第83話 新世界へ
「よお。おかえり」
刑務所に戻ると、門の前にカケルがいた。
「……戻ってきたんだな。こなけりゃ、あやうく俺がお前を捕まえに行ってたところだぞ」
「ははっ……鬼ごっこの始まりか?」
「たぶん殺伐とした鬼ごっこになってそうだな」
「下手したら、聖騎士が出勤するかもしれねえぞ?」
「ははっ。そしたら、そいつもまとめて刑務所にぶちこんでやる」
俺たちは互いに向かい合う。すると、あまりのおかしさに笑いが止まらなかった。
「ははははっ!」
「うひゃははっ!」
やがて、笑いが止まると、俺は刑務所に入っていく。
……だが、その前に。
「なあ。カケル」
「ん? どうした?」
「……一人、バイオリンを教えてやってほしい子がいるんだ」
「…………あいよ。任せとけ」
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俺が戻ると、青い顔をし、体調の悪そうなサラ看守が俺に手錠をかける。
「……よくも、あんなまずいものを食わせたわね」
「…………」
食わせたのはタクローなんだが……まあ、いいだろう。
そのまま、俺は懲罰房に入れられた。そこには同じくタクローもいた。
「よお。元気にしてたか?」
「……元気そうに見えるか?」
顔面が赤く腫れている。かわいそうに。
……あっ。俺のせいか。
「…………」
「…………」
「ありがとな。タクロー」
「え? なんで?」
「お前のおかげでユキナの母親を助けることができた」
すると、タクローは照れながら答える。
「んな、大したことじゃねえよ。お前が決めたことだろ。特に俺何も……」
「これで、あの母親もちゃんと教師として働けるだろう」
「…………ん?」
すると、突然タクローは真顔でこちらに聞いてくる。
「……その母親の名前は?」
「……え?」
「……名前」
「……確か……エヴェリンだったと思うけど……」
「…………」
そして、唐突にタクローは壁に向かって何かを話し出した。そのあと……。
ドゴシュっ!
「ええ!」
自分の顔面を殴り始めたのだ。
「おい! 何やってんだ!?」
俺は自分を殴るタクローの脇を抱え、押さえつける。
「うるせえ! 自分の顔面殴らなけりゃ気がすまねえんだ!」
「いや、何があったんだ!?」
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「……んで? その先生の怪我がお前がやったことだと?」
「……はい」
珍しく弱気になってしまった俺。
結構メンタルにくるものがあった。こういう名前とかを思い出してしまうあたり、完全記憶能力も決して良い面だけではないと思う。
「……どうすりゃいいんだ」
「は? 決まってんだろ」
「……え?」
オルゴールは立ち上がり、俺に言う。
「悪いことをしたら、謝る。当然だろ?」
「…………」
その一直線の心が、俺にとって羨ましかった。
だが、前の俺のように、それを妬んではいなかった。
「……そうだな」
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それから、オルゴールはまた三週間、刑務所にいることになった。
俺たちは一生懸命に働いた。そして、三週間という日々はあっという間に過ぎていった。
ついに、出所の前日になった。
「……なあ。タクロー」
「あ? ……どうした?」
「……わりと……楽しい刑務所生活だったかもな。なんだか、名残惜しいよ」
「バカ言うな。もう変態に囲まれながら生活するのはごめんだ」
「んなこと言っときながら、珍しくあの爺さんにプルプル渡してたじゃねえか。爺さん、嬉しくて泣いてたぞ?」
「…………」
ああ。
確かに……悪くない生活だったかもな。
ここにいるやつらは、みんな変態だったけど、誰もが揺るがない信念ってやつを持っていた。
だからかな。俺も、すごく安心できたのは……。
「なあ。オルゴール」
「ん? どうした?」
俺は無言で拳をオルゴールに向ける。
「……本当に変わったな。お前。最初は仲良くする気なんて無いって言ってたのに……」
「何言ってんだ。今だって仲良くする気はねえよ。自然とバカやってただけだ」
「そうかい」
オルゴールはニタニタ笑いながら、拳を合わせる。
「…………」
表には出さなかったが、俺は心の中で思う。
……なんだか、やっぱり寂しかった。
そして……次の日。
「ふう」
俺たちは、刑務所の外の土地を踏んだ。
「…………終わるのって結構早いな」
「ああ。そういうもんだ」
何気ない俺の言葉にオルゴールはそう返す。
「んで? 終わったあとはどうすんだ?」
「……また始めればいい。……だろ? オルゴール」
「おうよ」
オルゴールは歩いていく。
「それじゃあな。相棒」
「…………」
その言葉は、俺にとってすごく……。
暖かいものだった。
「ああ。相棒」
俺は、オルゴールの進む道とは反対方向に進んでいく。
それは仕方ないことだ。オルゴールは魔王城へ、俺は街に戻らなければならないからだ。
「……ありがとう。俺の異世界での最初の友達」
俺は歩く。歩いて、進む。
その道が間違っているかどうかは自信が無い。でも、そんな時は他人と支え合えばいい。間違っていれば、正しい道を共に見つければいい。
「…………」
街が見えてきた。
ここから、始まるのだ。
俺の異世界での生活……いや、俺自身の新しい人生が。