第89話 錆びついた心
俺は地面を蹴り、道を走る。そんな中、右手を耳に当て、連絡を取る。
「もしもし! エルか?」
『ええ。どうしたの?』
「悪い。今日は行けなそうだ」
『…………』
しばらくの沈黙の後、彼女は話し出す。
『……きっと、何かやりたいことがあるんでしょ?』
「ああ」
『それじゃあ、そっちを頑張りなさい。でも……』
少女はしっかりとそれを伝える。
『ちゃんと帰ってきなさいよ』
「……わかった!」
プツンっ
連絡を切り、近くに馬車とその持ち主の爺さんが目に入る。
「そこの爺さん。ちょっと馬借りるぜ!」
「はい?」
目を丸くしながら、馬車に乗り込む俺を眺める爺さん。
「は!」
手綱を引き、馬を進める。
「待ってろ!」
おそらく、神の使いの狙いは王族や貴族の抹殺。それは、城でのパーティーでマリアを狙ってきたことからわかる。
そして、その人物に心当たりがあった。
「王様! マリア! 今、助けてやっから!」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
俺が王都にやってきて、城の前まで行くと、驚くべき光景が広がっていた。
そこには、溶けた壁に埋まる兵士たちだった。変形魔法を使い、そいつらを壁から取り出す。
「おい! 大丈夫か!?」
「……俺の……ことはいい。早く、姫様や王様を……」
「……お前らは……」
「俺は大丈夫だ。早く……姫様たちを」
「……わかった」
俺は城の中へ入っていき、走る。
「…………」
おそらく、ここの兵士たちは平民で構成されている。だから、神の使いによる殺害を免れたのだ。
「……あくまで殺すのは王族ってことか」
ある程度進むと、床に血のあとを見つけた。それを追うと、ある一つの部屋にたどり着いた。
俺はその部屋の扉を勢いよく、開ける。
「……マリア! アーロン!」
「師匠!」
そこには、腕と腹に怪我を負ったアーロンと、その側で怪我の処置をするマリアの姿があった。
「大丈夫か?」
「私やアーロンは大丈夫です」
「ここで何があった」
「……それは……」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
私たちはいつもどおり、城で過ごしていた。そして、ちょうど二階の廊下から外を眺めた時だった。
「……ん?」
何人かの兵士たちが一人の少女と言い争っているようだった。
「おい。勝手に入ってくるんじゃない! ここは王様の住む城だぞ」
「……ふーん。で? だから何?」
「あ?」
瞬間、一人の兵士が壁に叩きつけられた。その兵士の体は壁にめり込む。
「うっ……がっ……」
別の兵士がその少女に剣を突きつける。
「お前!」
「……そうやって……醜い争いは平民だけにやらせて、自分は安全な場所で待機……ってわけね」
「は?」
そんな言葉を放ち、少女は兵士たち全員を壁に食い込ませる。
「が……は……」
「残念だけど、あなたたちにかまっている暇は無いの」
「なん……だと……」
「用があるのは……」
その時、少女と目が合った。
「……お姫様や王様……ってところかしら」
「え……」
その言葉を聞くと、鳥肌が立った。その少女の目からは、殺気が感じられたのだ。
「……フフフ」
「……ひっ」
私は怖くなり、すぐに少女から離れた場所まで走る。だが……。
「どこへ行くの? お姫様」
「……あ……あ」
一瞬で目の前までやってくる。その能力がどういうものなのか、検討もつかなかった。
私は恐怖でその場に座り込んでしまった。そんな私に少女はナイフを突きつける。
「さようなら」
勢いよく、ナイフがこちらに向かってくる。しかし……。
カキンっ!
