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異世界転生失敗奇譚  作者: 八田弘樹
人魚の哀怨歌
5/14

街を統べる教皇

「モンスターの変死体? ですか」

「はい、そうなんです」

 カウンターに並んで座る俺たちは初老のマスターの振舞ってくれたご飯を口に運びながら、その話を聞いていた。リセは、左手に握ったフォークでハンバーグを口の中へ放り込みつつ、右手でマスターの話をメモしている。俺はグラスに注がれた水を飲んで、マスターの話に相槌を打っている。

 マスターのお店は八畳程度の小さなバーのようで、マスターのすぐ後ろには二段の棚があり、数え切れないほどの種類の酒瓶がずらっと並んでいる。酒の並べられた二段の棚には、それぞれ薄明るい橙色のライトが点灯しており、酒瓶に差し込むライトの光が屈折して色彩よく輝くその様は、まるでミラーボールのようにきらびやかで、しゃれた店内の雰囲気によりいっそう拍車をかけている。

 趣のあるとてもいい店である。現実世界にあれば確実に通い倒していいただろう。

「それはいつ頃の話でしょうか?」

「はい、だいたい一ヶ月前だったと思います。この島では、ある宗教が栄えとりまして、街人のほとんどが信心深い信者、というわけで……ああ、いえ、特別怪しい宗教というわけではございません。まあ古くから伝わる伝統みたいなものですな。とまあ、それはさておき、この街の西側にはそりゃあもうたいそう大きな教会がありましてね。我々は毎週その教会へ礼拝に伺うんですが、その教会へ向かう途中のことでした。私は妻と連れ添って教会へ向っていたその道中、奇妙な叫び声を聞きましてね」

「奇妙な叫び声? それがモンスターだったと?」

「いえ、そうではないんです。確かにモンスターはモンスターだったのですが、それがどうも……不思議で」

 マスターはそこまでいうと、口をもごもごと動かして言い淀んだ。

 言いあぐねているといった悩ましげな表情をおもてに走らせたのち、大きな不安に揺れる瞳をしばたたかせて、ぶるっと身震いさせると、

「女の悲鳴に似ていたんですよ」

 と喉になにかつまったような声でいった。

「お、お、女の悲鳴っってまさか……セイレーンじゃ……」

 俺の手に持っているグラスがにわかに震えだす。

「それが、わからないんです。でも死んでいたのはセイレーンではありませんでした」

「え? セイレーンじゃなかったんですか?」

「ええ。悲鳴かと思って、慌てて声がした方へ駆けつけてみたんですが、死んでいたのはインプ? のようなものでした。この辺りでは見ない種族でしてね。でもそれが私たちには奇妙で奇妙で」

「ちなみにインプの悲鳴って女性に近いものなんですか?」

「さあ、私どもにはさっぱり。でも街の住人の中でもそういう事に詳しい奴がいうには、インプはもっと下品で図太い声で鳴く、と言うんですよ」

「はあ」

 マスターは卒然とした表情を浮かべて、グラスを入念しいしい磨いている。まるで心に掛かった不安の霞を取り除こうと躍起になっているよう見える。なんだか少し、気の毒である。

「しかし妙ですね、このあたりに出没するはずのない種族が道端で死んでいるなんて」

「そうでしょう。しかも一匹だけじゃないんですよ、それが」

「一匹だけじゃない、というと?」

「大量に死んでいたんです。軽く見積もっても五十匹ほど……」

「ご、ご、五十匹っ?」

 俺はぎょっとして目を大きく見開いた。それは隣にいたリセも同様のようで、メモを取っていた右手が石のように固まり、口をポカンと開けて、マスターの顔を凝視している。

「あれはどう見ても、自然現象じゃない。明らかに人為的なモノなんです。五十匹のインプのような種族が、ピシッと整列しながらお辞儀をするように頭を伏せて死んでいたんです……」

