第90話 別れ……そして、出会う
「それで……この部屋までたどり着いたんです」
「そう……だったのか」
アーロンは怪我をし、気を失っていた。
ウィルがいない時を狙って、ここを攻めたのはわかっていた。だが……まさか、魔王も刑務所に入れて関わらないようにしていたとは。
おそらく、ルルの記憶を消したのも、俺の注意を王族関係に向かせないようにしたのだろう。
「……こりゃ……ルルに謝らないとな」
俺が関わったがために、ルルに辛い思いをさせてしまった。悪意は無いとはいえ、申し訳ない気持ちになる。
「……その女は王様から先に攻撃するって言ったんだよな」
「ええ。はい」
「……そう……か」
俺は再び、その扉に手をかける。だが……。
「……行かないで……ください」
マリアが……俺の手をつかむ。
「……あなたも危険な目に会います。だから!」
「わかってる。だが、これは俺の責任でもあるんだ」
そう。ローブの女。神の使いは王族を恨んでいる。
……その責任は俺にあるんだ。彼女の正体には、だんだんと気づいていた。
「だから……行かなくちゃいけないんだ」
「責任って、そんなに大事なんですか! 命よりも大切なんですか!」
「……それは、当たり前だ。それだけの罪を俺は背負ってるんだ」
かつて、その罪から逃げ出した俺に、再び償わなければならない時期がやってきたのだ。
それを……受け入れなければならない。
「……師匠! それでも、あなたが死んだら悲しむ人がいるでしょう!」
「……俺は……死んでも、また別の世界で生まれ変われる」
そして、また再び一から人生を始める。
「だからさ。全然、悲しむことじゃねえんだよ。大丈夫だ」
「……違うでしょ……」
「…………」
「あなたは、あなたの価値でしか考えていない あなたがいなくなって悲しむ人がたくさんいるんです! あなたが死ぬとか、あなたが別の世界で生きてるとか……そんなことは関係無いんです! あなたに会えなくなることが悲しいんです!」
「そんなことは無い」
「…………!?」
俺は、最初の世界で生まれてから、今までのことを思い出す。
「……もともと、俺なんて4000歳超えてる人間だぜ。そんなジジイと一緒にいたいやつなんていないだろ」
そう……一緒にいたいやつなんていない。だから、俺が死んでも、悲しむやつなんていないんだ。
「……好きです」
「……えっ」
「私は……あなたのことが好きです!」
その言葉を俺は理解することができなかった。
……好きだと言ったのか。俺を……。
「初めて会って……あなたと一緒にいて、誰よりも他人のことを思うあなたのことが好きになったんです」
「…………」
そう……だったのか。
だから……あの時、相手はもう見つかっていると言ったのか。
……気持ちは……すごく嬉しい。だが……。
「……ごめん。君とは付き合えない」
「…………!」
俺は自分に嘘をつけなかった。代わりに、マリアに傷をつけていく。
なんと醜く、愚かな行為だろうか。
「俺は行かなくちゃいけないんだ」
「……師匠?」
「大丈夫。……絶対に王様は死なせない」
俺は走る。そして、その手を突き放してしまった。俺は再び、罪を背負っていく。
「だから……ごめん」
「師匠!」
扉を思いっきり開け、廊下を駆けていく。
「師匠! 待って! 師匠!」
俺は床を蹴り、王様のいる部屋に向かう。
「…………」
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俺は……最低なことをした。
女の子が勇気を出して、告白したのに……それを断ってしまった。
「状況が……」
状況が状況だから。
そんな見苦しい言い訳は口に少し出るぐらいで、俺の中で否定される。
結局……俺個人の問題なのだ。俺が別に……好きな相手がいるから。そして……俺自身が乗り越えなければならない宿命があるから。
「…………」
複雑な思いを抱え、その扉の前にたどり着く。その扉は少し開いていて、異常さが伝えられてきた。
「王様!」
その扉を殴り開け、中の様子を眺める。
「……やあ。カケル。……いや、……王子って呼んだ方がいいかな」
そこには、王様の首をつかむ白髪の少女がいた。その頭には、猫のような耳と黒いユズの花の髪飾りをつけていた。
「……アンジェリカ!」
その少女をにらみつける。すると、笑みをこちらに向けながら、少女は言葉を放つ。
「どうやら、気づいてたみたいだね。どうしてか、聞いていいかな」
「その前に……王様を放せ」
そう言うと、少女は首を傾げ、王様を見つめる。やがて、微笑み王様の首を放す。
王様はぐったり、その場に倒れる
「ごめんごめん。うっかり殺しちゃうところだった」
「……なぜ、殺さなかった?」
アンジェリカはその部屋の天井に吊るされるシャンデリアを眺めながら答える。
「……君を痛めつけた後に、王様を殺して絶望させてから死なせたかったから。……それだけだよ」
「……そうか」
歪んでしまった心が、その言葉から伝わってくる。かつての心から笑う彼女は、もうそこにはいない。
「……まず……」
「…………?」
「……矢でマリアを狙ったところから、王族に恨みがあると考えた。そして、タクローをこの世界に連れてきたところから、俺の様子を伺っていることもわかった。その二つから、王族と俺、両方に恨みがあると考えた」
「……そうなんだ」
少女はいまだに笑顔を絶やさない。そして、言葉を放つ。
「……でも、それだと襲われた獣人族……あの村の人間全員が当てはまるんじゃない? あなたのせいで村が襲われたのは全員知っていたみたいだし」
「ああ……でも、俺はお前が神の使いだと思った」
「……?」
考えれば、すぐにわかることだった。
「……サトウのやつがやりそうなことだったからだ。あの時、あの場所で一番俺と仲の良かったお前を神の使いにすることを」
「…………」
少女は変わらない表情で俺を見つめる。俺もアンジェリカから目を離さない。
「フフっ」
なぜか、少女は笑い出す。
「あははっ。何それ。あははっ……」
そして……。
ドギュンっ!
俺の横をナイフが通っていく。そのナイフは俺の頬を切り、後ろの扉に刺さる。
アンジェリカの顔からは表情が無くなっていた。
「……ふざけてんの?」
「……真面目に話してる」
「死んでよ」
その無の表情は、殺意だけがこもっていた。そう……殺意だけが彼女を動かしているのだ。
……彼女から、笑顔を奪ったのは俺だ。俺がもっとちゃんとしていれば、獣人族の村が襲われることは無かった。
「……アンジェリカ。お前を……助けたい」
そう言うと、アンジェリカは再び笑みを見せる。
「うるさいなあ。助けるって何から? 私は救われてるよ。こうやってたくさんの世界の王族を殺せて、そしてやっとあなたに出会えた。私にとって、この状況こそが最高なんだよ」
「……違う」
「……は?」
「助けられてなんか無い。お前は間違ったままだ!」
「…………」
今の俺が正しい存在かはわからない。だが、正しいだとか、優れているとか、そういったことに関わらず言えることがある。
それは……。
「人が……人を殺すってことは一番やってはいけないことだ!」
かつて……俺が間違ったこと。
「だから、お前をここで止めて、もう一度あの笑顔を取り戻させてやる!」