ナイフは剣によって弾かれた。そして、剣の持ち主が声を出す。
「……姫様に」
「……アーロン」
「姫様に手を出すな」
そのアーロンの表情は今まで見たことが無いぐらい、怒りに燃えていた。
そんな彼の気配を感じてか、目の前の少女は私たちから一度距離を取る。
「へえ。まだ、おもしろい人がいるんだね。この世界は。……でも、大したこと無さそうだなあ」
「……なんだと?」
「実はね。私自身も魔王だとか、聖騎士は相手にしたくないんだ。彼らはなかなか強い。しかも、複数でかかられたら、そうとう面倒なことになる」
「……何が言いたい?」
少女は口元に笑みを浮かべながら、言う。
「私にとってあなたは彼らほど警戒するべき人物じゃあないんだ。簡単に倒せるよ」
「…………言いたいことはそれだけか?」
「ははっ。わかってるんでしょう? 実力が違いすぎるってことを」
アーロンは持っていた剣を見つめる。その剣は先ほどのナイフとのぶつかり合いでひどく削れていた。
対して、少女のナイフはあまり傷がついていない。おそらく、何らかの強化魔法が付与されているのだろう。
そして、その魔法を一瞬のうちにかけた彼女の判断力は凄まじいものだ。
それがわかっていても、アーロンは言う。
「……それでも」
「…………?」
「守るべきものが、ある。それだけで俺は戦えるよ」
「ふーん。かわいそうに……その大切なものを守れずに死んでいくことになるなんてね」
少女は突然、笑みを無くし、小声で言う。
「……ほんと……嫌になるよ」
瞬間。
少女はアーロンに向かってナイフを投げる。それを斬り落とそうとアーロンは剣をかまえる。だが……。
「……っ!」
ナイフが突然、空中で止まる。そして、それの上を少女が踏み、空中に跳ねる。
……ナイフの時間が止まり、何物もそのナイフに影響を与えることができない。つまり、それを踏み台にすることが可能なのだ。
少女はもう一本ナイフを取り出し、アーロンに斬りかかる。その変わった戦い方に、アーロンはとまどう。
だが……。
キイインっ!
「……悪いが、おかしな戦術を使うやつだとはわかっていたんでね」
アーロンは剣でナイフを受け止める。
「なるほど……でも、先までは予測できてないみたいだね」
「なに?」
その時、少女はニヤリと笑みを浮かべる。同時に、止まっていたナイフが動き出す。
「……くっ!」
すかさず剣でナイフを弾こうとするが……。
「……これは!?」
「フフっ。残念」
少女がその剣に触れていた。そして、剣の時間が止まり、アーロンの言うことを聞かなくなる。
ガリュンっ!
「がはっ!」
向かってきたナイフがアーロンの腹に直撃する。そして……。
「予測が足りないよ。騎士様」
少女の持っていたナイフがアーロンの腕を突き刺した。
「うがあああああああああああああああああああ!」
あまりの痛みにアーロンは叫び、地面に倒れ込む。
「アーロン!」
そんな彼を私は見ていられなかった。
「やめて! あくまで、狙いは私なのでしょう! だから、それ以上その人を傷つけないで!」
「……もちろんだよ。お姫様。殺すのは、姫様と王様だけだよ」
その発言を聞いたアーロンは、目を見開き少女に手を伸ばす。
「……き……さま!」
ドグっ!
「ああああああああああああああああ!」
血が流れるアーロンの腕を少女は踏む。
「ごめんごめん。あんまり鬱陶しいと、イライラしてくるんだよ」
「……お……まえ……」
少女は笑顔をアーロンに向けながら、言う。
「あなたがもし、私の攻撃を予測できれば、お姫様を守れたのに……。もしもカケルや聖騎士ウィルだったら、完全に予測していたし、魔王オルゴールだったら暗黒魔法でナイフすらも通らなかっただろうね」
「それが……どうした……」
「だから……あなたはそんな警戒する必要が無いぐらい、弱いって言ってるの」
「……っ!」
アーロンはその一言を聞いて絶句する。確かにカケルやウィルに敵わないのは事実だったからだ。
そんな彼の表情を見て、少女はさらに笑みを強める。
「もしも、あなたが彼らほど強かったなら、魔王みたいに刑務所に入れるよう仕向けたのにね。かわいそうに……あなたはそれをされないぐらい弱い。誰も守れない。本当に、かわいそうに……」
その時だった。
「……っ!」
少女は突然、横から来る風圧に驚く。
それは、私が魔法で出したものだった。
「アーロンにひどいこと言わないで!」
私の攻撃を少女は予想できなかったようで、そのまま風に吹っ飛ばされる。
そんな中も、少女はニヤケながら、こちらを見つめる。
「これは意外だったよ。まさか、姫様が私に攻撃してくるなんて……」
「…………っ!」
「厄介だね。……先に王様の方から殺すとするよ」
そう言うと、見えないところまで飛んでいった。
私は急いでアーロンのところに向かう。
「アーロン! 大丈夫!?」
「ええ。……マリア姫」
そう言いながらも、腕と腹から血が流れたままである。
「とにかく、安全なところへ行きましょ。ね?」
「……はい」
私はアーロン抱え、廊下を歩いていった。