第46話 繰り返すもの。繰り返さないもの。
「……で? アグネーゼお姉様は何の用でここに来たの?」
「ん~。特に用は無かったんだけどね。なんか私が家にいない間に起きた面白そうなことを聞いたから……」
すると、目を尖らせ、かっこつけて言う。
「……なんかカケルっていう面白いやつがオレたちの実家にいるからさ! 早く来てみろよ!」
そして、普通の声に戻る。
「……ってステファニーお姉ちゃんが言ってたから」
すげえ。めちゃくちゃステファニーに似てた。
さすが姉妹だな。
「でね。さっそく様子を見に来たんだけどお」
俺とエルを交互に見る。
「なんか邪魔しちゃったみたいだね?」
「……そうだっけ?」
「だってそこのカケルって人とS○Xしてたんでしょ?」
…………。
「「はあああああああああああああああああああああああ!」」
俺とエルが同時に叫ぶ。
「なっ……何を言っているの?」
「そうだぞ! この女とS○Xとか、ありえないだろ!」
ゴシュっ!
エルの蹴りが俺の股間に炸裂する。俺はあまりの痛みで地面に倒れ込む。
「余計なこと言わないで! じゃないと、次は痛いどころの騒ぎじゃすまないから」
なんでこの世界の女は男の股間を安易に扱っているんだ?
そのうち人類滅亡するぞ?
すると、アグネーゼは口を手で押さえていた。
「まあ、エル。そんなにも男の子のものに触りたくなるなんて……。お姉ちゃん感動した」
「ちょっと! 誤解されるようなこと言わないでくれる!?」
痛みから立ち直り、体を上げ反論する。
「そうだ! 俺は4000歳越えてんだよ! なのに、17ぐらいの女の子に欲情するとか……」
タラタラ……
「おう…………」
気がつくと、鼻から血が流れていた。
「ぎやあああああああああああああ!」
「へぼばっ!」
エルのビンタが顔面に直撃する。その勢いで全身を回転させながら壁に衝突する。
しかし、それでは終わらず、エルは俺の体を蹴り続ける。
「キモい! カケルの変態! エッチ! スケベ! 童貞!」
ああ……そういえば、4000歳である以前に……。
童貞だったなあ。俺。
「もう嫌!」
エルはそう言うと、部屋を出ていく。
すると、アグネーゼが俺に手をさしのべる。
「大丈夫?」
「……ほとんどお前のせいだったけどね」
「いや……結構カケルさんが悪い面もあったよ?」
「…………」
俺は起き上がり、ヨロヨロ歩き始める。
「大丈夫なの?」
「……まあな」
「ずいぶん頑丈だね」
「ああ。それよりエルを探さないと……」
妙な噂が広まる前に……。
「あら? カケル君?」
「…………?」
部屋の扉の前にナタリアさんが立っていた。
「さっきエルが走っていったけど、何かあったの?」
「……まあ……そうですね」
すると、ナタリアさんは俺の後ろにいるアグネーゼの顔を見るとため息をつく。
「……なるほど、そういうこと……」
今ので理解したのだろうか。ナタリアさんはアグネーゼの前に行く。
「ねえ。アグネーゼ。あなた、もう少しマナーってものを学んだ方がいいわよ?」
「うっさいよ。メンヘラおばさん」
プチっ
あれ? なんかナタリアさんの方から変な音が……。
「そう。……確かに私は客観的に見たら、メンヘラおばさんかもしれないけど、少なくとも糞ビッチよりはマシだと思うわよ?」
「いいや。いつものウィリアムさんの苦労がうかがえるよ。だって最近は誤魔化してるけど、前までは平気で縄で人を縛るような人間だったじゃん。そんな変態よりはビッチの方がまともだと思うね」
「は?」
「んん?」
え? 何この二人。めっちゃ怖いんだけど……。
「おーっす。ただいまー」
そこにステファニーがやってくる。
「おっ。さっそく始まってるねー」
「こいつらは?」
「ああ。仲悪いんだよ。アグネーゼとナタリアは……」
普段、おしとやかなナタリアさんも怒る時は怒るんだな。
「「ああ!」」
ステファニーがやってくると同時に、アグネーゼとナタリアは息を揃えて言う。
「ステファニーお姉様! 彼氏ができたんだって?」
「ステファニーお姉ちゃん! どんな人?」
