第52話 皆のアイドル、トンカツちゃん
「おお……うう……」
幸い股間は無事だったが、尋常じゃないほどの痛みだった。
……早くトンカツを迎えに行かなくては……。
俺は股間を押さえながら、ギルドの扉を開ける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「きゃああああああああああああああああああ!」
そこにはゴスロリ風のドレスを着せられたトンカツの姿があった。トンカツはめちゃくちゃ恥ずかしそうにしている。
「いいですよ! トンカツちゃん! その調子ですよ!」
目の前で光る棒を振りながらはしゃいでいるルルのところに行く。こいつはどっかのアイドルオタクか?
「なあ。何やってんだ? これ」
「へ? ステファニーさんが、トンカツちゃんに似合う服をいろいろと持ってきてくれたんですよ」
「ああ。そう……」
ステファニーのやつに任せるのも案外危なかった気がする。
そういえば、エルも着せ替え人形みたいにされたって言ってたし、そういうのが好きなんだろう。
「……可愛いよおおおお! トンカツちゃああん!」
ウィルも昼間捕まっていたにも関わらず元気そうにしている。
「いいぞ! トンカツ! 今のお前からは神より導かれしエネルギーを感じる」
チェナもチェナで平常運転である。こいつは永遠に風邪ひかせた方がいいと思う。
「うむ。トンカツにはなかなか光るところがある。……でもやっぱりチェナちゃんが! ……ごぶじっ!」
チェナに顔面を殴られ、隅の方に飛ばされる魔王。なんだか可哀想にも見えてきた。
「……うう」
トンカツはあまりの恥ずかしさについに泣きそうになっていた。
「なあ、ルル。そろそろやめさせてあげた方が……」
「あれ? カケルさんもやります? 踊ると楽しいですよ」
「いいのか! やったああああああ!」
俺は光る棒を受け取り、ルルと同じ動きをする。
やめさせないのかって?
楽しいからいいんじゃね。
俺たちはトンカツに向けて声援を送る。
『トン! カツ! トン! カツ! トン! カツ!』
「うう……」
『トン! カツ! トン! カツ! トン! カツ!』
「うぎゃあああああああああああああああああああ」
トンカツはとうとう耐えきれなくなり、持っていたグラスを投げつける。
「……うっ」
それが俺の股間にクリーンヒット。
バタン
「あれ? カケルさん? カケルさん!」
ああ、誰か俺の股間を大事にしてくれる人はいないのだろうか。
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…………。
「あれ? ここは?」
「ぶふっ……」
「え?」
そこには笑いを堪えきれていないタナカの姿があった。
「……さすがに……股間の痛みで……天に登ってくる……なんて……ぶはっ」
「あのー。タナカ様? 俺、結構苦しんでたよ? あんまり笑われると傷つくよ?」
「ぶはっ……ダメ……お腹……おかしくて……死んじゃう……あははっ」
なんだろう。すごくモヤモヤする。
こっちは恥ずかしさと痛さで大変な目に会ってるってのに……。
「うがあああああああああああああああああああ!」
「へ?」
「こうなったらヤケクソだ! お前で童貞を捨ててやる!」
俺はタナカにつかみかかる。だが……。
腕が透けてつかむことができない。
「残念だけど、完全に死んでないあなたが私に触れることはできないわ」
「そんなあ……」
「…………いや、そんな涙目になられても仕方ないからね? もう受け入れたら?」
「何を?」
恐ろしいことを聞いてしまう俺。
そして、恐ろしいことを言い返す女神様。
「4000年以上童貞なんだし、もう童貞を捨てることができるなんて、プールに時計の部品を入れて時計が完成するレベルの確率なんじゃないかな」
「それほとんど無理じゃん! なんでそんなひどいこと言うのおおおおおおおおおおおお!」
さすがに俺のメンタルもおかしくなってきた。
「……か見せて」
「……は?」
「……裸見せて」
「……は?」
「だって触れないならそっちが脱いでくれないといけないじゃああああああああああん!」
タナカは急に汚物を見るような目で俺を見てくる。
でも俺、屈しない。俺、強い子。
「なあ、頼むよお!」
「……はあ。仕方ないなあ」
「え!? 見せてくれるの?」
「ちょっとだけだよ」
「やったああああああああああああああああ! ……ああ……れ」
突然、眠くなってきた。
「残念だけど、時間切れみたいだね。あっちの世界のあなたが起きようとしてるんだよ」
「ちくしょおおおおおおおおおお。もうちょっと寝てろよ、俺えええええええええ!」
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「……あっ……」
「ん? 大丈夫ですか? カケルさん」
ギルドの長椅子の上で寝ていた。隣にルルが立っていた。
「……倒れた俺を見ていてくれてたのか?」
「ええ。さすがに心配だったので……」
「そうか……」
俺は椅子に座り、辺りを確認する。どうやらルル以外は疲れて寝てしまっているようだ。
「……んじゃ、俺は帰るか。さすがに今日はトンカツを連れて行かなくちゃいけないしな」
「そうですね」
トンカツの側に行き、そいつの体を背負う。やはり小柄だからか、軽くて背負いやすい。
「…………」
「……ん? どうした? ルル」
ルルはトンカツの方を向き、微笑む。
「トンカツちゃん。今日は楽しんでくれたでしょうか」
「…………」
こいつは男同士の絡み合いが大好きな腐女子だ。
だが、それ以上に他人のことを思いやれる子だ。それを俺は知っている。
今日だって、きっとトンカツに楽しんでもらいたいと思っていたに違いない。
「きっと楽しかっただろうよ」
「……へ?」
「だってお前も楽しかっただろ?」
「そう……ですけど……」
「一緒にいるやつが楽しんでれば、自然とそいつも楽しくなるもんだ。特にお前みたいな良いやつが楽しむだけで、皆幸せになるだろうよ」
その言葉を聞いたルルは恥ずかしくなったのか顔を赤くする。
「なんか変ですね。そんなこと言われても何も出しませんよ」
「いや……出さなくていいわ。お前のもん、なんかホモホモしいイメージだし」
「なんですかあ!」
ルルは俺の腹をポカポカと叩く。
まったく可愛いやつだよ。お前は。
「でも、ちょっと股間に響いてるからやめてくれ」
「ほえ?」
俺はギルドの出口へ向かう。そして、少し振り向き、ルルに言う。
「んじゃあ。また今度な」
それを聞くと、ルルは寂しそうな顔をする。しかし、口元に笑みを浮かべ、こちらに言う。
「ええ。また今度」