 俺はそれを聞いた時、背柱が凍りつくような寒々しく走る戦慄を抑えることができなかった。

 ふとその光景を想像してみる。

 新緑をたたえた草原の海の中で、こうべを垂れながら死に絶える哀れな小悪魔たち。

 風にたゆたう緑海の波が、紫の頭でできた島を強く穿ち、その姿をせせら笑うかのように草っぱの潮騒が煽り立てる。

 そんな身の毛もよだつ禍々しく、むごたらしい光景を目の当たりにすれば、街中が閑古鳥となるのも大いに頷ける。

「なるほどなるほど。ちなみに死因はなんだったんでしょう?」

 我ながらやっと探偵らしいことが聞けた、と胸をなでおろす。

「ええっと、死因ですか。はあ、私共にはそういった詳しいことはちいともわかりませんのです。おそらく教皇様なら何かご存知じゃないでしょうかね」

「教皇様?」

「ええ、この島の宗教を取り仕切る、教会の長で御座います。だから皆は教皇様と呼んでいるんです」

 こうした閉鎖的な地方において、宗教というのは人々の精神的主柱を担うという点で、重大な役割を果たしている。天災や事故、病などの不幸を鎮めて心の不穏を払拭できる宗教は、文化が発達していない、ことにこのような島に限っては、人々の一縷の希望といえよう。それゆえに、宗教的な発言は絶対的な支配力を有しており、教主の発言一つで街の情勢が一気に傾くほどだという。現実世界でも、過去にそういった宗教の影に潜むどす黒いまがまがしい思惑やむごたらしい偏見に虐げられた人々は後を絶たなかった。

 宗教というのはそれほどに人々の心に強く根を張り、息づいているのだ。

「なら一度、その教皇様にお会いしないといけませんね」

 俺は意を決して、教皇様へ会うことを提案する。

 その意見にはリセも賛成のようで、張子の虎のように首を何度も振っている。

「大量のモンスターの死因についても気になりますが、やはり街の教主様にも挨拶をしておかなくては失礼に当たりますしね」

「ああ、そうですか。でしたらここから出て、右にまっすぐいったところに、黄色い屋根の家がありますので、そこへ行かれるといい。そこにはリショウという男がおりまして、その者は教皇様直属のお弟子さんでしてね。リショウなら教皇様へのご都合もつけてくださるのではないかと思います」

「はい、ありがとうございます。じゃあさっそく行ってみますか。リセちゃん、そろそろいくよ」

「あ、はいはい。今行きます」

「ごちそうさまでした。お代はいくらです?」

俺は胸元の内ポケットに手を伸ばながら尋ねると、

「ああ、お代は結構ですよ。お告げ人からお金なんて取れません」

「え、いや。でもそれは」

「いえいえ、いいんですいいんです」

「はあ」

 あまりに遠慮されるものなので、ここで押し通してはかえって失礼かと思い、マスターのご厚意に甘えることにして外へ出た。

「いやぁ、さっすがお告げ人ですねぇ」

「リセちゃん……まさか俺についてきた理由って、タダ飯のため?」

「ち、ちがいますよ! いや、まあ少しはありますけど」

「あーなんとまあさもしい少女、いや老女よ」

「あ? 老女? ちょっとそれは絶対に言っちゃいけないやつですよ!? サイテーです! 謝ってください!」

 リセはにわかに顔を赤くして気色ばむと、地団駄を踏んで俺の顔をギロリと睨む。

 おれはその様子を尻目に掛けて、マスターの言われた通り、右手に歩き始めた。

「もお、まってくださいよ!」

 あとからリセも慌ててやってくる。

 店から出てから、すぐ右手にまっすぐ進んで突き当たりに差し掛かるとマスターの言っていた黄色い屋根の建屋はあった。

 建屋のいでたちはどこの家とも変わらぬ西洋風の石造りであるが、他と少し違うのは、扉が引き戸ではなく開き戸になっていることだ。

 ドアを二、三回叩いて声を上げると、少しして、奥からドタドタと忙しない足音を近づいてきた。足音が扉の前で止まったかと思うと、開き戸が音を立てて開き、マスターの言っていたリショウなるものが顔を出す。

「はい、なんでしょう?」

 扉をあけて姿を現したリショウは、古代のギリシャ人を思わせるキトンのようなものを身に纏い、頭には白いターバンを巻いていた。歳は二十歳前後のようで、背丈は俺より少し高く、170cm半ばほどだと思われる。器量はよくもないが悪くもなく、いたって普通で、目尻のつり上がった細く長い目が特徴的である。鼻筋は細くまっすぐ通っていて鼻も高く、顎のラインもすらっとしていて長細い。彼の顔を一言で表すならまさにきつね顔である。世の中にこれほどきつね顔、という言葉が似合う男はいないだろうというほどに、きつね顔という言葉がぴったりな男である。しかし、その細い目の奥にある瞳の底には、はっきりとした力強い意志のようなものギラリと光っていて、どこか油断ならない男であることを思わせざるを得ない。

