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番外編 34回目の世界 その③

「うう…………」


 何日もの研究が始まった。それは過酷な日々だった。


 33回という数は多いようで、少ない。なぜなら、ほとんどが短命で手がかりが少ないからだ。


「頼む……見つかってくれ……」


「おい。オクリ?」


 その声に反応して、ボクはとっさに机の上の資料をしまう。


「どうしましたか? 先生」


「いや……体調が悪そうだったからな。大丈夫か?」


 ……どうやらバレてはいないようだ。


「……ええ。こう見えて、結構体は頑丈なんです」


「そうか……」


「それじゃあ失礼しますね」


 ボクはすばやく部屋を出ていく。


「オクリ」


「……どうしましたか?」


「気をつけろよ」


「……? どういうことですか?」


「……いや、特に理由は無い」


 そう言いながら先生は文字の書かれた粘土板を取り出し、何かを調べていた。


 ボクはそんな先生の姿を見ながら別の部屋に向かった。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「オクリ先生」


「……? ……どうしたの?」


 少女は食事をしながら、ボクに話しかける。


「最近疲れてる気がするけど、大丈夫?」


「……そうかな」


 自分ではそんな気はしなかった。なぜなら、サエのことを思うと疲れなんてものは吹き飛んだからだ。


 きっといつか探し出す。君の体を治す方法を……。


「サエ……」


「どうしたの? オクリ先生」


「もしも……」


 本当は体が治ってから聞くべきだった。


「もしも元気になったら、何がしたい?」


「……んー。どうだろうね」


 サエは少し考え込んでいた。


「…………海」


「……?」


「……海が見たいなあ」


「海……かい?」


 そういえば、この世界で海をまだ見ていなかった。


「うん。海。なんだかそこに行くと、いろんなことが思い出せそうな気がするんだ」


「……そう……なんだ」


「……でも、無理だよね。きっと皆が海に行けるようになった頃には、もう……」


 ガシっ


「……え」


 ボクは彼女の手をつかんでいた。


「……サエ」


「…………?」


「絶対に……」


 ボクは自分に誓った。必ずこの人を助けるって……。


「絶対に君を治す」


「…………」


「ボクを信じてほしい」


 少女は小さく微笑む。しかし、その目はもの悲しい雰囲気が感じられた。


「うん。信じるよ。オクリ先生」


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「くそっ!」


 研究はなかなか進まなかった。


 できた魔法は、せいぜい移植する心臓の適性がわかるぐらいだった。


 その魔法を使ったとしても、適性のある心臓は見つからなかった。


「なんで……だよ……」


 どうして見つからない。


 この百年間、二百年間、決して棒に振ってきたわけではない。それなりの知識があるはずだ。


 なのに……。


「なんで見つからないんだよ!」


 ボクは机の上の粘土板を弾き飛ばす。なんだかイライラしてしょうがなかった。


 ……なぜボクは怒っているんだ。


 自分に怒っている。それはわかりきったことだが、重要なのはそこじゃない。


「ボクが……ボクじゃなくなっている」


 記憶を取り戻し、数々の知識を引っ張り出した影響で自分自身がわからなくなってきたのだ。


「……それでも……」


