第81話 出会いと別れ
私は昔から、人とうまく話せなかった。
「あの…………その…………」
話す時に、うまく言葉が出てこないのだ。なんだか、言ったことを不快に思われたり、相手を傷つけたりするのが怖かったから。
おまけに感情を表に出すのが苦手だった。そのため、人とのコミュニケーションがうまくとれていなかった。
「…………」
「ユキナ。大丈夫よ」
「……お母さん」
母と聞いた音楽。それが私は好きだった。
それだけは、私も他の人と同じようにわかりあえる気がした。
「ユキナ。やってみる?」
「……うん」
その時、聞いた音がバイオリンによるものだった。奏でられた音が私を導いた。
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「……えっ……お母さんが」
母が足に怪我をした。別にそれほど重症ではないらしいが、母にとっては非常に心にくるものがあったはずだ。
母は教師だった。魔法学校で、生徒に教え、実技では手本を見せる存在。
魔法が一般的に使用される中、脚をうまく動かせないとなると、実技では生徒にうまく伝えられなくなる。そのことを恐れていた。
もちろん。私が見舞いに行った時は、そんな素振りを見せないが、昔から母が教師として懸命に取り組んできたことは知っている。
……だから……。
「……お金……稼がないと……」
母が少しでも早く怪我を治し、脚を万全な状態にしてもらいたい。
その思いが私を動かした。私は、ギルドを通して、様々なバイトに取り組み、お金を集めていった。
「…………」
それでも、暇な時間というものができた。何もしないというのが私に合わなかった。
だから、バイオリンを弾いた。できるだけ、うまくなり、母を驚かせようと思った。
そんな時に、彼に出会った。魔王オルゴールに。
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彼は私の演奏を誉めてくれた。いい音だって。十分すごいって。
でも……まだ魅了できたわけじゃない。もっとうまくなって驚かせてあげないと……。
そんなことを思いながら、私は道を歩く。
「なあ、嬢ちゃん」
「……え?」
そこには大柄な男が二人いた。その男たちの手の甲には不思議な紋章が描かれていた。
「一緒に遊ばないか?」
「……いや」
「いいじゃんかよお。なあ。こっちに」
男たちはずいぶんと酒を飲んで酔っているようだった。私は怖くなり、逃げることも叫ぶこともできなかった。
まったく……どうしてこんな弱い自分になってしまったんだろうか。
……その時だった。
「うげっ」
「……えっ」
男の一人が何者かに蹴りを入れられる。その人物はオルゴールだった。
「……オルゴー……ル?」
「逃げろ! ユキナ」
「え……でも……」
「いいから、逃げろ!」
走った。できるだけ速く走った。
私は卑怯だ。こんな時だけ脚を動かし、逃げてしまった。
それから数日後、彼が刑務所に入れられたことを知った。
「……嘘……でしょ」
私は自分の行いをひどく呪った。無謀にも、その日、夜にバイトへ行った自分を恨んだ。
…………。
…………そうだ。
「…………」
……私みたいな人間が関わったから、オルゴールはひどい目にあった。こんな私が誰かと話すこと自体間違っていたのだ。
もう手紙を送るのもやめるべきだろうか。
「…………」
……少し、お母さんに会ってから、家に帰ろう。
私に生きている価値などあるのだろうか。
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俺は生まれた時から、魔王になることが決まっていた。
「なあ、親父」
「……どうした?」
親父は先代の魔王で、脚の病気で長くは無かった。だから、やがて、俺は親父のあとを継ぎ魔王になる予定だった。
「……魔王って、この世界に必要なのかな」
「何を急に言い出してるんだ?」
「……だって……魔王って、魔族から見たら正義のヒーローかもしれないけど……一般的に見たら悪いやつなんでしょ? そんなやつ、必要なのかな」
「……どうなんだろうな」
「どうって……真面目に聞いてんのかよ」
親父は杖をつき、立ち上がる。
「……オルゴール」
「ん?」
「この世に善だけしか無かったら、どうなると思う?」
「善だけ……って、知らねえよ。そんなの……」
「……そうだな。……人にとって、善とはなんだ?」
「善……って……良いことって意味だろ」
「そうだ。だが、その良いことってのは人によって違うんだ。人によって、善と悪は違うんだ」
俺には親父の言っている意味がいまいち理解できなかった。
親父はその時、悲しそうな目をしながらそれを言う。
「……善と悪っていう例えが悪いな。……人により考え方が違うんだ。道が右と左に別れていたら、どうなる?」
「そりゃあ、どっちに行くか決めなくちゃいけないだろ」
「そうだ。仮に右に行く人が多いならば、確実に右の人たちを助けるように動く。それが今の社会だ。それが善なんだ」
「…………」
「俺は……その左に行った人たちを助けるのが、魔王のような存在だと考えている。多数決で言うと、少数派の意見ってことだ」
「……何が言いてえんだ?」
親父は微笑みながら、それを言う。
「悪と善は対立しあう存在。しかし……俺は互いに支えあう存在でもあると考えているよ。右に進む者も、左に進む者も助かるようなシステム。それの一つが魔王なんだ」
「…………?」
「……だから、オルゴール。お前には、正義に対抗できる魔王になってほしいんだ。全力でぶつかり合えるような……。そして、時に助け合えるような……」
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「すま……ない……」
「親父!」
親父はベッドの上で苦しそうにしている。母と妹が隣で泣いている。
「なあ! 親父! 死なないでくれよ! まだ……俺……何も……」
「……大丈夫だ。オルゴール。お前なら、きっと立派な魔王になれる」
親父の手をつかむ。その手は弱々しく、今にも死んでしまいそうな手だった。
だが……認めたくない。
認めたくないんだ。
「親父! 俺は……親父を超える魔王になる! だから! その時まで生きてくれよ!」
「すま……ない……」
「親父……」
親父の目に光が無い。
もう……何も見えていないのだ。
「親父!」
「……すま……ない。俺は……とんでもない罪を残したまま、死んでしまった」
「知ってるよ! ……俺が代わりに背負う! 罪も、何もかも背負うから!」
だから……死なないでほしい。
その願いは虚しく、叶えられそうになかった。
「……チェナを……頼…………む」
「親父!」
親父は息をひきとった。
その日から、俺は魔王になった。魔王として、世界を敵にまわした。