第66話 恨みが燃料になる
「なん……で……」
レティシア先生は杖を取り出し、俺に向け、回復魔法をかける。
「しばらく動かないでください。たぶん、骨折とかは治らないと思うので」
「……りょー……かい」
カール先生はタクローの前まで歩いていく。
「よう。問題児。ずいぶんやんちゃなことしてくれたな。お前、自分が悪いことしたってこと、わかってるよな」
表情は全体的に笑っていたが、その瞳の奥には明らかに怒りがこもっていた。
それはタクローも気づいていたらしいが、あえてその怒りを煽る。
「は? 悪いこと……ねえ。して何が悪いんだ? 俺は最強だ。俺に逆らうやつらは全員潰す。それだけだ」
「……中二病でもこじらせてんのか? いや……中二病通り越して、犯罪なんだけどよ」
「…………言いたいことはそれだけか?」
「……ああ。……だって話し合いで解決できる相手じゃなさそうだからな」
「…………」
「…………」
シュンっ…………バっ!
カール先生とタクローはお互いに距離を取り、光の玉を作り出す。そこから光線が発生し、互いの光線がぶつかり合う。
「……ちっ」
どうやら、カール先生の光線の方が強く、数が多いようだ。そのため、タクローの光線は威力を殺しきれず、消えていく。
「……ハハっ。やっぱり俺はこっちの方が得意だ」
タクローは自らの肉体に身体強化の魔法をかける。それも、一度だけではなく、二重に、三重にかけることで威力を上げる。
「……おらおらっ!」
向かってくる光線をすばやく避ける。そして、タクローはカール先生の隙をつく。
しかし……。
「……めんどくせえ!」
その隙は、レティシア先生の放った光線でカバーされる。
「……なんだってんだ」
さらに身体強化をし、今度はレティシア先生の方を攻撃しようとするタクロー。だが、次はカール先生の光線でそれは守られる。
二人はお互いにできた隙を補うようにしているのだ。それは普段から共に仕事をしているからこそ、できる技だった。
「……うぜえ! うぜえ! うぜえ!」
身体強化の魔法は使えば使うほど、肉体に負荷がかかる。そのため、短時間で決着をつけなければ、いけなかった。
「……うっ……」
やがて、タクローの肉体も限界が近づいてきた。どうやら、手足の感覚が無くなってきているようだった。
動きの鈍くなったタクローにカール先生は取り押さえようとする。
「……問題児。これで終わりだ」
「……うがっ……」
疲労で苦しんでいるタクローをカール先生が捕まえることは簡単なことだった。
次の出来事が無ければ。
「……なっ!」
突然、カール先生にローブを被った少女が飛びつく。フードを被っていて顔はよく見えなかったが、その隙間から覗かせる白い髪が特徴的だった。
「……きゃはっ!」
「うぐっ!」
カール先生はその少女の魔法により、体を固定される。
「……なんだ……これは!」
「知らないでしょう。なんせ、どんな魔法の本にも載っていない魔法だから」
「……なに!?」
まさか……。
あれは、時間操作魔法だった。一時的に、限られた範囲の時間を止める魔法。本当に複雑で、使用するのも困難か魔法だ。
それをその少女は使っていた。
「……タクロー君」
「……うっ……があ……」
身体強化の魔法の影響で、いまだにタクローは苦しんでいる。
しかし……。
バシっ!
そんな彼を彼女を蹴り飛ばす。
「ダメだよね。ちゃんと相手を殺さなくちゃ、ほら、あそこのカケルって人を殺せばいいんだよ? わかる?」
「……うう。わがっでる……ぶはっ」
血を吐き出すタクロー。
「うん。いい子。そんなあなたにご褒美よ」
「……う……があ?」
それはある魔法の発動方法が記載された紙だった。
「炎舞魔法。……大丈夫よ。そんなに苦しいものじゃあないわ。暗黒魔法と同じようなものと言った方がいいかしら?」
「よ……ごぜ……」
少女は口元が微笑み、それを渡す。
「はい、どうぞ」
「うう……があ……」
タクローはそれを読み、理解する。
「ううがああああああああああああああああああああああ!」
その魔法を発動すると、タクローの体が炎で包まれる。その炎が体を焼いている。
それは力を与えているようにも見えるし、彼の体を傷つけているようにも見える。
「なん……だ? これは?」
魔法について詳しいカール先生も、これについてはわからないことだらけだった。
当然だ。暗黒魔法と同じようなものなら、聖騎士のウィルが知らないような魔法。
そう簡単に理解することは難しい。
「おい! そこのお前! そいつに何をした!?」
「うーん。悪いけど、あなたに教えたところで意味無いでしょ。ここで死ぬんだから」
その少女はそう言うと、どこかへ去っていった。
「うっ……があああああああああああああああああああ!」
タクローは悲鳴のような叫びを上げながら、カール先生の方へ走り出す。
「ちっ……動け!」
必死に体を動かそうとするカール先生。しかし、時間を止められた体が動くはずが無かった。
「カール! 待ってて!」
レティシア先生は必死に光線を打ち込む。しかし……。
「なっ!」
光線は炎によって打ち消されてしまった。
「がはっ!」
炎に包まれたタクローは、カール先生を蹴り飛ばす。その威力はさっきの身体強化と同等のレベルまで引き上がっていた。
そして、ちょうどあのローブの少女から距離が離れたからか、カール先生の体が動き始める。
その影響で、カール先生は遠くまで飛び、校舎の壁を破壊する。彼は気絶し、戻ってこなかった。
「そん……な……」
体の動かない俺はその光景を眺めることしかできなかった。
「……えっ」
瞬間。レティシア先生の目の前にタクローが移動していた。それは尋常じゃないほどの速さだった。
ガシっ!
「う……が……」
首をつかまれ、持ち上げられるレティシア先生。
「頼……む……待っ……てくれ」
俺は必死に左手を伸ばす。しかし、体がどうしても動かなかった。
動く力が無いなら……搾り取ってでも、動く力を出せ。
そう心に呼び掛けるが、体はなかなか動かない。
瞳には、タクローが腕に炎を巻きつけている光景が映る。
「死ね……」
そのタクローの一言を聞いても、体が言うことを聞かない。
「待っ……て……」
ブシュっ!
「…………っ!」
そして。
タクローの拳がレティシア先生の腹を貫いた。
「……あっ……」
唐突に、アンジェリカのことを思い出す。彼女は、俺が間抜けせいで命を落とした。
レティシア先生に、そんな彼女を重ねてしまった。
「あああああああああああああああああああああああ!」