番外編 傷だらけの笑顔を絶やさず
「……が……はっ」
王子……。
苦しいよ。……王子。
「ぐ……ああ……」
腹に木材が刺さり、非常に大量の血が溢れ出す。だんだんと手先や爪先の感覚が無くなってくる。
目の前には、崩れ炎に包まれる家があった。なんてことない藁でできた家だ。
激しく燃え、勢いを増していく。
「……なん……で……?」
どうして、私たちがこんな目に会わなくちゃいけないの?
なんで、殺されなくちゃいけないの?
「……うう……」
そんな時、近くの壺に入っていた水が流れていた。それが鏡のようになり、私の頭についた髪飾りが目に入る。
「………………」
腹の痛みに耐えながら、私は立ち上がる。そして、母や父を探した。
「……おかあ……さん。……おとう……さん」
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家の外へ出ると、そこには人間がいた。
いや、正確に言うと私も人間なのだが、少しだけ違う人種だった。
「まったく、手こずらせやがって!」
ブシュっ!
そこにいた人間は槍で地面の何かを刺す。すると、仲間のもう一人が話し出す。
「それにしても、あのバカ王子、たまには役に立ったな。まさか、こんな森の中に獣人族の村があったなんて」
「ああ。だが、こいつら変に身体能力高いから、殺すの面倒なんだよなあ」
……なに? 何の会話をしているの?
まさか……王子?
「あ? なんだ? このガキ」
「まさか……わざわざ守ってくれてたのに、家から出ちまったのか!? とんだ間抜けだな!」
……守ってくれた?
私はようやく、そいつらの刺している物体に気づく。
「……あ……あ……」
それは変わり果てた両親の姿だった。元の形の見分けがつかなかったが……。
いつも感じる家族の匂いがした。
「いやああああああああああああああああああああ!」
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もう……わからない……。
誰が正しくて、誰が間違っているのか。
「王子……」
気がつくと、炎に包まれた家の中に戻っていた。さすがにあの人間たちも、自らが焼けるのは嫌なようで追って来なかった。
「……ひどい……よ……」
両親の死体を見てから、私の心がおかしくなっている。
だんだんと……錆びついている気がするのだ。
「あはっ……」
王子……。
「あははははははははははははははははははははははっ!」
彼は今ごろ、どうしているだろうか。
高級な食事を食べているだろうか。体を綺麗に洗っているだろうか。フカフカなベッドで寝ているのだろうか。
…………。
「ああああああああああっ!」
私は発狂し、髪飾りを自分の髪から引きちぎり、炎の中に投げ入れる。
「……ちく……しょう」
それで力を使い果たし、体は力なく倒れる。
「……憎い」
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
あの王子のせいで。
今まで何の苦労もしなかった王子のせいで。
間抜けでクソみたいな王子がやってきたせいで。
「お母さんとお父さんは……」
おそらく状況からして、両親だけじゃなく、村の皆が殺されただろう。
……どうして。
「どうして、獣人は生きちゃいけないの?」
少し周りよりも体が強いだけなのに……。
それだけで恐れられなくちゃいけない。
…………。
「そんなの……間違っている」
誰もが幸せになれる権利を持っているはずだ。
王族や貴族だけじゃなく……誰もが。
「……ああ」
こんなことを考えていても仕方がない。
そのことは理解していた。
「死……ねよ」
なんで早く死なないんだろうなあ。
…………。
あっ……私が獣人だからか。
お母さんやお父さんも、こうやって苦しみながら死んだのかな。
「ああ……」
思考がおかしくなる。
木が嫌いになる。
火が嫌いになる。
水が嫌いになる。
……世界が嫌いになった。
「あはははははははははははははははははは!」
気がつくと私は笑っていた。
どんな感情があっても笑っていた。
「あはははははははははハハハハハハハハハハハハ!」
「力が……ほしい?」
「……ハハハあ……あ?」
そこには炎が形を変え、人の姿をしていた。
「……ほしい」
欲しかった。なんとしても、王族を、貴族を。
そして……あの王子を皆殺しにする力が。
「……ほしいよお」
「いいよ」
その人は私の手を握る。まるで、それは神様に導かれるようだった。
「私はサトウ。君は今日から、神の使いだ」
「……神の……使い?」
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…………。
目を覚ますと、そこはあの家だった。家はすっかり燃え尽き、真っ黒な残骸が残るだけだった。
「…………」
私は歩き、近くにあった水溜まりを眺める。
そこには前の赤茶色の髪とは違い、真っ白で綺麗な髪がそこにあった。
「……ははっ」
私は笑顔を作る。作られた笑顔は自然と保たれた。
「…………」
ふと、足元を見る。そこには火であぶられ、すっかり真っ黒になった髪飾りが落ちていた。
……私はそれを拾い上げる。
「……忘れない」
胸に誓う。
「……忘れないよ。王子。あなたを絶対に殺しに行く」
その髪飾りを頭につける。そして、何もない空間に手をかざす。
ブワンっ
異空間を作り出す。それは別の世界とこの世界を繋げるゲートだった。
「……行こう」
私はその中に入る。
これが私の復讐の始まりだった。