第73話 彼は非日常を過ごす
「あ? 出掛ける?」
「ええ。少し市場に行きたいの。あなたも着いてきなさい」
俺が家庭教師として家まで行くと、エルはそれを言う。
「なんでそんな急に? 行くなら友達と行けよ」
「なに? 行きたくないの?」
「いや、そういうわけじゃねえけど」
「じゃあ決まりね」
なんだか、強引に物事を進められている気がするが、まあいいだろう。
きっとナタリアさんのことだから、エルが出掛けるのを許したのだろう。まあ、ここ最近はテストが無いし、特に焦る必要は無い。
「……わかった。行ってやるよ」
「うん」
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俺たちは市場に来ていた。
「んで? 何をしたいんだ?」
「少し服を買いたいのよ」
そう言うと、近くの服屋に入る。
「……俺、必要かね?」
「ほらっ。早く!」
「あいよー」
俺もその服屋に入る。そこはドレスやスーツなど、宴会に出席するような服がそろっていた。
……入ってから、店の高級感に気づいた。きっと、外で気づいていたら入るのをためらったであろう。そのぐらい、店のものはずいぶんな額をしていた。
「……すっげえな」
「うーん。どれがいいかしら」
彼女は選ぶ服を悩んでいた。それはどちらも高級そうなドレスだった。
「ねえ。カケルはどっちがいいと思う?」
「あ? ……どっちと言われてもなあ」
それは黄色の清楚な雰囲気のドレスと、赤色で派手なドレスだった。
「……ありゃ? 青じゃないのか?」
「私の髪が青だから、青ばっかりじゃつまんないでしょ?」
「……なるほど」
それは一理あった。確かに色が一色だけだと、つまらない。
しかし……。
「でも、青いドレスも似合うと思うぞ?」
「……? ……そうかしら」
すると、少女は持っていたドレスを戻し、青いドレスを取り出す。
「これとか、どう?」
「……ああ。それがいいと思うぞ」
やっぱり。エルには、全体的に整った色の方が似合っていた。
「……そう」
エルは俺が選んだ服を選ぶ。それを店員のもとに持っていく。
……しかし、本当に俺のセンスに任せて大丈夫だろうか。
「なあ、試しに試着してみたらどうだ?」
俺はエルにそう言う。すると、エルはその服をしばらく眺めていた。
「……そうね。一回着てみるわ」
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試着室でエルが着替えている。
その間、暇だったので店内の服を眺めていた。どれも高級であるため、傷がつかないように保護魔法がかけられているようだ。
この保護魔法も弱いもので、洗えば落ちるようである。
「カケル?」
「おう」
エルが試着室のカーテンから顔だけ出し、呼びかける。どうやら、着替え終わったようだった。
そして、カーテンを開け、その姿をあらわにする。
「どう……かな……」
そのドレスを着たエルはとても可愛らしく見えた。
なんというか……想像をはるかに超えて、似合っていた。整った色……とは言ったが、これほどまでに美しさのバランスが良いのはそうそう見れない。
「すげえ……似合ってるよ」
「……ふぇ?」
俺の意見を聞いたエルは顔が赤くなり、すぐにカーテンを閉め試着室にこもる。
……なぜ、すぐに見せるのをやめてしまったのだろうか。
「なんかだかなあ……」
そのエルの姿をもう少し見れなかったのが、もったいないように思えた。
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エルはその服を買うと、別の店に行った。そこで、一着白いワンピースを買い、そのまま着た。
「うん。けっこう動きやすいかも」
「……そうだな」
すると、エルはアクセサリーの売っている店に向かう。
「…………ん?」
突然、右腕が振動する。
「……どうしたの?」
「悪い。少しトイレに行ってくる」
「……うん。わかった」
俺はエルから離れ、路地裏に隠れる。そして、右腕のスイッチを押し、耳に手を当てる。
『もしもーし。カケル君かな?』
シャーロットさんから連絡が入る。
なんと、この腕、携帯の代わりになるのだ!
「…………」
『聞こえてるー?』
「聞こえてますよ。何ですか?」
『君の言う……神の使い……だっけ? それの目撃情報が入ったんだよ』
彼女はそれを言うと、俺の腕に写真のデータを送信する。そして、その写真が印刷され、腕から出てくる。
なんと、この腕、プリンターになるのだ!
「…………意外と役に立ってんな。この機能」
『で? どうかな?』
その写真には、フードつきのローブを着た女性が写っていた。だが、どれも違う人間のように思えた。
あの時のローブの女は、こんな雰囲気はしていない。もっと黒い何か……復讐心と言ってもよいかもしれない。そんなものを持っていた。
「悪いけど、ここにそいつはいない。たぶんあいつは写真に姿を写すほど、間抜けじゃない」
『……どうやら、そうみたいだね。引き続き彼女の調査を再開するよ』
「……ありがとうございます」
ピっ
俺はシャーロットさんへの連絡を切る。そして、あらためて神の使いの正体について考える。
いったいなぜ、彼女はこんな事件を起こしてまで、俺を殺そうとしたのか。
……俺に恨みがある?
「……わかんねえな」
恨みがある人物に心当たりがありすぎる。なんせ、生きてきた時間が長過ぎるから、それなりに人にも会っている。
考えていても仕方がない。
「……戻るか」
俺はエルのところに向かった。