「あなたがリショウさん、ですよね?」

「ええ、そうですけど……あなた方は?」

「私はカワグチと申します。彼女はリセです」

「どうも、リセです」

 にっこりとふくよかなタヌキ顔で微笑むリセに、リショウは対照的な細い線をした笑顔で返す。

「もしかして、あなた方があのお告げ人ですか?」

「まあ、ええ。そういうことになっています」

「ああーよかったよかった。ほんともう、えらいこっちゃだったんですよ。あの一ヶ月前の騒動からずっとこの街は死んだようだったんですよ。お告げ人さんがきてくれて本当に助かりましたわ」

「はあ」

「まあまあ、中にお入りください。ゆっくり中でお話を窺いますよ。今日は巡礼もお休みですから」

「そうですか、それなら遠慮なく……」

 リショウの建屋は八畳程度のワンルームで、部屋の片隅には聖典のような分厚い本が何冊も積まれていた。

部屋の中央には正方形のテーブルが置いてあり、二つの椅子がテーブルを挟むように添えらている。

「ささ、二人ともお座りください」

 促されるまま椅子に座る。椅子は妙に固くて背中が少し痛い。が、文句を言えるような関係でも立場でもないのでじっと我慢する。

「それで、ご用件はなんでしょうか」

「ええ、そのことなんですがね。私たち、教皇様へ御目通りを願いたくってですね」

「教皇様にですかぁ?」

 リショウは俺の言葉に、なぜかかすかな失意を表情に走らせると、少し声のトーンを落として、

「あーなるほど、お取り次を、と?」

「はい、申し訳ないですが」

 さっと正面に座っているリセの方へ目を向けると、いつのまにやら先ほどのノートを開き、メモの続きを取っている。こうしてみると実に優秀な助手に思える。

「はい、わかりました。教皇様へはしっかりお伝えしておきます」

 リショウは嘆嗟の息を漏らし、声のトーンをまた一段と下げて、

「ちなみに教主様のご用件とはなんです?」

「ええ、もちろんご挨拶に……、あとはモンスターの変死についていくつかお聞きしたいことが」

 そう答えると、俄然リショウの目に鋭い光が宿るのが見えた。

「ほう! やっぱりカワグチ先生も気になりますか? モンスターの変死について」

「そりゃあ、まあ」

「そうですよね、そうですよね。あっはっは。実は僕もなんですよ。俗世にうつつを抜かすなんて浅ましい限りですけどね」

 窓辺に腰をかけていたリショウは、まっすぐ俺を見つめる。まるで何もかもを吸い込んでしまいそうなほど澄んだリショウの瞳に、俺は思わず身震いを覚えて、さっと目を逸らす。胸の詰まるような重苦しい気まずい沈黙が部屋の中をいっぱいに注がれる。

 しばらく続く沈黙を破ったのはリセだった。

「ところでリショウさん、教皇様とはどのような人物なんですか?」

「んーどのような人物、ですか。そうですね」

 リショウはしばらく考え込むような仕草をしたのち、

「このシリェーナ島の救世主であり、みなのお心の支えになっているお方、といった感じでしょうか」

 そう答えるリショウの声にかすかな翳りが横切った事を俺は見逃さなかった。

「この島の救世主とは?」

 メモを取るリセから会話を引き取る。

「ええ、教皇様がこの島を訪れたのは、かれこれ三十年前だそうです。僕がこの島に来たのは十年前のことなので、詳しいことはわかりませんが、教皇様が来る前のシリェーナ島はまったくの未開の土地だったそうで、それを教皇様がこの土地に根を下ろして発展させたのだそうです」

「はぁ……三十年でよくここまで」

 見た所、水道や電気などのインフラも不自由してないし、街並みも整然としていて綺麗であるし、とても三十年そこそこで出来た文化とは思えない。

「そうですよね。僕も半信半疑だったんですが、その昔、教皇様はなんでも貿易関係のお仕事をされていたようで、そうした資金繰りや、物流のつてありと、いろいろ強みがあったようで……その他に医学にも精通しておりまして、ここの者の流行病なども療治したりと、まあそんなこともあってか、この街に昔から伝わる宗教をなぞらえられて、いつしか街の人々から神のような存在として崇められるようになったんですわ」

