第48話 幸福の中で生きる
学校から帰る途中、サラとギルドに向かう。
「お金稼ぎたいの?」
「うん。エルちゃんはもうギルドで登録してもらってるから、教えてもらおうと思って……」
「まあ、そんなことなら……」
そして、建物の扉を開ける。
「なに、この木の棒。まるで誰かを引っかけるような……」
「…………」
「…………? どうしたの? エルちゃん」
私はその光景を目にし、頭をかかえる。
「よお! エル。ちょうどいいところに来た」
縄で縛られ、パンツ一枚しか履いていない男が一人。
「ちょっとこの縄ほどいてくれ」
「嫌……」
公衆の面前でなんて格好してるんだ……と思ったが、横で騒いでいる冒険者の方々も同じような格好をしていた。
本当に大丈夫だろうか。この街。
「あっ……エルさん!」
元気よくこちらに話しかける銀髪の少女、ルルちゃん。
「エルさんもやります?」
「やるって何を?」
「この剣でカケルさんの体を叩きます。良い声で鳴いてくれるんで楽しいですよ」
「ナチュラルに頭おかしいこと言わないでくれる?」
隣では、ウィルがステファニーお姉様に担がれ、瀕死状態になっている。
なんかすごいやつれた顔をしている。
「お姉様。何をして、ウィルはこんな顔になったの?」
「なんか途中で……カケル君ばっかりずるい! ……とかって言い出して、そしたら気絶したんだよ。絶対体の方が痛いはずなのになあ……」
この男の弱点の基準がまるでわからない。もはや、ロリコンを超越した変態になっている。
「なあ……エル。とにかくこの縄ほどいてくれ」
私はため息をつきながら、その男の縄をほどき始める。
「ええ! ほどいちゃうんですか? その人。童貞ですよ? 童貞。いつ暴走するかわかんないですよ!?」
「おい。賢者通り越して神様に到達しそうな俺でも、傷つくぞ?」
「…………キング・オブ・ザ・DT」
「黙れ」
しかし、縄で縛って痛めつけるのはやり過ぎだ。
「ルルちゃん。物には限度ってのがあるからね」
「うう……」
まあ、いくらド変態なこの男でもここまで弱ってれば襲ってこないだろう。
「その人、私のこと脅して、ち○こ見せようとしたんですよ!?」
ピクっ
それを聞くと、私は縄をほどく動作を止める。
周りの騒いでいた冒険者の人たちも騒ぐのをやめ、こちらを向く。
「おーい。エル。早くほどいてくれ」
「その人。女の人のおっぱい懲りずに二回も揉んでました!」
「こらっ。ルルも静かにしような」
「その人。混浴で一緒になった時、私の裸ジロジロ見てきました!」
「静かにしような!!」
私はやってきた動作とまったく反対のことをする。
「あのー。……エルさん。なぜ俺はまた縛られてるんですか?」
その質問に答えずに、私は木剣をルルちゃんから借りる。
「……その木剣で何を?」
「…………」
カケルを見下ろし、一言。
「……一瞬で終わらせてあげる」
「いや、ちょっと待って。エルさん。しっかり状況を」
ビシイインっ!
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「……なあ。エル」
「…………」
その男に話しかけられるが、無視する。
「あの。……さすがにそろそろ心が折れそうなんで話をしてください」
「仕方ないわね。……わかったわよ」
私は買ったミルクティーを飲みながら、話を聞く。
「で? なに?」
「そう言われると話す内容が浮かばないな……」
なぜかその男は拳をかたく握り締めていた。緊張……しているのかな?
すると、カケルはあたりを見渡す。
「……なんだろうな……」
「……急にどうしたの?」
周りには、ウィルを抱えるステファニーお姉様や、その近くでゲームをしながらルルちゃんやサラと話すクロト、宴でもしてるかのように騒ぐ冒険者たち。
「……ありがとうな」
「は?」
「……一つ前の世界まで、ほとんど一人で生きてきたんだ。なんて言うか自分だけ何千年も生きてるからか、周りと合わなかったんだ。……いや、怖かったのかもしれない。何度も異世界を渡ったのに誰かを救えなかったら、次こそ精神的にかなりダメージを負うことになる」
「…………」
「だけどさ……この世界に来て、ウィルやルル、いろんな人たちと会って、そんな思いが吹き飛んだんだ。こんな俺でも誰かと一緒にいていいんだって……」
カケルは立ち上がり、私の方に頭を下げる。
「ちょっ……! 急にどうしたの!?」
「俺を異世界から召喚してくれて、ありがとう」
「…………」
感謝しなければいけないのは、こっちの方だ。
カケルと出会わなければ、今でも私は無理して勉強していた気がする。最悪、カケルの話した少女のように気が狂ってしまったかもしれない。
私は……。
「あっ。そうだ」
「え?」
「そういえば、エルに渡すものがあったんだった」
なぜかわざとらしくその言葉を言う。まるで、最初からそれが目的で話していたかのように……。
「よいっしょっと……」
カケルはテーブルの上にたたまれた自分の服の内ポケットから、箱を取り出す。
「あいよっ……」
「……なにこれ?」
「なにって……誕生日プレゼント?」
あっ。そういえば、すっかり忘れていた。
この前のパーティーの日に17歳になったのであった。
「開けてみ」
「…………」
それは青い宝石が埋め込まれたネックレスだった。
「えっ……」
「あの時、気づいてやれなくてごめんな。本当はお前もプレゼントが欲しかったんだろ……」
まったく……この男という者は……。
こういうところがあるから嫌いになれない。
「んじゃっ、そろそろ行かないとな。レイラさんやジルちゃんが心配するし……」
カケルは服を着て、ギルドの外へ向かう。
「待って……」
「ん?」
私は目が潤んでいたが袖で拭き、涙をこらえる。そして、その男に向かって微笑み言う。
「ありがとう……」
「ああ。その程度のプレゼントならいくらでもやるよ」
プレゼントだけじゃないんだけど……。やっぱりカケルは鈍感だなあ。
「にししっ」
カケルは笑いながら、ギルドの外へ出ていく。
私は、私の心を救ってくれた勇者の後ろ姿が……。
「本当……なんで好きになっちゃったんだろうなあ」
かっこよく思えたのだった。