第71話 自分のことはよく見えないものである
「こんにちは……カール先輩」
「よお。ウィル」
僕にとって、その人物は騎士学校時代からの先輩だった。彼は僕の隣に座る。
「まさか、教師をしてるなんて」
「まあな。ところで、お前の方はちゃんと騎士として働けてんのか?」
「うん。今じゃあちゃんと……」
この人の前で、あまり騎士の仕事の話をする気持ちになれなかった。
カール先輩は、かつて国直属の騎士として働いていた。よく仕事で一緒になる時もすごく助けてくれた。
でも、ある時、邪神と呼ばれる人間を相手にした時、脚に怪我をしてしまった。その影響で、騎士をやめなければならなかったのだ。
「大丈夫だっての」
「…………え?」
カール先輩は明るく話してくれた。
「確かに、騎士として働いてた時は楽しかった。その分、怪我でやめなくちゃならなかった時は本当に絶望した。でも、その時のことがなけりゃ、今、こうしてアホな生徒どもや先生たちに会えなかったんだ。だから……結果的に良かったんだよ」
「カール……先輩……」
「今では……少しあの邪神に感謝してるレベルだ」
「……それはポジティブすぎなんじゃないですか?」
そんな会話をしていると、ステファニーが近寄ってくる。
「二人は知り合いだったんだな」
「そうだよ」
「へー」
ステファニーはニタニタ微笑みながら、こちらを見る。
「どうしたの?」
「いや……良さそうな先輩がいたんだなあって」
すると、カール先輩がステファニーに話しかける。
「へえ。お前、なかなか可愛い顔してんじゃねえか」
「……へ?」
ステファニーは言われたことをすぐに理解することができなかった。
「ふえ!?」
「なんなら、俺がもらっちまおうか?」
これには僕も怒らずにいられない。
「ちょっと、先輩。僕の彼女に手を出さないでください」
「ふえっ!!?」
ステファニーはまたもや驚く。どうやら、こういうことを言う僕に驚いているようだった。
「あ? んじゃあ、勝負と行くか? どっちがこいつを幸せにできるか。試してみるか?」
「ええ。いいでしょう! でも、僕が勝ったら、ちゃんとステファニーから手を引いてくださいね」
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ギルドで食事を済ませたあと、ルルと話す。
「んで? 最近、調子はどうだ?」
「……何の調子ですか?」
「いや、特に決めた調子じゃないが……。最近、何かあったか?」
「そうですねえ」
ルルは頬杖をつきながら、話す。
「チェナやトンカツちゃんと市場に出掛けたぐらいですね。なかなか楽しかったですよ」
「ふーん」
どうやら3人で遊んでいるらしい。トンカツのあの性格は少し心配だったが、仲良くやれているなら良かった。
「いやあ、あのお爺さんの売る本にはセンスがありますね。つい私とチェナは見とれてしまいましたよ。でも、なぜかトンカツちゃんは見ようとしませんでしたね。なんででしょう」
前言撤回。ものすごく心配になってきた。
そういえば忘れていたが、こいつは普通ではなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
……なんだか、大きな声が聞こえてくる。
「うおりゃああああああああああああああああああああ!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
どうやら、ウィルとカール先生がうで相撲をしている。その二人を交互に見つめるステファニー。
「わっ……私のために争わないで!」
「あいつ。あれ言いたかっただけだろ」
そして……。
「ふんぬ!」
ウィルがカール先生の腕を押し倒し、勝利する。
「やったあああああああ!」
腕を上げ、勝利をよろこぶウィル。
「うっひょおおおおおおおおおおお。ルルちゃん。ありがとおおおおおおおおおおおおおおおお!」
最後のが余計だったのか、ウィルのことをにらみつけるステファニー。たぶん鈍感なウィルは気づいていないが、あれは嫉妬の眼差しである。
……いや、さすがにあれは気づけよ。
「……ウィル」
「ん? どうしたんだい? ステファニー」
「……なんで、オレが怒ってるか……わかる?」
「…………ん???」
そう言い残すと、ステファニーはギルドの外へ出ていく。
「ちょっ……待って! ステファニー! なんで怒ってるの! ステファニー!?」
焦るウィルはステファニーを追うために、ギルドを出ていく。
まあ、あの二人ならすぐに仲直りするだろう。
「……あの。カケルさん」
「……どうした?」
「カケルさんって彼女作らないんですか?」
「…………」
「…………?」
作りたい気持ちはもちろんあるのだが。
「できると思うか? 俺に」
「……それ、聞いちゃいます?」
「うん」
正直、作れる気がしない。
いや、さすがに4000年生きて、できたことはある。
しかし、その思い出がひどい物である。
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「ねえ。カケル」
「ん?」
「あなたって、なんでそんなに鈍感なの?」
「…………え?」
「今……ヤリたいの」
「…………は?」
「もう……あそこがムズムズするの」
「ちょっと待て! 俺たちまだ付き合って3日なんだけど!」
「我慢……できない……」
「……ん?」
「ここであなたの初めてを奪ってやる」
「……ちょっと! 落ち着け! ああああああああああああ!」
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「必死の抵抗の末に……俺は逃げ切った。それが13回目あたりの世界だった」
「……よくその話、14歳の少女に向かって言いましたね」
「今、思えば、抵抗しなけりゃ良かった」
「正直すぎて、いっそ清々しいです」
さすがにあんな変態の女はいないだろうが、それ以来恋愛に関してはトラウマである。
唯一好きになったのは、サエぐらいなものだ。
「そういえば、カケルさんは何をやっていたんですか?」
「……俺か?」
「ええ。学校で働いて何をしていたんですか?」
「そうだなあ。……生徒たちに勉強を教えたぐらいだな。あと、放課後はエルとよく図書館にいたなあ。結構情報が集めやすいから、勉強が進みやすいんだよ」
「…………」
「……ん? どうした?」
なぜか、ルルは立ち上がる。
「……ん!」
「……え?」
俺は腹に蹴りを入れられ、地面に倒れ込む。なんだか、尋常じゃないほどの痛みだった。
「…………」
ルルは無言のまま、ギルドを出ていく。急にどうしちゃったの? あの子。
俺のところにアグネーゼが歩いてくる。
「……カケルのお兄さん。あなたも大概ですよ」
「……何が?」
いろいろと理由がわからないままだった。