第64話 同じ世界から来た者
「……いってえ」
右腕の痛みがすごい。少しでも傷口を押すと、痛すぎて胃の中のものを吐きそうになる。
ぼえっ……てね。
ちなみにいまだに包帯でぐるぐる巻きにされたままで、右手で何かをする作業は難しそうだ。
「……え? カケル先生? 何かあったの?」
さすがのカール先生もこれにはドン引きしていた。
「いやあ、友達の姫様がなんか望んでない結婚を親に押しつけられてて、それを妨害しに行ったら……」
「うんうん」
「腕がふっ飛びました」
「……う……ん? どこからそんな殺伐とした話になったっけ?」
そこにあの校長が現れる。
「いやあ、カケルくん。調子はどうだい? なんか休み中にすごいことになったみたいだけど……」
「まあ、こういうのは前の世界までは普通にあったことなんで」
「……そうなのかい?」
きっとこの人はシャーロットさんから事情を聞いているのだろう。
「さすがにマゾを極めた私も腕が取れるのは痛いと思うよ」
……この人は何を言っているんだろうか。
そんな中、ある先生の姿が見えない。
「……レティシア先生はどうしたんですか?」
「ああ。レティシアのやつなら、たぶんあの生徒のところに行っているところだと思うぞ」
「あの生徒?」
カール先生は面倒くさそうに話し始める。
「タクロー……とかちょっと変わった名前のやつだな。俺や校長も話をしに行ったんだがな。そりゃまあ、気性が荒いこと。なかなかこっちの話を聞いてくれなくてな」
「…………」
あの異世界の人間か。おそらく神の使いにもとの世界から連れていかれたのだろう。
きっと彼にも彼なりの事情があるのだ。
「んじゃあ、俺はそろそろ授業の準備をしに行かないと……」
「おう。頑張れよ」
バシっ
カール先生が背中を押してくれる。普段はゲスいのに、こういうちょっとした行為がこの先生の良いところなのだろう。
「ありがとう……ございます」
「おうよ」
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「タクロー君。こんなところにいたのですね」
「……あ?」
レティシアは自販機の側のベンチに座るタクローに話をかける。
「……教室には戻らないんですか?」
「…………」
タクローは無視する。話す気などまったく無いのだ。腕を頭の後ろに回し、寝たふりをする。
「…………」
「…………は?」
すると、レティシアが隣に座ってきたことに気がつく。
「……てめえ。何やってんだ?」
「あなたが教室に行こうとするまで、私はあなたの側にいます」
「…………あ?」
「ちょうど今日の午前は授業が無いんです」
「…………」
――なめてんのか?――
うっとおしく感じたタクローはベンチから立ち上がり、その場を離れようとする。
「……タクロー君。なぜ授業に参加しようとしないんですか?」
バギっ!
「…………え?」
タクローが自販機に蹴りを入れる。すると、その自販機は瞬く間に遠くにふっ飛んだ。
それは煙を上げ、使い物にならなくなっていた。
「……うぜえよ。とっとと消えろよ」
「…………」
道を歩き始めるタクロー。しかし、諦めきれないレティシアは彼の前に立ちふさがる。
「嫌です! どんなに脅されても、私はあなたを連れ戻す! 助けたいんです! あなたを!」
「……そうか……」
タクローは腕を高く上げ、身体強化の魔法をかける。
「じゃあ俺が消してやるよ」
腕を振りかざそうとした瞬間だった。
ガシっ
「…………あ?」
そこにはタクローの腕をつかんだカケルがいた。
「落ち着けよ。女に手を出してんじゃねえ」
「…………」
互いが互いのことを認識するのはこれが初めてだ。だが、生まれた世界が同じだからか、カケルは初めて会った気がしなかった。
「……まあ、なんか悩みがあったら話せ。話さなくちゃ誰も助けてやれない」
「助けてもらおうなんて考えてねえ。とっとと失せろ」
「それはできない。お前のような生徒を助けるのが俺の仕事だからだ」
「……ちっ……。んじゃ、俺が消える。……着いてくんじゃねえぞ」
そう言い残し、その少年は道を歩いていく。離れていくタクローに向かってレティシアは声をかけようとする。
「待っ」
「レティシア先生。ちょっと落ち着いて……」
タクローのもとに向かおうとするレティシアをカケルはひき止める。
「……あいつは少し危険だ。ここは俺に任せてくれませんか?」
「ですが……」
「大丈夫です。何がなんでも、あいつを助けますから……」
これには……先生としてのカケルの思いもある。だが……それ以上に、異世界の先輩として、助けたいと思う気持ちの方が強かった。
「さて……」
あいつ……悩みがあることは否定しなかったな。それに、なんだか普通の異世界転移とは、少し違う。
きっと、神の使いによる影響を受けているのだろう。
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「なんでそこまで、あいつにこだわるんすか?」
「えっ」
俺とレティシア先生はそのベンチに座り話す。
「……前に、ある先生が入院して、その代わりにカケルさんを呼んだ……そう言いましたよね」
「ええ、はい」
「実はその先生が怪我をする原因を作ったのは、あの生徒なんです」
「…………」
「でも、あの先生……エヴェリン先生はそのことを学校に知らせなかった。そこまでして、彼を守りたかったんだと思います。そんな彼女の思いを無駄にしたくないんです」
前から気にはなっていた。なぜ、前の先生が入院したのか。
あのタクローに原因があったのか。
「だから、彼を助けたい。彼にちゃんと魔法学校で幸せに生活してほしい。そう思ったんです。……エヴェリン先生には、私がまだ新任だった頃、お世話になったので……」
「そう……なんすか」
それにしても、あのタクローとかいうやつには謎が多すぎる。
まず、あいつは学校そのものを嫌っているわけではない。しかし、人のいる場所には姿を現そうとしない。
それはなぜなんだ。
他にも、俺のように何度も異世界を渡ってきたとは考えにくい。それなのに、この世界の魔法を瞬時に使いこなしていた。
「…………」
何がなんでも……あいつを助ける。
そのためにはまずは情報を集めないとな。