第68話 『irony』~本物と偽物~
「うっ……」
やけどした体がひりひりする。どうやら、俺は炎舞魔法……とやらを使って、暴走していたらしい。
それでも、暴走していた時に聞いた言葉は覚えていた。
「……ちくしょう」
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前の世界で、俺はいじめられていた。
かつての俺はひ弱で軟弱な人間だった。そこをつけこまれて、よくクラスの人気者におもちゃにされていた。
大して頭も良くなかったし、いじめを解決する方法に行きつかなかった。
だから、そんな現状を変えるために、俺は不良になるしかなかった。いきがってでも、いじめられたくなかった。
でも、現実は残酷で、不良になった俺が受け入れられるわけが無かった。
「…………なんで」
なんでなんだ?
仕方なく不良になるしかなかったのに……。
どうして俺は見捨てられなければならなかった。
なんで狂った人生を送らなければならないんだ。
「……辛いの?」
そんな時、俺にあの女は話しかけてきた。
俺は一言答える。
「辛い……」
「じゃあ、辛くない世界へ案内してあげようか」
「……あ?」
「君が……主人公になれるような……そんな世界へ」
「…………?」
俺が主人公になれる世界。
主人公になって、最強になって、誰かと恋をして、楽しい生活を送れる世界。
そんな世界で過ごせる人生がやっと来たんだって思った。
ゴミみたいな俺の人生もきっと楽しいものに変わるって思った。
そう思ったのに、あのカケルがやってきた。
なんで。
なんでなんでなんで!
魔法学校に通い始めた時はあんなに楽しかったのに……。テストだって能力を使って一番になれたのに……。
「……ちくしょう」
ちくしょう。ちくしょう。
あの男だけは絶対に許さない。
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「ただのクズだな。俺は」
結局、俺はなりたい自分が無かっただけなんだ。特になりたいものが無かったから、楽な方に進みたいだけだった。
今の世界だろうと、前の世界だろうと、変わらなかったんだ。
たぶん、カケルとかいう男がやってこなくても、同じ目に会っていたと思う。
絶対どっかで挫折して、俺のことを心配してくれる人間を傷つけていた。
なんで……こんな人生になっちまったんだろうなあ。
「もっと……幸せになりたかった」
「じゃあ、なればいいじゃないの」
「…………?」
そこには青い髪と、首にヘッドフォンをつけた少女がいた。
「幸せに……なればいいじゃないの」
「…………」
少女はそう言うと、どこかへ走っていった。
「……なれるかねえ。俺みたいなやつが……」
さんざん誰かを傷つけておいて、こんな俺が。
また、やり直すことなんてできるだろうか。
「……はあ」
俺はしだいに弱くなる空の光を眺める。
「……まあ、さすがにもう魔法学校には通えないな」
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崩れ危険な校舎の窓から、外の様子がうかがえる。
救助隊がやってきて、カケルさんたちを助けている。エル様も救助を手伝っているようだった。
「…………」
なぜ、私、クロトがこの校舎に残っているか。それは逃げていく生徒とは違い、逆方向に進む人物がいたからである。
痕跡をたどると、どうやらカケルさんたちがいたところから来たらしかった。
「……いったい誰なんだ」
興味本位で、その人物のあとをつける。すると、最終的に屋上にやってきた。
しかし、そこには誰もいなかった。
「…………」
あらためて、外の様子を屋上から眺める。今回の事件が起きた時間が放課後だったからか、そこまで被害は多くなかったようだ。
「……さすが……カケルさんだ」
「良かったね」
「ええ…………」
…………。
……え?
確かにここに人はいなかった。だが、まるで時間を止めて、現れたかのようにそのローブを着た少女はそこにいた。
バっ!
私はすぐにその少女から離れ、手持ちの銃を向ける。
「……誰ですか?」
「やあやあ、そんな物騒なもの持ってると嫌われるよ。速く捨てなよ」
「質問に答えてください」
「…………なかなか真面目だねえ」
そう言うと、その少女は被っていたフードを脱ぎ、白い髪と猫のような耳をあらわにする。
しかし、何よりも奇妙だったのは……。
「なんですか? その髪飾りは……」
黒く染まったユズの花の形をした髪飾りだった。
「ははっ。私の名前はアンジェリカ。万物の神、サトウにより選ばれた神の使いさ。今の目的はこの髪飾りをくれた人物と……」
彼女は腕を広げ、笑いながら盛大に言う。
「すべての王族、貴族の抹殺……だよ」
「…………」
先ほどは、笑いながらと説明したが、少し語弊がある。
確かに笑っているのだが、それは本当の笑顔ではない。嘘がわかる私だからこそ、知っている。
まるで、この人は仮面を被っているかのような表情をしている。
しかし、何よりも恐ろしいのは。
「なぜ……そのようなことを?」
それとは対照的に話していることが本心だということだ。
「なぜ……か。実に単純だよ」
少女は目を閉じ、言う。
「……親や友達、たくさんの人を殺されたから。それで十分だよね」
「…………」
「殺されたら殺す。当然でしょ?」
少女は狂気的な言葉を平然と言う。
そんな少女に私は警戒を強める。しかし、それ以上にやらなければいけないことがある。
「……じゃあ、私はあなたをここで殺さなければいけませんね」
貴族も対象になっているなら、エル様も殺される可能性がある。
「……そんなに守りたいものがあるのかい?」
「ええ」
「その子に恋でもしてるのかい?」
「それは違う」
確かに、エル様が着替えている時に扉を開けて殺されかけたことはあるが、別に見たいとは思わない。
むしろ、あんな小さい胸を見るより、もっとお姉さんの大きいお乳やおま……げふんげふん。
「とにかく、もしもそれをやるならここであなたを殺さなければいけません」
「じゃあ……やってみるかい? ただこれだけは言わせてほしい」
「…………」
「身分だとか、そんなものは世界を狂わせるだけだ。私は皆が平等に、自由に、平和に! 生きられるような世界を作りたいだけなんだよ」
バギュンっ!
引き金を引くと、弾丸は発射される。しかし、弾丸がその少女に触れた瞬間、止まってしまう。
「……ごめんね」
そう言いながら、少女は屋上から飛び降り、姿を消す。
少女の姿が消えると、弾丸は再び動き出し、空を飛んでいった。
「…………」
やがて、弾丸も見えなくなると、夕日が沈んでしまった。