第65話 理不尽の中で生きる
「よい……しょっと」
俺は左手で棚の本を数冊取る。
「…………あっ」
だが、左手だけだとうまく使えないからか、いくつか床に落としてしまう。
「…………ん?」
「まったく……無理しない方がいいよ」
俺が落とした本をエルが拾って持つ。
「おう……ありがとうな」
「別に……いつも勉強教わってるから、たまには役に立ちたいのよ」
「……あ?」
すると、なぜか自分で言ったことを恥ずかしく思ったのか、こちらに言う。
「べ、別に、ただかわいそうに思ったから手伝うだけだから! 別に深い意味は無いから!」
「おう?」
俺たちは机のある場所まで本を運ぶ。俺はさっそくその本を読み始める。
「……どうしたの? 急に異世界についての本なんか読み始めて……」
「まあ、ちょっと思いだそうと思ってな。俺が異世界にやってきた時のことを」
俺は……最初の世界で死んだ時、サトウのやつに出会って異世界に転生した。
……たぶん、俺を神の使いにしなかったのは、俺が苦労するところを見たかったからだと思う。
それぐらいあいつの性格はねじ曲がっている。まったく、どうして今では、あいつが万物の神様になっているんだか。
まあ、文句を言っていても仕方がない。
「……異世界に来た時……か」
なぜだか、その時のことを懐かしく思っていた。
「なんで俺がこんな目に会わなくちゃいけないんだ……って考えてたっけ」
決して、前の世界に未練が無かったわけではない。むしろ、やりたいことや、やり残したことがいっぱいあった。
それなのに、突然死んで、突然転生させられて、突然死ぬ。
その繰り返しだった。あまり、良い思い出が無いな。
だからか、前の世界に未練があるのが、だんだんバカバカしくなってきたのだ。
「さて……と……」
まあ、こんなことを考えるぐらいなら、いっそレイラさんの飯を食べて、タナカに会うのが一番手っ取り早いのだが……。
なんだか、それをするのは気が進まなかった。そればかりするのは、過去の自分に頼っているだけのように思えるからだ。
「……アンジェリカ」
彼女は、死ぬ時、俺のことをどう思ったのだろうか。
恨んだだろうか。それとも……あまりの愚かさに憐れんだだろうか。
「…………」
いつまで考えていても仕方がないな。
「んじゃあ、俺は先に帰る。さすがにちょっと疲労が溜まってるからな」
「うん。わかった」
エルは俺の言葉を素直に聞き入れてくれた。
「じゃあな」
「うん。バイバイ」
俺はエルに手を振りながら、図書館を出ていく。一人になって、なんだか寂しいような気もした。
「……帰るか」
そう呟きながら、校門へ向かう。
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「…………」
気配を感じた。後ろから誰かが着いてくる気配を。
「…………」
瞬間。
バギシシリっ!
