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第67話 この世は水で作られている

「…………」


 力無く、地面に倒れるレティシア。そんな彼女の姿を目にすると、カケルの中で。


 何かが切れてしまった。


「…………」


「…………」


 カケルは立ち上がり、タクローと向かい合っている。


「…………っ!」


 そして、素早くタクローの目の前に移動していた。


 バシュンっ!


 しかし、弾かれ、地面に叩きつけられる。


 ……だが。


「…………!」


 ダンっ!


 再び、タクローに向かって飛びかかる。目にも止まらぬ速さでタクローに殴りかかる。


 バシュンっ!


 だが、またしても、地面に叩きつけられる。


 ダンっ!


 バシュンっ!


 その繰り返しだった。


 ダンっ! バシュンっ! ダンっ! バシュンっ! ダンっ! バシュンっ! ダンっ! バシュンっ! ダンっ! バシュンっ!


――なんで……――


 ダンっ! バシュンっ!


――なんで、俺のせいで人が死ぬんだ――


 ダンっ! バシュンっ!


――なんで……俺はずっと戦っているんだ――


 ダンっ! バシュンっ!


――……もう……体の感覚を感じないどころか、頭も働かなくなってきた――


 ダンっ! バシュンっ!


――ダメ……だ。結局、これも誰かのためじゃない――


 ダンっ! バシュンっ!


――理不尽を嫌う俺の……八つ当たりでしかないんだ――


 ……ダンっ! バシュンっ!


――もう……いいかな――


 …………。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「ねえ! 王子!」


「どうしたんだ? アンジェリカ」


 その日はよく晴れていて、俺はアンジェリカと食料を探しに出掛けていた。


「ねえ! あれ見て!」


「ん?」


 そこには何か、建物が壊れたあとがあった。


「……なんだ? ここ」


「これ、見て」


「……ん?」


 アンジェリカは金属の丸い塊を持っていた。


「鉄かな?」


「鉄?」


 アンジェリカは俺に鉄とは何か、を聞いてくる。


「頑丈な金属だよ。でも、自然でこんなに錆びてないのは珍しいな」


「ねえ。あれ、見せてよ! あれ」


「あれって?」


「ええっと……変形魔法……だっけ? それ見せてよ」


「ああ。いいよ」


 なぜか、俺にはその世界の魔法の原理がすぐにわかった。そのため、変形魔法を使うのは容易いことだった。


「よしっ……行くよ」


「うん」


 アンジェリカは興味深そうにそれを眺める。


 その鉄の塊の形が変わっていく。


「わああ」


「……よしっ。こんなもんかな」


 塊は、しだいに花の形に変わっていく。それはユズの花のようだった。


「よおし。これをこうやって」


「へっ?」


 アンジェリカの髪にそれを付ける。事前に髪飾りになるように形を変えたのだ。


「……似合ってる……かな?」


「何言ってんだ? めちゃくちゃ似合ってるぞ」


 そう言葉を放つと、彼女は満面の笑みを浮かべ言う。


「ありがとう。王子」


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


 後悔をした。


 仕方のないことだってわかってる。でも、少なくとも俺には責任があって。


 その責任を一生かかえながら生きていく。


 でも……そんな俺でも時々思う。


「……こんな俺と一緒にいる時も……君は笑ってくれたなあ」


 苦しさと悲しさが混ざりあって、どうしようもない時だって。


 笑えば、乗り越えられる気がするんだ。


「…………」


「あっ……ああ?」


 自我が保てているのか、わからないが、タクローは俺を奇妙に見つめる。


 こんな絶望的な状況でも、笑っているからだ。


「……感謝しても、しきれないよ。アンジェリカ」


「うがああああああああああああああああああああああ!」


 俺に飛びかかるタクロー。しかし……。


「…………あが?」


 俺はタクローを通りすぎ、レティシア先生に触れる。


「があああああああああああああ!」


 またもや、俺に殴りかかる。しかし、すでに俺はタクローの後ろに移動していた。


 まったく音を立てずに一瞬で。


「……レティシア先生」


 俺はレティシア先生の傷口に触れる。すると、瞬く間にその傷は消えていく。


「……うう……」


 うめき声をあげるレティシア先生。その様子を見届けると、俺は近くに彼女を寝かせる。


「タクロー」


「……あが?」


「お前を助ける」


「あっ……があ!?」


 ……地面についている土の重心を感じとる。そして、その土は水流のように流れ、俺の左手に集まる。


 そして、一本の泥でできた剣が作られる。


 派生型変形魔法。


「……根元魔法『タレスの選定』!」


 俺はその剣を地面にこすらせながら、タクローのもとに向かう。剣に触れた地面は、温度に関係なく状態変化し、水のような液体に変わる。


 その水流のごとく変化した土は、剣にまとわりつく。


「うおおおおおおお!」


「うがあああああああああああああああ!」


 タクローもこちらに向かい、拳を振るう。


 剣にまとわりつき液体となった土は、拳を囲う炎に触れ、打ち消していく。


「お前が!」


 その炎が消える現象は、タクローの異世界に対する怒りを消しているかのようだった。


「どれだけ前の世界で苦しい思いをしたかは知らない!」


 次々と、液化した土が炎を消す中、俺は叫ぶ。


「だが! 自分の理想を異世界に押しつけるな!」


「あっ……があ!?」


「お前自身が理想の自分になれるよう努力しろ! 少なくとも、お前から一位をもぎ取ったエルはそうしている!」


 タクローの体にまとっていた炎はどんどん消えていく。最後に残ったのは頭にまとわりつく炎だけだった。


 そして、振りかざした剣が水のように変化し、それを消火する。


「いいや! エルだけじゃない! この世界のどんな人間だろうと! どんなチートを持った人間だろうと! 同じことだ!」


 右側の拳を握りしめる。全力で走る中、包帯は自然と外れていた。


「だから、まずはチートだとか関係無しに、お前自身をちゃんと見てやれよ!」


 ボゴオっ!


 タクローの顔面を殴る。無音の空気の中、その音だけが聞こえる。


 殴った衝撃で、タクローは回転しながら、弾き飛んでいく。そして、地面にぐったりと倒れる。


「…………ああ」


 俺も根元魔法『タレスの選定』の使用で、すさまじく体と心に疲労が溜まっていた。


 そのため、力が入らず地面に倒れる。


「うっ……おお……」


 俺は地面を這って、レティシアさんのところにたどり着く。その手を握ると、脈がしっかりとあった。


「……大丈夫だ。……しっかりと生きている」


 変形魔法を応用して、応急処置をしただけだったが、ひとまずこれで救助に来た人に助けてもらえるだろう。


 ふと、崩れた校舎の方を見る。そこには起き上がり、こちらに向かうカール先生の姿があった。


 …………。


 俺は仰向けになり、空を見つめる。そこには夕日により、赤く照らされた空があった。


「……ははっ。すっげえ綺麗だな」


 なあ。アンジェリカ。


 俺、過去にできなかったことをできるようになれたかな。


 助けたい人を……ちゃんと助けるってことを。


「でも……」


 やっぱり許してくれないよな。結局、俺が関わらなければ、誰も傷つかなかったわけだし。


 ……それでも。


「ありがとう……」


 彼女の笑顔が俺に力をくれた。どんなに理不尽だろうと、決して崩れなかった笑顔が……。


 俺も……そんな笑顔ができるだろうか。


 ……タクローのやつに偉そうなこと言ったけれど、自分ではわからないものだ。


 俺は少しずつ理想の自分に近づけているのだろうか。


 …………。


 そんなことを思いながら、静かに眠っていく。

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