり、神秘的でもあり不気味でもある。
手を引かれ部屋から出た。ふかふか絨毯の廊下を歩き、別の部屋へ向かっているようだ。メイドさんがノックをして入ると、髭おじさまが待っていた。
髭おじさまはかわいい私の姿を見て大喜びした。うむ。沢山愛でても良いがお触りは厳禁じゃぞ。メイドさんがセットしたばかりだからな。
前世の記憶の中に薄っすらぼんやりとある人生初のカーテシーをした。ドレススカートを摘んで軽く持ち上げて、片足を後ろに引き、膝を曲げる。バランスを崩してふらついたけど、幼女だから許してほしい。
ふらふらカーテシーをして見せたら、髭おじさまは驚いていた。そして色々と話しかけてくるも、私は無口キャラを通す。だって言葉がわからないんだもの。
大丈夫だ。ジト目無表情無口幼女キャラは強い。人気も性能も。
次に待っていたのは食事だった。そういえばお腹が空いていた。
白いパンとか、透明なスープとか、油滴る肉とか美味そうなものばかりだ! 量がなんかめちゃくちゃ多いけど、これ全部食べたら大食いキャラまで追加されてしまうぞ。
食事マナーまでは知らないぜ。フォークとナイフは端から使うのはわかる。食べ方が汚いのは幼女だから許せ。ドレスを汚したらまずいことはわかるので、そこは気をつけて食べた。それゆえがっつくおっさん幼女にはならなかったと思う。お腹空いてたので次から次へともきゅもきゅ食べてたけど。
だって美味しいんだもの。
パンにお肉挟んじゃう。ふへへ。
そして満腹になった私はことりと寝落ちをした……ようだ。気がついたら朝で、ネグリジェを着てふかふかベッドの上だった。
瞬きくらいの感覚で映画のカットが切り替わるようにシーンが変わってて驚いた。子供の頃の睡眠ってこういうことあったなぁとか懐かしく思う。
私はハッと慌ててさらさらの白いネグリジェの裾をめくった。ふぅ。良かった。粗相はしていなかったようだ。だが油断は禁物である。意識したらおちっこしたくなってきた。
私は客人の立場だと思うのだが、メイドさんを呼びつけていいのだろうか。それもどうしたらいいんだ? とりあえず部屋の戸を開けた。
宮殿の廊下に朝日が射し込んでいる。非日常的でまるで異世界に迷い込んだようだ。
いや、ここ本当に異世界なのかもしれん。四つ目の狼とか知らんし。メイドの手からドライヤーの風出てたし……。魔法か。魔法だよな? 私が狼を弾いたのも魔法?
男の子ならみんな大好き、剣と魔法の異世界か!? やったー! 幼女だけど!
それどころではない。おしっこである。
この短い幼女生で早くも最大のピンチを迎えようとしていた。