「……っ!」
俺は生成魔法で、体を覆えるぐらいの鉄の板を作り出した。その板に一つの衝撃が走る。
「これは……」
何者かから蹴りを入れられたのだ。しかし、その蹴りはあり得ない威力で鉄の板を折り曲げる。
おそらく……身体強化の魔法を使っていたのだろう。
「……ちっ」
不意討ちを狙ってきたそいつは舌打ちをする。
「……どういうつもりだ?」
そいつはタクローだった。
「お前……あの女から聞いたぜ。異世界を何度も渡ってるってなあ」
「…………」
なるほど、その女というのが、神の使いか。
「てめえなんかがいるから! 俺はいつまで経っても最強になれねえんだ! てめえなんかが……いるから!」
……何を言っているんだ? こいつは。
「本当は今ごろ、成績も一番で、力もそれなりに強い俺がこの世界の頂点に君臨しているはずだった。だがよお、てめえみたいなやつがいるから、あのよくわかんねえエルとかいう女に、一位をかっさらわれる結果になっちまった! てめえのせいで!」
「……お前」
「……あのローブの女に、完全記憶能力っていうチートをもらって、数々の魔法を扱えるようになって、本当は俺が最強のはずだったんだよ! だから……てめえや、エルをこの手で殺す。そうすれば、俺が最強だ!」
こいつは……力に溺れている。
もらった力を、まるで自分の力のように言っている。
だが……それでは……。
「それじゃあ、お前の能力がチートなだけで、お前自身はまるで成長しないだろうが!」
「……うるせえええええ!」
そいつは全身に身体強化の魔法をかけ、こちらに一直線に向かってくる。
「……くっ」
俺は鉄板をタクローにぶつけ、距離を取る。しかし、その鉄板はいとも簡単に引きちぎられる。
「てめえはここで絶対に殺す! なあ、先生よお!」
そして、一気に俺のところに近づき、腹に蹴りを入れる。
「がはっ!」
「なんで……異世界に来てまでこんな思いしなけりゃいけねえんだ!」
蹴り飛ばされた俺は校舎を突き破り、校庭に吹き飛ばされる。
タクローはそんな俺のところに走り込み、容赦なく蹴り飛ばす。
「ぐ……はっ……」
「なあ、先生よお。その実力を見せてくれよ。なあ」
「ぐふっ……」
再度、顔面を殴られ、俺はもう一度校舎に叩きつけられる。
……苦しい。……痛い。
「がはっ」
口から何かが出てくる。あまりの気持ち悪さに、胃の中から物体が出てしまったのかと思った。
しかし、それは赤黒く、あきらかに体の異常を示していた。
それに……。
ブシュっ
右肩の傷がどんどんひどくなっている。もしかしたら、また腕が取れてしまうかもしれない。
そんな俺にさらに追い討ちをかけるタクロー。
「死ねよ。頼むから俺のために死んでくれ」
タクローの蹴りは校舎と俺のあばらを破壊する。
そのまま、一階の床に落ちる俺。
「うっ……があ……」
状況は絶望的だった。こんなに傷を受けては、戦える力など残っていなかった。
「よお。先生。……まだくたばらねえか」
……力は残っていないが、それでも俺は生きていた。
きっと死んだ方が楽ではある。死ねば、痛みを感じず、タナカのところに行けるのだから。
……でも……。
「守…………り……たい」
「ああ?」
かすれた声でそれを言う。
「……まさか、てめえ!」
校舎の陰に隠れる生徒たちがたくさんいた。しかし、彼らに怪我人がまったく見当たらなかった。
「……あえて、生徒がいない方向に蹴り飛ばすよう、誘導していたのか。俺たちの戦いに巻き込まないように……」
ドシュっ!
「が……はっ……」
折れた位置のあばらを足で踏む。
「ふざけんじゃねえぞ。手加減なんかしやがって!」
「ぐっ……はあ……」
ドシュっ! ドシュっ!
「……死ね! 死ねよ!」
ドシュっ! ドシュっ!
……これで……良かったのかもしれない。
アンジェリカに……ひどいことをした俺なんか……。
死んで当然だ。
…………。
――死なないで! ※※※!――
その時、誰かが俺のことを呼んだ。誰の声だったか。どういう呼び方だったか。
それはよくわかった。
ガシッ
「……ああ?」
踏んでいるタクローの足を、俺はつかむ。
「……まだ……死ね……ない」
「…………」
その行動はタクローの心を苛立たせた。
「うるせええええええええええええええええええええええ!」
つかんだ手を蹴り飛ばし、最後の蹴りを加えようとする。
しかし……。
「……ちっ!」
タクローは舌打ちをし、俺から離れる。俺の目の前を一つの光線が進む。光線はタクローの服をかすり、焼け焦がす。
「……これ……は……」
「悪いな。遅れて」
「…………?」
俺の前に二人の人物が現れる。
それはカール先生とレティシア先生だった。
「後は先輩たちに任せろ」