第62話 花を赤く染める
「…………」
俺はなぜか今、貴族が集まるパーティーに参加している。
「…………」
「あっ……カケルさん!」
バルコニーに腰かける俺の方に向かってくるのは、あの青年マイケルだった。
「こんばんは。どうしたんですか?」
「…………」
実際、このパーティーと言うのも、あの親バカ国王が開いたマリアの婚約確定を祝うパーティーである。まあ、結果的に結婚相手が見つからなければ、俺がもらうと宣言してしまったため、確定しているようなものなのだ。
「……はあ」
「大丈夫ですか?」
しかし、本当になぜ俺がこのパーティーに参加しているのだろうか。いまだにわからない。
「あの……カケルさん」
「…………ん?」
「ありがとうございますね」
「……どうしたんだい?」
「今日……僕のためなのもあるんですよね。カケルさんが国王を説得してくれたのは……」
「…………」
「正直……本当は自信が無かったんです。突然、国王直々に姫様と結婚してほしいと言われて、どうすれば良いのかわからなかったんです」
そう思ってしまうのは当たり前である。なんせ国で最も偉い人間の頼みごとである。そう簡単には断れないだろう。
…………。
「……でも、偉いっていっても、やっぱり人間なんだよな」
「……えっ」
「あの国王は本気で娘のことを思っていた。だから、あそこまで必死だったんだろうよ。それに……ちゃんと国民の意思を汲むことのできる立派な王様だよ」
昔の……俺が王子だった時の王に比べれば、なんと素晴らしい人間だろうか。
「……カケルさんは何か他の人とは違うものを持っていますね」
その言葉に対して、俺は自分を嘲笑いながら言う。
「何言ってんだ。さすがに4000年生きてる癖に他の人とほとんど同じだったら何やってたんだって話だろ」
「……それもそうですね。でも……」
その青年は夜の空を眺める。
「それでも、あなたは誰よりも人間らしい。そんな気がするんです」
「……そうかねえ」
「……きっとそうですよ」
青年は王宮の中に戻ろうとする。
「それじゃあ、失礼しますね」
「おうよ……」
彼はたくさんの人の中に紛れ、見えなくなる。マリアにはもったいないぐらい性格の良い人間だったなあ。
「……人間らしいか」
確かにそんな気がする。
俺の中の信念ってのは揺らぎまくってる。何が正義で、何が悪なのかわからない時がある。
それこそ4000年生きているんだし、なんとかなるんじゃないか?
そういった疑問もあるが、意外とわからないものである。逆に歳を重ねれば重ねるほどわからなくなるのだ。
「……これが人間らしいってことか……」
「師匠?」
考え事をしていたからか、隣にマリアがいることに気がつかなかった。
「……今日はすみませんでした」
「は? なんで謝ってんだ?」
「父が失礼なことをしたので……」
「いやいや、むしろ国王相手に失礼だったのは俺の方だろ」
「いえ、父は楽しかったんだと思います」
「…………?」
その言葉の意味がよくわからなかった。
「幼い頃……お母様が死んでから、お父様は一人で私を育ててくれました。そんな父はずっと大変そうにしていたんです。でも、やっぱり時々父は母がいなくて寂しい思いをしてたんだと思います。父は……久しぶりに言い争いができて、楽しかったんだと思います」
「…………」
「私のことを考えて父に立ち向かってくれた師匠を、父は認めてくれてるんだと思いますよ」
それは、俺だって同じだ。
きっと今までずっと大事に育ててきた娘だからこそ、大切にしたいのだ。
今まで大事にした分、これからも……。
そのことはあの父親から感じられた。
「……んじゃあ」
「…………?」
「とっとと好きな人、見つけて親孝行しねえとな」
「……それなら、もう見つかってますよ」
「…………あ?」
その意味がよくわからなかった。なんだか、今日のこいつはわからないことばかりである。
「…………どういう意味だ?」
「…………」
美しい金髪を手でかき上げ、答える。
「……それは」
刹那。
こちらに向かってくるものを感じた。
それは明らかにこの世の物とは思えないほどの速度で……。
マリアの方に……向かっていた。
「マリア……」
「え?」
俺はマリアを思いっきり、建物の奥へ突き飛ばした。
「離れろ! マリア!」
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「し……しょう?」
ジャリイインっ!
突然、バルコニーの外から鋭い石のついた矢がやってくたのだ。
それはカケルの右肩に直撃した。
「……うっ」
カケルはあまりの痛みに声が漏れる。
その様子は想像を絶するものだった。矢はカケルの右肩を巻き込み、バルコニーを突き抜けて、建物の天井に刺さる。
「……師匠?」
マリアの顔に大量の血がかかる。その血がどこから降ってきたのか。
それは建物の中から見れば、明白だった。
ビチャっ!
「…………え?」
マリアの背後に何かが落ちる。それは……。
カケルの右腕だった。
「いっ……」
マリアは再度カケルの方を向く。そこには右腕の無いカケルが倒れていた。
「いやああああああああああああああああああああああああ!」
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「待ってよ! アンジェリカ!」
広い草原を少年と少女は走る。少年は少女の後をずっと追いかけていた。
「早くおいで。王子」
「ちょっと……待って……」
少年は走り続け、疲れて立ち止まる。そんな少年を見かねて、少女は立ち止まる少年のところまで戻る。
そして、少女は大きな花束を持ちながら少年に声をかける。
「……また、私たちの足を引っ張るの?」
「……え?」
ザクッ
少年の腹に何かが刺さる。
それは少女の持っていたナイフだった。いつの間にか、花束はナイフに変わっていた。
「がはっ……」
少年はあまりの痛みに草原に倒れる。
ザクッザクッザクッ
「……じゃえ」
ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ
「死んじゃえ」
その草原の周りには赤い彼岸花が咲いていた。
…………。
そんな光景を俺は眺めていた。
「……ああ。そうか……」
俺は忘れていた思い出を……かつての苦い記憶を思い出す。
「俺が恨んでいたのは、親父だけじゃなくて……」
腹を刺され、血が吹き出す少年を眺めながら言う。
「俺自身もだったのか……」
ははっ。
殺されて当然だ。
それぐらいの罪を、俺は背負っていたのだから。