「ひゃー先生とは大違いですね!」

 リセがメモ帳に目を落としながら感嘆する。何かリセに反論しようと思い立つも、自分が惨めになる気がしたのでやめておいた。

「まあそれはさておいて。教皇様というのはまっこと素晴らしい人ですねぇ。なるほど、人に奉られる訳です。教皇様、というのも頷けますね」

「ええ、まあ……」

 やはりリショウの声ははっきりしない。煮え切らないような、まるで歯の隙間に物が挟まったかのような口ぶりだ。

 理由の検討をいくつか脳内でさっと組み立ててみる。

「何かありましたか?」

 リショウの判然としない態度を、すこし突いてみた。

「え、いや、はあ、従事している身でこのような事をいうのはあれなんですが。このところ皆が、教皇様は最近人が変わった、とおっしゃるんですよ……」

「人が、変わった? というと?」

 不意に興味の色が濃くなるのを自覚した。

「ええ、いえ、僕はそれほど長く教皇様をよく分からんのですが、なんかこの頃、どこか人をコケにしたような態度が近年で目につくようになった、とか」

「はあ、まあそりゃあ。これだけ皆から崇拝されているとなると、人間なら多少はのぼせることもあると思いますが……」

「はい、僕もそう思っていたのですが、街の人たちが言うには、昔はそのような人ではなかったんだそうです」

 リショウが言うに、教皇様は島を訪れた当初の教皇様は、極めて温厚で、それでいて謙虚な、人徳ある方だったという。先進的な知識や文化をもって人々に教授する際も、決してそれをひけらかして傲るようなことはせず、粛々と慎ましくされていたそうだ。先住民である街の人々の意思を何よりも尊重し、共に街を育んでいったそれはそれは素晴らしい人物だったのである。

「しかし、ある事故を境に、ころっと人が変わってしまったんだそうです」

「ある事故……」

「ええ、今、教皇様は大聖堂の隣にあるお屋敷にお住みになられているのですが、一度大きな火事に見舞われましてね。これは僕もよく覚えています」

 リショウは当時の火災事故のことをこう語る。

 今から七年前のこと、街の西にある大きな教会——大聖堂と呼ばれるらしいが、その傍ら建てられたお屋敷が、大火事で全焼するという悲劇があったのである。

 お屋敷には教皇様の他に妻と、二人の娘、女中の二人の計六人が住んでいたのだが、妻とはたいそう仲が悪かったらしく、この日も例にもれず大げんかをやらかしたしたのだそうで、教皇様は一人部屋にこもり、酒を煽っていたという。リショウはその時ちょうど、喧嘩の現場に居合わせており、二人を仲裁し、怒りに震える奥さんを必死になだめていたのだが、そこでなにやら妙に焦げ臭い事に気づく。すると、一階のキッチンの方から火の手が上がっていると、女中の一人が叫ぶのが聞こえ、これは大変だと思った矢先、奥さんは火事の恐怖でパニックを起こして一目散に脱兎していく。慌てて後を追おうとするも、異常なほど早い火の手に遮られて追うこともできず、万事休すかと諦めかけた時、教皇様が慌てふためくように部屋から飛び出してきたのを見て、せめて彼だけでも、と己を奮い立たせ、必死で脱出を試みたところ、奇跡的な生還を果たしたのだそうだ。

「幸いあの時、娘さん二人は、訳あって島の外にいましてね。本当に幸運でした。もし二人があの場にいたかと思うとぞっとしますよ」

「ちなみに女中さんや奥さんはどうなったのですか?」

「女中さんは二人とも一階にいましたので、すぐに脱出できたようです。でも、奥さんは……残念ながら亡くなりました。一人の女中さんの話では、瓦礫に押しつぶされたまま身を焼かれていた、と」

「それは非常に災難でしたね」

「ええ、本当に。あの一件以来、教皇様は火が全くダメになってしまって……。今でもお屋敷の中で火を使う事が禁じられているぐらいです」

 リショウは過去に遭遇した火事の現場を思い出したのか、急に顔を真っ青にして、身震いさせた。

「ああ、少し話が逸れましたが、その火事に見舞われてからというものの、教皇様は少し人が悪くなってしまったようで。極度の人間不信に陥ってしまっているようだ、と皆は言います。僕としてはそれほど長い付き合いではないので、教皇様の全貌がどういったものなのかはわかり兼ねますが」

「極度の人間不信?」

 リショウの言葉を聞きとがめた俺は、

「それはどう言うことです? もしかして火事は人為的なものだと?」

「はあ、教皇様はそうお考えのようですね。あの異常なほど早い火の手は、あらかじめ仕込んでおかなければ絶対に無理だ、とあの当時からずっと仰られてましたから」

 俺はリショウの言葉に、不気味な悪寒を感じて身震いした。

 シリェーナ島の文化を発展させ、豊かにしたという立派な御仁に対して、それほど強い恨みを抱える者がいたというのか。聞けばたいそう人間が出来た方だという教皇様が、なぜ命を狙われなければならないのだろうか。

