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第81話 出会いと別れ

 私は昔から、人とうまく話せなかった。


「あの…………その…………」


 話す時に、うまく言葉が出てこないのだ。なんだか、言ったことを不快に思われたり、相手を傷つけたりするのが怖かったから。


 おまけに感情を表に出すのが苦手だった。そのため、人とのコミュニケーションがうまくとれていなかった。


「…………」


「ユキナ。大丈夫よ」


「……お母さん」


 母と聞いた音楽。それが私は好きだった。


 それだけは、私も他の人と同じようにわかりあえる気がした。


「ユキナ。やってみる?」


「……うん」


 その時、聞いた音がバイオリンによるものだった。奏でられた音が私を導いた。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「……えっ……お母さんが」


 母が足に怪我をした。別にそれほど重症ではないらしいが、母にとっては非常に心にくるものがあったはずだ。


 母は教師だった。魔法学校で、生徒に教え、実技では手本を見せる存在。


 魔法が一般的に使用される中、脚をうまく動かせないとなると、実技では生徒にうまく伝えられなくなる。そのことを恐れていた。


 もちろん。私が見舞いに行った時は、そんな素振りを見せないが、昔から母が教師として懸命に取り組んできたことは知っている。


 ……だから……。


「……お金……稼がないと……」


 母が少しでも早く怪我を治し、脚を万全な状態にしてもらいたい。


 その思いが私を動かした。私は、ギルドを通して、様々なバイトに取り組み、お金を集めていった。


「…………」


 それでも、暇な時間というものができた。何もしないというのが私に合わなかった。


 だから、バイオリンを弾いた。できるだけ、うまくなり、母を驚かせようと思った。


 そんな時に、彼に出会った。魔王オルゴールに。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


 彼は私の演奏を誉めてくれた。いい音だって。十分すごいって。


 でも……まだ魅了できたわけじゃない。もっとうまくなって驚かせてあげないと……。


 そんなことを思いながら、私は道を歩く。


「なあ、嬢ちゃん」


「……え?」


 そこには大柄な男が二人いた。その男たちの手の甲には不思議な紋章が描かれていた。


「一緒に遊ばないか?」


「……いや」


「いいじゃんかよお。なあ。こっちに」


 男たちはずいぶんと酒を飲んで酔っているようだった。私は怖くなり、逃げることも叫ぶこともできなかった。


 まったく……どうしてこんな弱い自分になってしまったんだろうか。


 ……その時だった。


「うげっ」


「……えっ」


 男の一人が何者かに蹴りを入れられる。その人物はオルゴールだった。


「……オルゴー……ル?」


「逃げろ! ユキナ」


「え……でも……」


「いいから、逃げろ!」


 走った。できるだけ速く走った。


 私は卑怯だ。こんな時だけ脚を動かし、逃げてしまった。


 それから数日後、彼が刑務所に入れられたことを知った。


「……嘘……でしょ」


 私は自分の行いをひどく呪った。無謀にも、その日、夜にバイトへ行った自分を恨んだ。


 …………。


 …………そうだ。


「…………」


 ……私みたいな人間が関わったから、オルゴールはひどい目にあった。こんな私が誰かと話すこと自体間違っていたのだ。


 もう手紙を送るのもやめるべきだろうか。


「…………」


 ……少し、お母さんに会ってから、家に帰ろう。


 私に生きている価値などあるのだろうか。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


 俺は生まれた時から、魔王になることが決まっていた。


「なあ、親父」


「……どうした?」


 親父は先代の魔王で、脚の病気で長くは無かった。だから、やがて、俺は親父のあとを継ぎ魔王になる予定だった。


「……魔王って、この世界に必要なのかな」


「何を急に言い出してるんだ?」


「……だって……魔王って、魔族から見たら正義のヒーローかもしれないけど……一般的に見たら悪いやつなんでしょ? そんなやつ、必要なのかな」


「……どうなんだろうな」


「どうって……真面目に聞いてんのかよ」


 親父は杖をつき、立ち上がる。


「……オルゴール」


「ん?」


「この世に善だけしか無かったら、どうなると思う?」


「善だけ……って、知らねえよ。そんなの……」


「……そうだな。……人にとって、善とはなんだ?」


「善……って……良いことって意味だろ」


「そうだ。だが、その良いことってのは人によって違うんだ。人によって、善と悪は違うんだ」


 俺には親父の言っている意味がいまいち理解できなかった。


 親父はその時、悲しそうな目をしながらそれを言う。


「……善と悪っていう例えが悪いな。……人により考え方が違うんだ。道が右と左に別れていたら、どうなる?」


「そりゃあ、どっちに行くか決めなくちゃいけないだろ」


「そうだ。仮に右に行く人が多いならば、確実に右の人たちを助けるように動く。それが今の社会だ。それが善なんだ」


「…………」


「俺は……その左に行った人たちを助けるのが、魔王のような存在だと考えている。多数決で言うと、少数派の意見ってことだ」


「……何が言いてえんだ?」


 親父は微笑みながら、それを言う。


「悪と善は対立しあう存在。しかし……俺は互いに支えあう存在でもあると考えているよ。右に進む者も、左に進む者も助かるようなシステム。それの一つが魔王なんだ」


「…………?」


「……だから、オルゴール。お前には、正義に対抗できる魔王になってほしいんだ。全力でぶつかり合えるような……。そして、時に助け合えるような……」


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「すま……ない……」


「親父!」


 親父はベッドの上で苦しそうにしている。母と妹が隣で泣いている。


「なあ! 親父! 死なないでくれよ! まだ……俺……何も……」


「……大丈夫だ。オルゴール。お前なら、きっと立派な魔王になれる」


 親父の手をつかむ。その手は弱々しく、今にも死んでしまいそうな手だった。


 だが……認めたくない。


 認めたくないんだ。


「親父! 俺は……親父を超える魔王になる! だから! その時まで生きてくれよ!」


「すま……ない……」


「親父……」


 親父の目に光が無い。


 もう……何も見えていないのだ。


「親父!」


「……すま……ない。俺は……とんでもない罪を残したまま、死んでしまった」


「知ってるよ! ……俺が代わりに背負う! 罪も、何もかも背負うから!」


 だから……死なないでほしい。


 その願いは虚しく、叶えられそうになかった。


「……チェナを……頼…………む」


「親父!」


 親父は息をひきとった。


 その日から、俺は魔王になった。魔王として、世界を敵にまわした。

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