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第68話 『irony』~本物と偽物~

「うっ……」


 やけどした体がひりひりする。どうやら、俺は炎舞魔法……とやらを使って、暴走していたらしい。


 それでも、暴走していた時に聞いた言葉は覚えていた。


「……ちくしょう」


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


 前の世界で、俺はいじめられていた。


 かつての俺はひ弱で軟弱な人間だった。そこをつけこまれて、よくクラスの人気者におもちゃにされていた。


 大して頭も良くなかったし、いじめを解決する方法に行きつかなかった。


 だから、そんな現状を変えるために、俺は不良になるしかなかった。いきがってでも、いじめられたくなかった。


 でも、現実は残酷で、不良になった俺が受け入れられるわけが無かった。


「…………なんで」


 なんでなんだ?


 仕方なく不良になるしかなかったのに……。


 どうして俺は見捨てられなければならなかった。


 なんで狂った人生を送らなければならないんだ。


「……辛いの?」


 そんな時、俺にあの女は話しかけてきた。


 俺は一言答える。


「辛い……」


「じゃあ、辛くない世界へ案内してあげようか」


「……あ?」


「君が……主人公になれるような……そんな世界へ」


「…………?」


 俺が主人公になれる世界。


 主人公になって、最強になって、誰かと恋をして、楽しい生活を送れる世界。


 そんな世界で過ごせる人生がやっと来たんだって思った。


 ゴミみたいな俺の人生もきっと楽しいものに変わるって思った。


 そう思ったのに、あのカケル(おとこ)がやってきた。


 なんで。


 なんでなんでなんで!


 魔法学校に通い始めた時はあんなに楽しかったのに……。テストだって能力を使って一番になれたのに……。


「……ちくしょう」


 ちくしょう。ちくしょう。


 あの男だけは絶対に許さない。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「ただのクズだな。俺は」


 結局、俺はなりたい自分が無かっただけなんだ。特になりたいものが無かったから、楽な方に進みたいだけだった。


 今の世界だろうと、前の世界だろうと、変わらなかったんだ。


 たぶん、カケルとかいう男がやってこなくても、同じ目に会っていたと思う。


 絶対どっかで挫折して、俺のことを心配してくれる人間を傷つけていた。


 なんで……こんな人生になっちまったんだろうなあ。


「もっと……幸せになりたかった」


「じゃあ、なればいいじゃないの」


「…………?」


 そこには青い髪と、首にヘッドフォンをつけた少女がいた。


「幸せに……なればいいじゃないの」


「…………」


 少女はそう言うと、どこかへ走っていった。


「……なれるかねえ。俺みたいなやつが……」


 さんざん誰かを傷つけておいて、こんな俺が。


 また、やり直すことなんてできるだろうか。


「……はあ」


 俺はしだいに弱くなる空の光を眺める。


「……まあ、さすがにもう魔法学校には通えないな」


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


 崩れ危険な校舎の窓から、外の様子がうかがえる。


 救助隊がやってきて、カケルさんたちを助けている。エル様も救助を手伝っているようだった。


「…………」


 なぜ、私、クロトがこの校舎に残っているか。それは逃げていく生徒とは違い、逆方向に進む人物がいたからである。


 痕跡をたどると、どうやらカケルさんたちがいたところから来たらしかった。


「……いったい誰なんだ」


 興味本位で、その人物のあとをつける。すると、最終的に屋上にやってきた。


 しかし、そこには誰もいなかった。


「…………」


 あらためて、外の様子を屋上から眺める。今回の事件が起きた時間が放課後だったからか、そこまで被害は多くなかったようだ。


「……さすが……カケルさんだ」


「良かったね」


「ええ…………」


 …………。


 ……え?


 確かにここに人はいなかった。だが、まるで時間を止めて、現れたかのようにそのローブを着た少女はそこにいた。


 バっ!


 私はすぐにその少女から離れ、手持ちの銃を向ける。


「……誰ですか?」


「やあやあ、そんな物騒なもの持ってると嫌われるよ。速く捨てなよ」


「質問に答えてください」


「…………なかなか真面目だねえ」


 そう言うと、その少女は被っていたフードを脱ぎ、白い髪と猫のような耳をあらわにする。


 しかし、何よりも奇妙だったのは……。


「なんですか? その髪飾りは……」


 黒く染まったユズの花の形をした髪飾りだった。


「ははっ。私の名前はアンジェリカ。万物の神、サトウにより選ばれた神の使いさ。今の目的はこの髪飾りをくれた人物と……」


 彼女は腕を広げ、笑いながら盛大に言う。


「すべての王族、貴族の抹殺……だよ」


「…………」


 先ほどは、()()()()()と説明したが、少し語弊がある。


 確かに笑っているのだが、それは本当の笑顔ではない。嘘がわかる私だからこそ、知っている。


 まるで、この人は仮面を被っているかのような表情をしている。


 しかし、何よりも恐ろしいのは。


「なぜ……そのようなことを?」


 それとは対照的に話していることが本心だということだ。


「なぜ……か。実に単純だよ」


 少女は目を閉じ、言う。


「……親や友達、たくさんの人を殺されたから。それで十分だよね」


「…………」


「殺されたら殺す。当然でしょ?」


 少女は狂気的な言葉を平然と言う。


 そんな少女に私は警戒を強める。しかし、それ以上にやらなければいけないことがある。


「……じゃあ、私はあなたをここで殺さなければいけませんね」


 貴族も対象になっているなら、エル様も殺される可能性がある。


「……そんなに守りたいものがあるのかい?」


「ええ」


「その子に恋でもしてるのかい?」


「それは違う」


 確かに、エル様が着替えている時に扉を開けて殺されかけたことはあるが、別に見たいとは思わない。


 むしろ、あんな小さい胸を見るより、もっとお姉さんの大きいお乳やおま……げふんげふん。


「とにかく、もしもそれをやるならここであなたを殺さなければいけません」


「じゃあ……やってみるかい? ただこれだけは言わせてほしい」


「…………」


「身分だとか、そんなものは世界を狂わせるだけだ。私は皆が平等に、自由に、平和に! 生きられるような世界を作りたいだけなんだよ」


 バギュンっ!


 引き金を引くと、弾丸は発射される。しかし、弾丸がその少女に触れた瞬間、止まってしまう。


「……ごめんね」


 そう言いながら、少女は屋上から飛び降り、姿を消す。


 少女の姿が消えると、弾丸は再び動き出し、空を飛んでいった。


「…………」


 やがて、弾丸も見えなくなると、夕日が沈んでしまった。

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