 ボクは知識を欲する。彼女が助かる道がそこにあるのならば……。


「…………あっ」


 自分……というものにボクは着目した。


 そうだ……。まだ調べていない心臓が一つ……。


「…………」


 ボクは彼女のもとに走った。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「…………」


 辺りは暗く、夜が深いことを表していた。そんな中、ボクは寝ている彼女の前にいる。


「……サエ」


 その少女の手を握る。その手は細く、小さかった。


 異常なほどにその手は……。


 それはもう彼女が長くないことを表していた。


「…………愛している」


 ここまで必死になっておいて、自分の気持ちに気がつかないわけがなかった。


 きっと……彼女のことが大好きだから、頑張ることができたんだと思う。


「絶対に……助けるんだ」


 そして、ボクが作った魔法を使う。触れている手が光り始める。


 その光の色が緑に変わるならば適性があり、赤ならば適性が無いと言えるだろう。


「頼む……」


 どんな手を使っても、彼女を助けたい。


「頼む。頼むよ……」


 光が強くなる。やがて、その色が少しずつ変わっていった。


「……緑……だ」


 それは奇跡だった。


 それだけではない。記憶を取り戻したこと……先生から医学を教わったこと……。


 すべてがあらゆる確率で奇跡だった。


「良かった……」


 ボクの心臓を彼女に与えれば、ひとまずは彼女を助けられる。


 生きて……くれるんだ……。


「…………あれ」


 溢れ出る涙が止まらなかった。こんなにも幸せなことがあっただろうか。


 だが……。


「……なんか……」


 ボクの涙は、違う意味をこもっていた気がした。


 そんな時。


「ずいぶん楽しそうだな」


「え?」


 瞬間。


 服の襟をつかまれ、勢いよく壁に叩きつけられる。


「がはっ!」


 そこには、顎から髭を生やした男が立っていた。


「先生……」


「勝手なことはするな……そう言ったはずだが?」


「ですが!」


 ボクは彼女が助かる道を見つけた。


「ボクの心臓をサエに与えれば、彼女は助かるんです!」


「ほう……。それで? お前は喜んで死ぬのか?」


「はい!」


 強く返事をする。しかし、それとは対称的に手は震えていた。


「……はあ……」


 先生は大きくため息をつく。そして……。


 バシっ!


 ボクの胸ぐらをつかみ、壁に押しつける。


「で? 心臓を移植した後は、全部俺に任せるってか?」


「いえ、もちろんボクが死ぬまで、助かる方法を探します! だから、ひとまずは心臓を移植する方向で」


「いや、無理だ。信じることができない。まず、お前に方法が見つけられるわけが無い」


「見つけてみせます!」


 ボクは先生の手を離させる。そして、先生から距離を置く。


「ボクは今まで33回も異世界を回ってきた人間だ。だから、彼女を治す方法だって見つけられる!」


「その知識を……彼女を守る()()に使うのか?」


「え?」


 先生は光のこもっていない瞳でボクを見下ろす。


「この世界には家族というものが存在しない。なぜかわかるか?」


「……はい」


「ああ。ここまで生きてきてわからないわけが無い。子どもは皆、幼い頃から親というものを病気や障害で亡くしているからだ。だから、苗字なんてものは存在しない。この世界のほとんどの人間がそうだ。もう貴族だとか、平民だとか、奴隷だとか……そんなこと言っている場合じゃあないんだ。王から直々に俺のような医者に政権を渡そうとするような状態だ。もう世界は腐ってきてんだよ」