 なにか、その心当たりがあるとでもいうのだろうか。

「人為的なものを疑う、となるとやはり恨みを買うような何かがあったのでしょうか」

 ここで少し挑戦してみようと思い立ち、突っ込んだ質問をリショウへ向けてみる。

 俺の質問に対し、リショウは返事にかなり窮した様子で、しきりに額に流れる汗を手の甲で拭っている。部屋の中はかなり涼しいのに、玉のような汗をどっぷりかいているところを見ると、どうやらアタリらしい。

「はあ、あ、あの。それは、それはですね。実を言うと……」

 教皇が疑っているのは、娘二人の方なんですよ、とリショウは周りをはばかるような小声で告げた。

 俺はその言葉に思わずぎょっとして大きく目を見張った。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください? どういう事ですか?」

「ええ……いや、なんでも金欲しさに両親を始末しようとしたんじゃないかって教皇は思っているようです。あの場に二人がいなかったことを非常に怪しんでおられましたからね」

 リショウの真っ青な顔から、更に血の気が引いていき、ついには青黒くなった。人は血を抜かれるとこんな顔になるのだろうか、と思いつつ、自身の頰に手を当てると、そこで自分の顔もそそり立っている事に気がついた。

 それが本当かどうかはおいといて、実の娘から命を狙われるようなせん妄を抱いているのだとしたら、他者に対して心を閉ざすのも当然の道理であろう。

 やはりこの島にはなにかとてつもない邪念が渦巻いている。その邪念は蛇のようにとぐろを巻いて、島をゆっくりとゆっくりと締め殺そうとしている光景がまざまざと浮かぶ。

不穏な考えが頭をよぎる度に、この島の底にこびりつくどす黒い薄気味悪いさとまがまがしい思惑の気配を、感じずにはいられなかった。

 混沌と緊迫に重く沈む昏い雲が、島を覆わんとして轟々と音を立てながら空を渦巻いている。不吉な予感はいよいよ予感ではなく、目の前に広がりつつあるのだ。

 リショウはふうと一息つき、テーブルに置かれていた水の入ったグラスをあおった。

「あっはっは、変な話をしてすみません。閑話休題、教皇様はいま、非常に敏感になられております。ですからそう簡単にはもしかしたらお取次は叶わないかもしれません。そうなっても僕を恨まないでくださいね?」

「もちろんですとも。じゃあリセちゃん、そろそろお暇しようか 」

「お取次叶いましたらまた連絡しますね。あ、そうそうカワグチ先生、宿泊先に当てはございますか?」

「いえ、恥ずかしながら……」

「ならちょっとまっててください。僕の方に一軒当てがありますんで、そこへお泊りください。その方が僕もご連絡しやすいですし」

「それはありがたいですね。是非そうさせていただきます」

「わかりました。今住所と紹介状を書きますので」

リショウは部屋の奥にある窓の近くの小さな引き出しを開くと、ペンと紙を取り出し、紙になにやら書き出した。やがてリショウが書き終わり、紙をこちらに差し出してきた。が、何語なのかわからず全く読めない。試しにリセに渡してみたものの、彼女もリショウに悟られぬよう小さく首を振る。

 これには少し弱ったと思い、

「リショウさん、この家ですが何か特徴はあるんでしょうか? 住所だけでは心許ないので、お教えいただけると幸いです」

 とリショウへさりげなく探りを入れた。

「ああ、そうでしたね。この家は二階建てになっているから、すぐ目につくと思いますよ」

 なるほど、二階建てならすぐにわかる。この街で二階建てというのは数える程しかないのだから、見つけ次第、門を叩けば良いだけだ。

「ありがとうございます。おじゃましました、リセちゃんいくよ」

「はぁい」

 外へ出ると、先ほどに比べて道が暗くなり始めている。曇り空で気がつかなかったが、どうやら日が沈み始めているらしい。完全に暗くなる前に、宿の門を潜りたいところである。

「先生、私はお腹が空きました。早く宿を探しましょう。というかもう眠いです」

「そだなぁ。ここにきてなんも食ってないしなぁ。っていうか俺、昨日ちゃんと寝れてたかどうかも怪しいし……はあ、それにしてもいきなり転生したかと思えば、探偵ごっこなんて意味がわからないな」

「はあ、何弱音吐いてるんですか。勝負はまだまだこれからですよ」

そう、まだまだこれから、と口の端で呟く彼女の姿に、思わず肌が粟立つのを覚えずにはいられなかった。

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