第91話 思い出の密度
「……死んでよ。王子」
少女はこちらに笑いながら見つめる。どこから、攻撃を受けても、捉えられるように周りを見張っているのだ。
「……行くぞ。アンジェリカ」
「…………」
俺は床を蹴り、一気にアンジェリカのもとに向かう。
「……単純だね」
彼女はそう言うと、3本のナイフを生成魔法で作り出す。そして、それをこちらに投げてくる。
ナイフは俺に到達する前に制止する。すると、アンジェリカはさらに5本のナイフを投げてくる。
「死んで」
その5本のナイフと同時に止まっていた3本のナイフも動き出す。きっと、一度に攻撃する面積を広げるためだろう。
「うおおおおお!」
俺は向かってくるナイフを次々に避けていく。
「……やっぱり、物体の動きを捉えることで、その物体の時間を止めることができるのか」
「そう。なかなか便利な魔法だと思わない? サトウ様から教わったんだ」
彼女はさらにナイフを投げてくる。
「……あの野郎。余計なことを」
時間操作の魔法は、おそらくこの世界だと最高位の魔法だと言える。まだ見つかっていないほどの魔法だ。
「…………」
だが……弱点が無いわけじゃない。物体の動きを捉える……つまりは、不規則な動きをするような物体の時間を止めることはできない。
「……ならば!」
俺は向かってくるナイフをいくつか掴みとる。そして、変形魔法でそれらの形を変え、一本の剣を作り出す。
「はあ!」
次々とナイフを弾き、アンジェリカに向かっていく。
「……ふう……」
集中しろ。俺。
「……音を……無くせ」
無音の動き。
それは、俺が数々の世界で身につけた動きの集大成で、最も速く動くことができる方法である。
「はあああああああああ!」
ナイフを弾き、アンジェリカの目の前までやってくる。
「うおおおお!」
その剣でアンジェリカに斬りかかる。だが……。
「……なっ!」
無音の動きで斬りかかった剣の時間が止まったのだ。
「ごめんね」
「……っ!」
瞬間、俺の腹にナイフが刺し込まれた。
「……うっ……があっ……」
アンジェリカは俺の脚を蹴り飛ばす。反応が遅れた俺はそのまま、倒れる。
「その無音の動きっていうのは、つまり最も効率の良い動きってことでしょ。読めないどころか、よく考えれば簡単に読むことができるんだよ」
「……アン……ジェリカ」
少女はこちらにナイフを突き刺そうとしてくる。俺はそれを捉え、体を動かし、回避する。
「……あー。うっかり殺しちゃうところだったよ。王様を目の前で殺してから、あなたに死んでもらう予定なのに……」
「……お前……」
ガシっ!
すると、アンジェリカは俺の頭をつかんでくる。
「……ねえ。確か……あなたって4000年以上生きてるけど……記憶のほとんどは神様のところに預けてるんだっけ?」
「…………」
サトウのやつ。そんなことまで教えたのか。
「ずいぶん都合がいいよね。過去に犯した罪も忘れて、新しく人生を始められるんでしょ?」
「……そう……だな」
少女は口元に笑みを浮かべている。しかし、その瞳からは光が感じられなかった。
「……うざいなあ。じゃあ……あなたは今、幸せに生きてるんだ」
「…………」
「最後に……その記憶を破壊してから、殺してあげるよ」
「……っ!」
少女は俺の頭に紋章を浮かび上がらせる。この紋章は、神の使いの能力の一つ、記憶操作をする際に現れる。
「……んじゃ。行くよ」
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「……えっ」
俺とアンジェリカはそこにやってきた。そこは、広く美しく、多くの花がある草原だった。
「……ここ……って……私がいた世界」
そう。俺と彼女がよく遊びにやってきた草原だった。
「……これは俺が一番最初に覚えている幸せな記憶だ」
「えっ……でも、あなたは4000年……覚えているのは100年か200年ぐらいだとしても……。そんなに多くの記憶を持っていて、これが……最初?」
「…………アンジェリカ」
その時の俺の表情は、なんとも言えず……ただ、悲しさをまとっていただけのようだった。
「……異世界ってのは、そんなに幸せな場所じゃないんだよ」
「…………!」
「時に……どうしようもないぐらい理不尽で酷い世界だってあった。それこそ……4000年の記憶があったとしても、避けられないものもある」
そうだ。俺は昔から、ずっと理不尽な目にあってきた。
それを感じずになったのは……もしかしたら、異世界を巡りすぎて、頭がおかしくなっていたのかもしれない。
「じゃあ……」
「…………ん?」
少女は俺に問いかけた。
「……あなたはなんで、記憶を失いたいなんて思わないの?」
「…………」
……なんで……だったか。
その問いはとっくの昔に俺の中で解決されていた。それなのに、ルルが記憶を失った時、俺はその問いの答えを忘れてしまっていた。
その答えとは。
「どんなに嫌で、苦しくて、惨くて、悲しい出来事があったとしても……それを覚えていたいって思った」
「どう……して?」
「……次に……同じ思いをする人間を助けたいって思ったからだ」
その言葉を聞いて、アンジェリカは目を見開いていた。そんな彼女に俺は問いかけた。
「……お前は……本当に俺を殺したいのか?」
「…………え?」
彼女は必死に笑みを作り出す。
「……当たり前でしょ。そのために、あなたを……」
「いいや。違う」
「…………?」
「お前は……俺にわかってほしかったんじゃないのか。俺が無力だったから、お前の家族が死んだことを」
「なんで……」
俺は焦るアンジェリカの目を見つめる。
「……ここで俺に会ってから、一度も俺を殺すとは言っていなかった」
「…………え?」
「どこか……死んでよとか、死なせるとか、そういった遠回しなことばかり言っていた」
「…………!」
「なあ、アンジェリカ」
俺はゆっくりと、その言葉を放つ。
「……誰かを殺すことが、お前のやりたいことだったのか?」
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バヂンっ!
紋章が破壊され、俺とアンジェリカは吹き飛ばされる。そんな俺たちはそれぞれ倒れる。
「違う」
アンジェリカは立ち上がり、複数のナイフを取り出す。
「違う違う違う!」
そして、自分自身の額に紋章を浮かべる。
「私は……あなたが憎い! 憎いから」
少女の顔からはもう笑みが無くなっていた。代わりに悲しみで歪んだ顔がそこにある。
「あなたを殺す。ここで!」