まるでさっきのことが無かったのごとく、ステファニーに駆け寄る。
「ちょっと落ち着けって……ちゃんと話すから」
こうやってみると、ステファニーはやっぱり姉なんだなあ。
ステファニーはウィルのことを話し出す。
「そうだなあ。ウィルって名前なんだけど。イケメンで、優しくて、爽やかで、よく見てくれてて……」
「なんだあ。すごい良い人そうじゃん!」
アグネーゼは話を聞くと姉の彼氏を嬉しく思っていた。
ステファニーも話しているうちに恥ずかしくなってきたのか、ニヤけていた。だが、あることを思い出すと急に真顔になる。
「……ロリコンだな」
「それ、大丈夫なの?」
その場の空気が変わる。ナタリアは逆に心配そうになっていた。
「やばい……さっきまでの良さが全部幼い女の子を誘惑するスキルに思えてきた」
アグネーゼも不安で肩が震えていた。
まあ、お宅のエル、最初引っ掛かってましたしね。そのスキルに。
「大丈夫だって……決して手を出したりしないから……」
すると、パンツを被ったウィルの姿を思い浮かぶ。
「…………たぶん」
「たぶんってなに!?」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
これまでの事情をステファニーに話すと、すぐに理解してくれた。
「まあ……エルには後で話しておくよ」
「ありがとうございます」
さすがステファニーの姉貴。格が違うっす。
なんだか、この人が一番マトモに見えてきた。
「お茶持ってきましたよ」
ナタリアさんが紅茶の入ったポットと、それを注ぐカップを持ってくる。
「ありがとう。ナタリアさん」
「ちょっと待て!」
「……え?」
俺がナタリアさんの名前を口に出すと、ステファニーがそこを指摘する。
「なんでオレは呼び捨てなのに、ナタリアはさん付けなんだ!?」
「なんでって……そりゃあ……働かせてもらってるから……」
「オレもさん付けしろ!」
「ええ……」
仕方なく、オレはステファニーのことをさん付けで呼んでみることにする。
「……ステファニーさん?」
「…………」
しかし、ステファニーは微妙な反応をする。
「……なんか……違くね?」
「ああ」
「やっぱ普通にステファニーでいいわ……」
「おう……」
逆にこっちが恥ずかしくなるわ。
すると、ナタリアさんがなぜかソワソワしている。
「カケル君」
「……はい?」
俺はカップを口につけながら、話を聞く。
「私は呼び捨てでいいよ?」
「…………」
まだ口に紅茶を含んでいないのだが、カップを口から離す。
「……あんたはナタリアさんでいいと思う。ウィリアムさんになんか悪いし……」
「…………?」
たかが呼び方ではあるが、そこら辺気を付けた方がいいと思う。
うっかりウィリアムさんに誤解を与えかねない。
俺はカップの紅茶を一気に飲み干す。
「……んじゃあ。そろそろおいとまさせていただこうかな」
「おっ……いいのか? まだ全然……」
「それよりもウィルのことを見てやってくれ」
「…………」
おそらくステファニーは今日ウィルのことを世話していたのだろう。俺がこのぐらいの傷だ。きっとウィルはもっと怪我をしている。
あの母親に見せれば万事解決なのだが、それはウィル自身が望まないだろう。
そんなウィルを看るのはだれか。きっとあの場にいたステファニーがそれをしている。
で……それが落ち着いたから、俺も心配して来てくれたってところだろう。
「俺も早いとこ帰ってトンカツのやつを安心させてやらないとな……」
ぶっちゃけ心配しているかどうかわからない。こうやって一日帰ってこないこともよくあるからだ。
だが、さすがに長い間帰らないと、レイラさんが心配する。まるで母親みたいだな。あの人。
俺が部屋を出ていこうとすると、ステファニーがこちらに手を振る。
「ありがとうな。カケル」
――ありがとう。オクリ先生――
部屋から出るときに手を振る。
その行動が彼女を連想させる。
ただ、あの子とは違い、ステファニーの手の振り方は元気で活発な雰囲気をまとっていた。
「じゃあな。ステファニー」
「ああ」
俺は部屋を出て……。
そっと……その扉を閉めた。