番外編 4000年後のあなたのために
ここ……は?
確か……私は崖から飛び降りたはずじゃあ……。
「…………」
そこは知らない滝が流れ込む池だった。その池の周りは白く何もない空間である。
「……寒い」
私はずぶ濡れになり、寒さに襲われた。
「…………」
なんだか、いつもとは違う。髪の色も黒からピンクに変わっている。
「……やあやあ、こんにちは」
「…………え?」
こちらに向かってくる人が1人。男か女かわからない容姿が特徴的だった。
「私の名前はサトウ。神様の1人よ」
「……神様?」
……わけがわからなかった。なぜ神様なんかが私のところに……。
それに本当にこの人は神様なのだろうか。
「ほいっ」
「へ?」
私の体の水が無くなり、服は綺麗に乾いた。
「え? え?」
それどころか、体の調子も良い。
「これで信じてもらえたかな?」
「……ええ。まあ……」
信じないわけにはいかなかった。実際にありえないことが起きているのだから。
「まあ、神様の中でも輪廻転生の神様ってところかな」
「……輪廻転生の神様? じゃあ、私は生まれ変われるってことですか?」
「そうそう。……ところで、君は自分に違和感を持ったことはあるかな?」
「違和感?」
「そうだねえ。君、名前はなんて言うの?」
「名前? ……それは……双葉サエ……ですけど……」
私は自分で自分の名前を言いながら、首を傾げる。
「…………え?」
自分で覚えていたのだ。自分の名前を……。
「……あれ!?」
「実は魂の形を神様のものと同一にしたんだよ。それなら、人間の肉体の影響を受けないしね」
「……え? ……神様のものと同一?」
「そうそう」
その人の言ったことがあまりに弾き飛んでいて、理解できなかった。
「じゃあ……私って」
「おめでとう」
「え?」
「あなたは神様に転生したんだよ」
「…………」
私は現状を理解する。
「はああああああああああああああああああああああ!」
体が弱い頃には出なかった声で叫ぶ。
「私が神様? ……なんで?」
「いやあ、カケル君に頼まれちゃってね。断るのも悪いしさ」
「カケルって誰?」
「それじゃあ、まずは」
そんな私の質問を無視し、話を進める。
「名前を決めないとね」
「え? 普通に双葉サエじゃ駄目なんですか?」
「人間の頃の名前は使っちゃいけないルールになってるんだよ」
「そう……なんですか……」
「そうだねえ。日本の苗字から選ぼうかな」
なぜか辞書を取り出しながら考え込んでいる。そして、本を閉じ名づける。
「タナカで!」
「いや、ネーミングセンs」
「Be quiet! 全国のタナカさんと私に謝りなさい!」
「…………ごめんなさい」
なんか、もうどうでもよくなってきた。
「ところで、神様って何をするんですか?」
「んー。私はこれから万物の神様に昇格して、私のやってきた仕事をあなたが引き継ぐことになるね」
「じゃあ……輪廻転生の神様になるってことですか?」
唐突にあることを思い出す。
「カケ……オクリ君に会いたいの?」
「え?」
「大丈夫だよ。そのうち、彼も死んだら会えるから」
さりげに恐ろしいことを言ったな。この人。
とは言え、仕事をし続ければ、そのうち会える……ということだろう。オクリ先生に……。
「良かった……」
「ぶふっ……」
「え?」
今この人笑ったような……。
「んじゃ、始めようか」
「……はい」
私はそのサトウという人に着いていった。それが私にとってタナカとしての最初の1日だった。
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それから何百年、何千年と経っただろうか。今では、神様として意外と楽しくやれている。
「…………」
暇潰しに、かつて母から教わった折り紙をやる。綺麗にツルを折っていく。
「ターナーカーちゃん!」
「……サトウさん」
万物の神になったといっても、サトウさんはあまり変わらない。いつも気楽で面白い人である。
「ずいぶん大きくなったね」
「そうですか?」
確かに前に比べたら、体が大きくなった気がする。神様の体というのは体が成長しきると、そのままで維持されるようになる。
まったく便利なものだなあ。
「そうだそうだ。実は今日は紹介したい人がいるんだよ」
「紹介したい人……ですか?」
「うんうん」
すると、サトウさんは誰かを呼び寄せる。
「ほらっ。こっちだよー」
「なんだなんだ? 死んだら会うのが、今度はお前みたいなアホじゃなくて済むのか?」
「もう。ひどいな。カケル君は……」
その少年が私の前に現れる。
「うおいっ! マジで美少女じゃねえか! どうすんだよ! サトウ」
その……少年が……。
「あ……ああ……」
「……ん? どうした?」
雰囲気や、喋り方は違うが、確かにそこにはオクリ先生の魂が感じられた。
「…………おーい。聞いてるか?」
「うえっ! ああ! 大丈夫」
だが、その魂はもう既にオクリ先生と呼べるものではなくなっていた。
当然だ。私だって、もう双葉サエと呼ぶのは適さないだろう。
「…………」
それでも、なんだか嬉しかった。彼に会えたことが……。
「……初めまして、タナカです」
「おう。俺はカケルだ。特技は異世界転生と異世界転移だ!」
「ずいぶん変わった特技ね」
「まあな。俺だけの得意分野だからな! ……ってなんで泣いてるんだ?」
「えっ……?」
気がつくと、涙が流れていた。そういえば、あの日から涙を流すことなど無かった。
「よろしくお願いします。カケル」
「おっおう。よろしくな。タナカ」
そう言って、私たちは握手をする。
「なんか、元気そうな手してるな」
「へ?」
「いや、特に意味はねえよ。元気なら良かった。ただそれだけだ」
ああ。やっぱりこの人はオクリ先生なんだな。
そう思った。
「うん」
私は元気よく、彼にそう言った。
それに対して笑顔を送ってくれる彼。
こんなやり取りがあるだけで私は心から嬉しかった。
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「……はあ」
カケルはちゃんとお友達を助けることができただろうか。
とっさに医学と薬学の記憶を投げ込んだとはいえ、少し派手に動きすぎた。
「……ねえ」
「……ん? あらっ。イクタじゃない。どうしたの?」
そこにはサトウさんとは違い、幼い少年の姿をした神様がいた。彼は法の神、イクタと呼ばれている。
「……あまり生きている人間に干渉しない方がいいよ」
「どうして?」
「それがルールだから……」
その少年は私から離れていく。
「今回は見なかったことにしておくよ。でも、次やった時は……」
少年は目を見開き、こちらを見つめる。
「殺しちゃうよ。君」
「…………」
彼は安定しない空間の中に入っていく。
まったくサトウさんは……面倒な人間を神様にしたものだ。
「さて……」
少し下の世界の様子を見る。そこにはドラゴンになった女性をもとに戻すカケルの姿があった。
「…………」
今の彼が完全にオクリ先生ではないことはわかっているけれど、それでも私は彼のことを守りたいと思った。
特に今彼がいる世界では……。
「あんなに幸せそうなカケルの姿は久しぶりに見たなあ」
彼の幸せを守れるなら……。
「ずっと……いつまでも見守っているよ。カケル」