第88話 『rainy』 ~好きでいたいと思った~
辺りは夕日に照らされ、赤くなっていた。
「何の用ですか? カケルさん」
俺は再びルルのもとを訪れた。あの光景を見たからだ。
「少し……話してもいいか?」
「え?」
「歩こう」
俺はルルの手をつかんで歩き出す。
「ちょっと……カケルさん!?」
急に手をつかまれて動揺するルル。そんなルルを連れて、その場所に向かう。
「突然どうしたんですか!?」
「お前に見せたいものがあるんだ」
「……え?」
そして、そこにたどり着いた。
「……ここは、空き地?」
「ああ。よく子どもが遊びに来ている空き地だ」
「……あれ?」
ルルは、その空き地を見て、ひどく怯えていた。その理由を俺は知っている。
「カケルさん」
「どうした?」
「私って……ここに来たことがあるんですか?」
「……ああ。そうらしいな」
今ので、俺の予想は確信に変わった。
きっと……記憶を失う前のルルがここにやってきたのだ。そして、あの光景を見た。
「……これを見てほしい」
俺は魔法を使い、その場所で俺が見て、聞いたものを映像として映し出す。ただ、写真を作った魔法を応用しただけの物である。
その空き地に数人の幼い少年たちが映される。
「おい。ハル! そのホモウってやつ、きもちわるいんだろ!?」
「ちがうぞ! ホモウはかっこいいヒーローなんだ!」
一人の銀髪の少年と、他の少年たちが言い合っている。
その光景を目にして、ルルは震えていた。少女は思い出していったのだ。記憶が無くなった理由を。
「あ……ああ……」
「……ルル」
その少女の瞳からは涙が流れていた。
「……私は……弟がいじめられているのを見たから……記憶を無くしてほしいって頼んだんですね」
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今日はギルドに行き、依頼をこなそうと思う。まあ、単純にやることが無いから、暇なのである。
「……雨」
私が家を出ると、外は雨が降っていた。道の横に咲いているアジサイが梅雨の時期を表していた。
そして、傘をさし道を歩く。
「……あれ?」
ふと普段はあまり気にしない空き地に目が行った。そこには、数人の子どもがいた。
その中に、弟のハルがいた。私はそんな彼らの様子を遠くから伺う。
「ハル。何やってるの」
弟が私からもらったホモウのフィギュアをかかげ、話し出す。
「ホモウはかっこいいんだぞ! みんなをしあわせにするヒーローなんだ!」
「何言ってんだ! 変な棒で戦うヒーローなんてかっこわるいだろ!」
「そこがいいんじゃないか!」
「よくねえよ!」
すると、少年たちは弟を蹴り始めた。
「えっ。……ちょっと!」
私はそこに駆け込み、弟の前に立ち塞がる。
「うちの弟を蹴らないで!」
「やっべ。こいつの姉ちゃんだ!」
私を見ると、その少年たちは逃げていく。
駆け込む時に、傘を放り投げたため、体は雨でずぶ濡れになる。しかし、そんなことは気にせず弟に話しかける。
「大丈夫?」
「うん。こんなのへっちゃらさ。いつものにくらべたら」
「……いつもの?」
その一言が私に嫌な想像をさせる。いや……想像ではない。事実だ。
「いつも……蹴られたり殴られたりしてるの?」
自分で言っておきながら、その言葉に恐怖した。
私が弟にホモウのことを教えたから……弟はいじめられた?
「だいじょうぶだよ」
「……そう」
弟は私に笑顔を向ける。それと対称的に、私の心は深く沈んでいく。
「……帰ろう」
「うん」
弟は明るく振る舞っていた。しかし、その様子を見るたびに私の心はどんどん暗くなっていく。
そして、家にたどり着く。
「ハルは先に入っててくれる?」
「へ?」
「私はまだ行くところがあるから」
「……うん。わかった」
弟は家の中に入っていく。それを見届けると、私は歩き出す。
雨の中、濡れながらも歩き続けた。
私自身がこういう趣味で何かを言われるのはもう慣れていたし、普段はあまりそういったことは言わないようにしている。
だが……。
「……まさか……ハルが……」
私のしていたことで、弟にも影響が出ていたなんて……。
「ああ……ああ」
そのことが何よりもショックだった。
「……誰かが」
私は考えた末に、その結論にたどり着いた。
「……誰かが私のせいで傷つくぐらいなら……こんな趣味やめたい」
「じゃあ、やめさせてあげようか?」
「……え?」
そこには、ローブを着た女性がいた。その女性は私の頭に左手をかざし、右手で私の手をつかんだ。
「……あなたのその趣味を……あなたの中から消してあげる」
「……何……を」
その時……。
頭に雷が落ちたかのような、そんな激しい痛さを感じた。
「……あ……ああ……」
「きっと……あなたなら幸せになれるわ」
「……う……ああ……あ……」
やがて、女性が手を放すと、私は倒れる。
「……カ……ケル……さん……」
