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第72話 夜の中で語るお話

「……腹がいてえ」


 ルルに蹴られた場所がまだ痛む。


「あいつ……なんだってんだ?」


 なぜ突然俺の腹を蹴ってきたんだ?


 ……特に蹴られるようなことはしてないと思うんだが……。


 そんなことを思いながら、道を歩く。外はもうすっかり暗くなっている。


 その時だった。


「…………ん?」


 バイオリンの音が、辺りに響く。それは美しい音色だった。


 そういえば、この時間にここら辺を歩く人間はあまりいないはずだった。


「…………行ってみるか」


 俺はその音がやってくる方向に向かう。


 そこには……。


「…………なんだ? あいつ……」


 道に一人の少女がいた。薄い橙色で、毛先に向かうほど巻きが強くなっている髪をしていて……。


 とても美しい姿をしていた。


 そんな少女が、バイオリンを弾いていた。


「……何やってんの?」


「…………」


 その声を聞いた時、少女は演奏をやめる。


「…………え?」


 少女はバイオリンをしまい、その場を離れようとする。


「……おい」


「……来ないで……」


 その少女は端的に言う。


「……人の近くで……弾きたくない……」


「…………?」


 そう言い残すと、少女は道を歩いていく。


「……なんだったんだ?」


 少女はその場からいなくなる。しかし、俺はその演奏を覚えていた。


「…………」


 演奏を思い返す。決して、すごくうまい演奏ではなかったが……。


「……綺麗だったな」


 少女の容姿よりも演奏の方が美しく思うほど……。


 人を魅了する力があった。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「おかえりなさい」


 教会に戻ると、レイラさんが出迎えてくれた。そんな彼女に問いかける。


「……ジルちゃんとトンカツは?」


「もう寝室で寝ていますよ」


 それもそうだろう。夜も遅い。


 こんな時間まで子どもが起きているわけが無かった。


 たぶんレイラさんが寝るように言っているのだ。本当に母親みたいだな。この人。


「……なあ、レイラさん」


「はい?」


 俺は唐突に疑問に思う。


「あんた、なんで結婚できないんだ?」


「がはっ」


 あっ……。


 しまった。そういえば、触れちゃいけない話題だった。


 俺はそれを口にしたことを後悔する。


「なんで……だろうね……」


「あのー。レイラさん?」


「私って欠点あるかな? 一応料理できるよ?」


 いや、できてないよ!


 その言葉は俺の懐にしまっておく。言う勇気が無い。


 …………。


 いや……言うべきなのだろうか。


「レイラさん」


「……はい。なんでしょう」


「実は……」


「…………」


 こえええええ!


 マジで怖い。なんかめちゃくちゃしっかり見てるし。下手したら殺気だけで死ぬ気がする。


「……あなたは……料理が……」


「…………?」


 バタンっ!


 その時、部屋の扉が急に開く。


「うう……」


「……トンカツ?」


 なぜか涙を流すトンカツの姿が……。


「大丈夫か?」


「……お化け……怖い」


 ……お?


「何があった?」


 ……なんだかんだあって、レイラさんに伝えるのは免れた。


 伝えたいのか、伝えたくないのかわかんないな。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


 俺はトンカツを連れて寝室の前まで行く。どうやら、トンカツはジルちゃんに驚かされたらしい。


「おーい。ジルちゃん?」


 話しかけても返事が無い。もう寝てしまったのだろうか。


「……入るよー」


 ガチャっ


 俺は試しに扉を開けてみる。


「がおー」


 そこには何とも可愛らしい熊の被り物をつけたジルちゃんが……。


 パチンっ


「いたっ」


 おでこにデコピンを入れられ、しゃがみ込むジルちゃん。


「……何やってんの? まだハロウィンの季節じゃないよ?」


「もうすぐ夏だから……ちょっとでも涼しくしようと思って」


 本人は怖がらせようとしているが、怖いと言うより可愛い。


 たぶん、ウィルだったら鼻血を出して、貧血気味になっている気がする。


 てか、これにトンカツは怖がっていたのか?


 ……って、トンカツは?


「…………」


 俺の腹のあたりに顔をうずめている。


「……誰も……いません……マヨネーズさん……」


「…………は?」


「……誰も……いませんよね……」


 怖がりすぎて意味不明なことを言っている。きっと眠いのもあるのだろう。


「なんでこんなことしてんだ?」


「いやあ、トンカツのお姉ちゃんが怖いものが得意だ……って言ってたから……試しに驚かせてみたんだけど……」


「……そしたら、こうなったと……」


「うん」


 ……まったく、こいつの性格からたぶん見栄を張ってしまったのだろう。


「仕方ねえな」


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「むかーしむかし。あるところに一人のお爺さんがいました」


「お爺さんですか?」


「そうだ」


 トンカツが眠れるよう、ちょっとした話をする。


 ちなみにジルちゃんはつまらないと思ったのか、眠ってしまった。俺、泣いていいか?


「お爺さんはずっと一人でした。それはお爺さんがなかなか人と話そうとしなかったからです。日頃は、一人で川に洗濯をし、一人で山に食べ物を探しに出掛けました。しかし、そんなある日、一匹の犬がお爺さんの住む家に迷い込みました」


「……犬……ですか?」


「ああ。犬だ。最初はお爺さんも犬がいるのを厄介に思いました。ですが、しだいにお爺さんは犬と一緒にいることが自分の生活の一部になっていました。お爺さんが食事をすると、犬に食べ物を奪われ、それを怒る。お爺さんが洗濯をすると、犬が洗濯物をくわえどこかへ行き、それを怒る。そんな生活が続いていました。お爺さんは……そんな生活を過ごし、誰かといることを心の中で幸せに感じていたのでした」


「…………」


「……寝ちまったか」


 結局、この後犬には病気が見つかり、死んでしまった。お爺さんはそのことで他人と触れあうことの暖かさを思い出すのだった。


 大切なものは、失った後に気づく。


 そんなことを教えてくれる話である。


 ……まあ、そこまで伝えることはできなかったな。


「まったく……」


 その白い髪の少女の頬に触れる。その顔は穏やかで、さっきまで怖がっていたのが嘘のようだった。


「可愛いやつだよ」


 豚だった時と変わらず、自由気ままなこいつは……。


「おやすみ……トンカツ」

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