第82話 魔王オルゴール
「…………」
俺は、ベッドから起き上がり、牢屋の鉄格子に手をかける。そして、暗黒魔法で、それを腐らせていく。
そして……外へ出ようと一歩踏み出す。
「行くのか?」
「……!」
振り替えると、寝ていると思っていたタクローがこちらを見ていた。わかっていたのだ……俺がこうするのを。
「……ああ」
「外に出たら、また罰が重くなるぞ?」
「かまわない」
「……覚悟が……できてるんだな」
…………。
寝ている時、夢を見た。昔、親父と話した時の夢を。
それが俺の決断を確実なものにしてくれた。
「俺にも、魔王としてやるべきことを見つけたんだ。いや……違う。最初から決まっていたんだ」
「…………そうか」
俺は、その牢獄の外に足を踏み入れる
「……行ってくる」
「おうよ」
ドゴオオオオオン!
暗黒魔法で強化した腕で、刑務所の壁を殴る。それは跡形もなく、崩れる。
「えっ! ちょっと! 何やってんの!?」
そこにサラ看守がやってくる。
「ちょっと! 勝手なことしないでって言っ……」
「少し失礼」
タクローが看守の後ろに回り込む。そして、その口にあるものを入れる。
「ちょっ……なに……を…………」
看守はそれを口にすると、気絶した。それは飯のメニューの一つである黒い塊だった。
「この前の飯、食わずにとっておいて良かったぜ。まさか、気絶させる効果があるとは。まあ、この看守も散々俺たちのこと叩いていたし、このぐらい許してくれんだろ」
「ひどい仕打ちだな」
タクローは俺に向かって言う。
「行け! オルゴール! お前が決めたことを貫け!」
「……ああ!」
俺は刑務所の外に出ていく。脱獄したのだ。
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「…………」
刑務所の外に出ると、そこにはある男が立っていた。
機械でできた右腕。その男はカケルだった。
体中に巻かれた包帯。それはその男が戦いに行ったあとだということを表していた。
「よお。魔王」
「……あ?」
俺に話しかけてくるそいつは、何か並々ならぬオーラをまとっていた。
そう……初めて戦った時のような……。
…………。
「……何の用だ?」
「別に大した用じゃねえよ。ただ、お前が脱獄してまでやりたい何かを知りたいだけだ」
「…………」
俺は決心したことを伝える。
「お前は……目の前に困っている人がいたら、助ける。まさに正義ってやつだ」
「…………」
「ならば……俺はお前の知らない場所で困っている人間を助ける。それが、悪の……魔王のする仕事だ」
ただの理由付けでしかない。
結局は、俺が助けたいやつを助けるだけなのだ。
だが、その理由付けが俺に勇気をくれた。
「……そうかい」
カケルは納得の表情を見せる。
「んじゃ。行ってこい」
「……いい……のか?」
「ああ。……そもそも、別に看守たちに被害を与えてきたわけではないだろ?」
……いや、正確に言うと、一人気絶しているんだが……。
「だから……お前の悪を突き進め。俺も俺の正義を貫く」
「…………」
俺は一言そいつに言う。
「……ありがとう」
「おう」
そして、敷地の外へ走り出す。すると、後ろからある言葉が聞こえた気がした。
「頑張れよ。オルゴール」
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「走れ!」
暗黒魔法を使い、脚を全力で強化する。
「もっと走れ!」
地面を蹴り、その場所へ向かう。
「……ここ……か」
そこは病院だった。俺はその中に入り、また駆け巡る。
ユキナから教えてもらった名前が頼りだった。俺はその病室を見つける。
「うおおっ!」
「…………え?」
俺が勢いよくその扉を開けると、驚いて目を覚ます女性。
「ちょっと! 誰?」
「お前か。ユキナの母親は……」
「え?」
そいつに近づき、ふとんを剥ぐ。
「何するの!?」
「いいから、黙ってろ!」
そして、脚に触れ、暗黒魔法をかける。
その魔法を見ると、母親は冷静になっていた。
「……あなた。珍しい魔法ね。これは……暗黒魔法」
「すこし黙ってろ!」
「ひっ」
威圧するつもりは無かったが、走ってきて俺も疲れていた。そのため、口調が荒くなっていたのだ。
暗黒魔法をかけると、その脚は治っていく。
そう……。これで、こいつはちゃんと歩けるようになるのだ。
「あなた……いったい……」
「…………」
俺は窓に向かい、それに足を乗せ、言う。
「……通りすがりのオルゴールだ」
そして……俺はそこから飛び降りた。
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私は、その病院にやってきていた。
ドゴンっ!
「…………え?」
近くで、何かが落ちたような音が聞こえたが、周りにそれらしいものは見当たらなかった。
「…………?」
不思議に思ったが、私は母のいる病室に向かう。すると、扉が開けっ放しなのが目に入った。
「……お母さん」
私は必死に母の様子を確かめる。
「お母さん! 大丈夫!?」
「……ユキナ」
「…………へ?」
そこには、脚が治り、立ち上がっている母の姿があった。
「……ああ……ああ」
私はすべてを理解した。
まさか……あの怪我で立ち上がれるわけが無かった。
こんなことができるのは、彼しかいない。わざわざ、刑務所から出てきて、母の脚を治してくれたのだ。
本当に……。
「……あは……」
「ユキナ?」
「……あはは」
私は、あまりの嬉しさに膝から崩れ落ちてしまった。そんな私を母は優しく抱きかかえる。
「……どうしたの? 珍しく涙なんて流して」
「…………へ?」
自分でも気がつかなかった。まさか、あまり感情の出ない私の顔から、涙なんてものが流れているとは。
私はその涙を拭い取る。しかし、それは止まりそうになかった。
「……お母さん……」
「……ん?」
「……これでまた……お母さん……ちゃんと教師として働けるんだよね」
「ええ。もちろんよ」
そのことが何よりも嬉しかった。ずっと……ずっと悩んでいたことが晴れた気がした。
……同時に、彼、オルゴールに申し訳なくなった。無関係の彼を巻き込んでしまったことを謝りたい。
「……あ……」
でも、その前に、もっと強く伝えたいことがあったのだ。
「……ありがとう……オルゴール」