そして、手の奇妙な紋章を見ながら、だんだんと意識を失っていった。
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「それから、しばらく経って、目が覚めたらこうなっていたんです」
「……そうか」
最初、俺は二つの予想をした。それらはすべてはずれていたと思っていた。
しかし、神の使いの動機を除けば、ある意味ではそれらは当たっていたと言えるだろう。
その動機とやらも、だんだんとわかってきた。
「……私って……やっぱりこのままの方がいいですよ」
「……は?」
「だって……弟や……もしかしたらいろんな人に……カケルさんにだって迷惑かけるかもしれないんですよ」
「何言ってんだ?」
「へ?」
ルルは自分よりも、他人のことを気遣う子だ。きっと、その性格を利用されて、神の使いに記憶を消去されたのだろう。
そんな彼女に俺は言う。
「人間なんて、迷惑かけて当たり前だろうが。そもそも、魔王と戦った時だってな、お前が俺に振ってきたから、めちゃくちゃ大変だったんだからな」
「……えっ……ええ」
俺の言葉に動揺しているルル。そんなルルに言う。
「それに……まだ映像は終わってねえぞ」
「……え?」
再度、俺たちはハルと他の少年たちの方を向く。
「おい! きもちわるいんだよ! こいつ!」
「きもくなんか無い!」
「は?」
ハルは口元に笑みを作りながら、言う。
「オレはほんとうにかっこいいと思うから好きなんだ! 好きなものを好きだといって何がきもちわるい!」
「は? きもちわるいものは、きもちわるいんだよ!」
少年の一人がハルに蹴りを入れる。しかし、それをハルは受け止める。
「ボウリョクは好きじゃない!」
「なんだと!」
「UMOで決着を着けるぞ!」
「……は?」
ハルはそう言うと、ポケットから『UMO』と書かれたカードを取り出す。おそらく、この世界のカードゲームか何かだろう。
「さあ! はじめよう!」
「何言ってんだ!? ウモなんてやるわけねえだろ!」
「そうかそうか。ウモもできないのに、ケンカをふっかけにきたのか」
「んだと、ごらああ!」
すると、少年たちは皆でそのカードゲームをし出す。
「……よーし! 残り一枚だ!」
「はい! ウモ言ってない!」
「なんだとおおお!」
なぜか、少年たちは仲良くカードゲームをし始めた。しだいに、ハルもその中で笑い合っていた。
そんな光景を俺とルルは見ていた。
「すごい……ですね」
「……ん?」
「……ハルは……すごいです。すぐにいじめてた相手と仲良くなってる」
「まあ、ハルはもともといじめられるような性格してないんだよ」
「……え?」
俺は単純にハルと話して、思ったことをルルに伝える。
「ハルは……なんて言うか、ハル自信が周りを巻き込んでいく性格なんだ。それに、巻き込まれて悪い気がしないってのもすごいところだ。なんつーか、そんなやつの近くにいると、自然に相手を否定しようなんて思わなくなってくるんだよ」
「……ハルが……ですか」
ルルはうつむき、冴えない表情をしながら言う。
「……私には……できないです。そんなこと……」
「……はい?」
「へ?」
「いやいや。お前、俺に会った時のこと忘れたのか?」
「……へ?」
俺は率直にそれを伝える。
「あの時、最初はお前が腐女子だったことに引いてたんだぜ。でもよお、戦ってるうちに、お前の真剣さってのが伝わってきた」
「…………」
「そういった行動が、俺の価値観を変えたんだ。お前の好きなものを否定する気を無くさせたんだよ。だから……」
俺は精一杯、自分ができる限りの明るい表情を作る。
「お前は……お前の好きなものを突っ走れ。周りを圧倒させるぐらいな」
「…………」
「今までだってやってきたじゃねえか」
「……あ……うう」
少女は突然、涙を流し出し、その場に座り込む。俺は腰を低くし、そんな彼女の肩に手を添える。
「ルル……これから……どうしたい?」
「……へ?」
「……お前の進みたい道を聞いてるんだ」
「…………」
少女は涙を拭く。しかし、涙は拭いても拭いても流れていく。
それでも、ルルは口を開く。
「……カケ……ルさん」
「おう」
「……私……大好きなものを……取り戻したいです」
「ああ。任せろ」
俺は立ち上がり、歩き出す。そんな俺にルルは声をかける。
「……カケルさん!」
「……おう?」
「どこに……行くんですか?」
「決まってるだろ? 神の使いのところだ」
ルルに記憶操作の能力を使った理由。いや……それだけじゃない。
わざわざ、この時期、この場所でその力を使ったのは、ある目的のためだ。
……フウウウウウウン!
その時、街に警報が響いた。
「ルル」
「はい?」
「一度、ギルドに行っててくれ。そこなら、安全だ」
「……わかりました」
ルルは走っていく。
そんな中、放送が流れる。
『全王国の騎士に告ぐ! すみやかに王国に帰還し、国王を守護せよ! 繰り返す! 全王国の……』