「…………」


 あれは王都からの使いの者ではなく……王自身だったというのだろうか。


「いずれお前は医者として、この村の……いいや、この世界の人間を救うことになる。そのためにお前は生きなくちゃいけないんだ」


「そんな……知らない人間のことを……」


「知っている人間だっている。この村の人々にはだいぶ世話になっただろう?」


「…………」


 なんだか……その言い方はずるい気がした。


 それは、先生の願望をただボクに押しつけているだけのように思えた。


「ならば……」


「…………?」


「ならば、先生がそれをすればいいじゃないですか?」


「どこまでも……お前は無責任だな。そうやって、自分の助けたいものだけ助けて、助けたくないものは他人に任せるってか?」


 先生は手に魔法をかけていた。


「……仕方ない。今、お前が考えていることがどれだけ甘いか教えてやるよ」


「……何を言っているんですか?」


 先生はサエの手に触れる。すると、手が赤く発光した。


「……それって……」


「お前がやっていた心臓の適性がわかる魔法だ」


「なんで……先生が……」


 突然、閉まっていた病室の扉が開く。そこから無数の石板が部屋に入ってくる。


 その石板には様々なことが記されていた。特に、先生のこれまでの出来事が書かれていた。


「どういう……ことですか?」


「確か……この少女の名前は……サエっていったか?」


「…………え?」


「すぐに忘れてしまうよ。よくいる悲劇の少女の名前なんて……」


「…………?」


 ボクは理解していた。理解していたのに、それを認めたくなかった。


 しかし、現実は非情だった。


 ……先生はそれを口にする。


「俺は異世界転生者だ」


「…………」


「これらの石板に書かれている情報のほとんどは前世の記憶だ。3歳で記憶が消去される前に書いた」


「…………ですが……それがどうしたって言うんですか?」


 わかっていた。わかっていたのに、それを聞いてしまう。


 先生が何を言いたいか、わかっていたというのに……。


「俺も……もう長くない。体は丈夫なのに、そろそろ魂が限界なんだ」


「……そん……な……」


 先生は先ほどとは違い、微笑んでいた。それは先生の心からの表情だった。


 だが、それがよりボクの心を締めつける。


 最初から……先生は自分が早く死ぬとわかっていた。だから、早く技術を継がせなければいけなかったのだ。


 それが先生の使命だったのだ。


「なあ。オクリ」


「…………はい」


 先生はボクの顔に手を添える。その手は異様なほどに優しかった。


 これまで先生が厳しく接してきたのが嘘のようだった。いや、最初から先生はボクのことを思って厳しくしてきたのだ。


 ボクは先ほどまでの考えを後悔する。


 先生だって押しつけたいわけじゃない。できれば、何事もなく幸せに暮らしてほしいと考えている。


 でも、そんな平和な世界を作るために、先生は先生で、ボクはボクとして生きなければいけなかったのだ。


「……なんで、先生とボクだったんでしょうね」


「さあな。それこそ神様にでも聞いてみなければわからんだろ。たまたま記憶を持って転生したのが俺で、たまたま記憶を持って転移してきたのがお前なんだから……」


「……そう……ですね」


 ボクは自分というものの存在を理解した。理解した上で決めなければいけなかった。


 それは世界とサエ。


 どちらを選ぶか、だった。


 なんともまあ……。


「惨い選択だなあ……」


 でも、もしもどちらも救うことができるなら……。


 こんな惨い選択を壊せるならば……。


 そんなことを考えながら、サエのもとに向かう。そして、その手を握る。


「サエ……悪いけど、もう少しだけ時間をくれないかい?」


 そして、先生の方を向く。


「……世界と彼女を……両方を助ける手段を……探してもいいですか?」


「……好きにしろ」


 そして、ボクは……。


 奇跡を捨てたのだった。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


 それから、また研究が進んだ。


 彼女が助かる魔法を見つける。今回は先生も協力してくれた。


 しかし、それが見つかることは無かった。


「……少し休んだらどうだ?」


「…………え」


「顔……ひどいことになってるぞ」


「そうでしょうか……」


 言われたとおり、一度洗面所の鏡で顔を確認する。


 目に隈ができ、痩せ細った姿がそこにあった。


「……こりゃひどいな……大丈夫か? 俺」


 …………。


 口調が安定しない。やはり、オクリとしての自分がどんどん薄れていっている。


「…………」


 ここで考えていても仕方がない。


 戻ろう。


 そう考え行動に移し、病院の廊下を歩く。すると、ある光景が目に入る。


「……サエ?」


 病室の扉が開いていた。慌ててボクはその中を確認する。


 そこに彼女はいなかった。


「……おかしい」


 いつも、部屋を出る時は松葉杖を持っている。しかし、その松葉杖がベッドの横にかけられていた。


「……サエ!」


 ボクは急いで病院の中を探した。すると……。


「オクリのお兄ちゃん。なにやってるの?」


 そこにまだ幼い紫色の髪を持った少女がいた。


「実は黒くて長い髪の女の子を探してるんだけど……どこにいるかわかるかい? このぐらいの身長なんだけど……」


 自分の手でジェスチャーする。少女は思い出したように話し出す。


「たしか、そんなかんじのお姉ちゃんがびょういんの外へ出ていったよ」


「そう……なのかい?」


 奇妙だ。


 歩くのが大変な彼女がわざわざ外へ出るなんて……。


 ……とはいえ、あまり遠くへは行っていないはずだ。


「ありがとう!」


「うん……」


 ボクは彼女を探し始めた。


 終わりの近い彼女を……。

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