第44話 『passion』~彼ら、彼女らのプロローグ~
…………。
「…………え?」
ウィルはその光景に呆然としていた。目の前にステファニーが立っていたのである。
「……これ以上」
ステファニーは悲しみのこもった声で叫ぶ。
「……これ以上、ウィルを傷つけるのはやめてください! あなただって本当は傷つけたくないのでしょう!」
その姿を見て、ドラゴンは少し立ち止まる。
エルはカケルを見守りながらその光景に夢中になっていた。
ふと……エルはあたりを見回す。
「あれ……カケル」
つい数秒前までそこにいた彼がいなくなっていた。
「え……」
エルはドラゴンの背中に誰かが登っているのを見た。それはカケルだった。
ブシュっ!
カケルはドラゴンの背中に注射器を打ち込む。すると、ドラゴンの体が変化していく。
「……あんたの持ってきた鞄から薬を調合させてもらった。ドラゴンから人間に戻す薬をな……」
みるみる人間の姿に戻っていくシャーロット。
「……やっぱりすごいね。医学や薬学の知識もあるなんて……」
人間の体に戻った彼女は少しバランスがとれていないのか、倒れそうだった。
そして、流れるようにシャーロットはカケルに抱きつく。
「うおっ!」
「やっぱすごく可愛いわ。あなた」
体をドラゴンに変化させた時に衣服が破れ、シャーロットは全裸の状態だった。
年齢はそこそこ行っているのだが、見た目が若く見えるためカケルはとまどい始めた。
「ちょっと待て! その状態で抱きつかれると非常に困るんですけど!」
「あら? どうしてかしら」
ニヤニヤ笑いシャーロットはカケルをからかう。
エルがカケルをにらんでいる。なぜ不機嫌になっているかはわかっていなかったが、カケルは非常に困っていた。
「とりあえず、これ着てください」
カケルは魔法で黒いローブを作り出す。シャーロットはそれを受け取り身にまとう。
「いやあ。紳士だねえ。カケル君は……」
「じゃあ、なんで俺のこと吹き飛ばしたんですか? そんなに俺を早く殺したかったんですか?」
「…………え?」
シャーロットはしばらく考え込む。
「ああ。あの時、前にいたのカケル君だったんだ」
「え?」
「ごめんごめん。つい邪魔だったから吹き飛ばしちゃったんだ。許してね?」
「俺の扱い。ひどくね?」
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ステファニーはシャーロットの姿が戻ると、恐怖から解放されその場の座り込んだ。そんな彼女にウィルは話しかける。
「……ありがとう」
「え?」
「僕を……守ろうとしてくれて……」
「いやいや。そんなこと! ただ当たり前のことをしただけだっての……」
ウィルは再び涙がこみ上がってきた。だが、その涙をすぐに拭い取る。
「ステファニー」
「……どうしたの?」
ウィルはステファニーの瞳を見つめながら言う。
「僕はあなたのことが好きです」
「…………へ?」
「僕と付き合ってくれませんか」
「…………」
その言葉を聞いて、ステファニーは涙を流していた。
今まで、自分は可愛いくない。そう思っていた。しかし、そんな自分を好きでいてくれる相手がここにいる。
そのことがステファニーはとても嬉しかったのだ。
「……はい」
「…………え」
「こんなオレで良ければ、お願いします」
気づいた時には、ウィルも涙を押さえられなくなっていた。
自分という存在を受け入れてくれる人に出会えた。そのことがウィルは幸せだったのかもしれない。
「…………あ」
唐突にウィルはあることを思い出す。懐からあるものを取り出す。
これだけは戦いの中で壊れないように気を使っていた。
「…………ウィル?」
「はい。これ」
それは小さい箱だった。ウィルはそれを開け、ステファニーに見せる。
「……これって……」
「指輪だよ。……この前の宝石を加工して作ってもらったんだ」
「……そうだったの?」
ステファニーはその宝石のことなどすっかり忘れていた。ウィルから逃げてしまったことで頭がいっぱいだったからだ。
ウィルはその指輪をステファニーの薬指にはめた。その赤い宝石のしっかりと輝いていた。
「……ありがとう。ウィル」
「うん。……こちらこそ守ろうとしてくれてありがとう。ステファニー」
ガシッ!
「えっ! ステファニー!?」
ステファニーはウィルに抱きつく。
「急にどうしたの!?」
「ごめん……」
その言葉とは対照的に、ステファニーの口元は微笑んでいた。
「……もう少しこのままでいさせて」
「…………」
「…………ひえっ!」
ウィルもステファニーの背中に手を回す。
「少しだけじゃなくていいよ。……落ち着くまで……」
涙で湿っていたまぶたを閉じる。
「……一緒にいよう」
「…………うん」
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そんな二人を見て、シャーロットさんは会場の外に向かう。
「ちょっと待ってくれ」
「あら……何かしら? もうあなたに用は無いのだけど……」
俺は今回のことについて疑問を言う。
「あんた……別に孫がいるかはそこまで考えてないだろ?」
「……へえ。じゃあ何を考えていると思ってるのかしら?」
「…………」
俺は今までの人生から思ったことを言う。
「……ウィルが心配だったんだろ?」
「…………」
「ロリコンであるあいつが結婚できる相手なんて数少ない。しかも、結婚できたとしても、ちゃんとうまくやっていけるか不安だった。違うか?」
「何を根拠にそんなことを言っているの?」
俺は今まで疑問に感じていた点を言う。
「まず、そんな重要なことを俺に協力させるところだ。俺ならウィルの好みの相手を知っていると考えたんだろう。あんたはちゃんとウィルの気持ちを考えて相手を探していた。孫が欲しいだけならそんなことしないだろう」
「へえ? それだけ?」
「他にも、わざわざ妹を派遣してきたところとかかな」
「この子ね」
透明の空間から襟首を掴まれて現れる。その様子はまるで親猫に連れてかれる子猫のような感じだった。
「それに……なんで人間に戻る薬を持ってこなかった?」
「……たまたま家に忘れちゃっただけよ」
「……家に忘れる程度のものだった。……つまり、それほど今回のことには重要なものではなかった」
そこから導きだされる答えは……。
「あんたは……最初からこの結末を予測していたんだ。だから、あらかじめ俺がその薬を作ることまでわかっていたんだ」
「……うふふっ。そこまで器用な人間に見えるかしら」
彼女は微笑む。その言葉が本当か、嘘かはわからない。
本当に何を考えているか、わからない。ウィルの言っていたとおりである。
「でも、確実にあんたの予測がはずれた点があるぜ」
「何かしら」
「…………ん」
「…………?」
俺は掴まれているモナの方を指さす。すると、どんどんモナの顔が青ざめていく。
「……確かにそうね。尾行がバレてるなんて聞いてないわよ」
「……ふえ!?」
うん。指さしただけでその発想にたどり着く時点で思考がおかしい。やっぱ全部わかってたわ。あの人。
「……あっ。そうだ」
シャーロットさんは鞄を拾い、その中から小さな瓶を取り出す。
「……うおっ! とっと!」
それを投げられ、慌てて俺はつかみとる。
「それは私からのお礼よ。カケル君。ただの報酬じゃああなたは満足しないでしょう? なんかそういう性格してそうだし……」
確かに俺は見返りというものはあまり好まない。
だが、これは何だ? 瓶の中に二つ錠剤が入っている。
「それじゃあ。私はこの辺で。これからモナちゃんに少し言い聞かせてあげないと……」
「ちょっと待って! お母さん! お願い! 許して!」
シャーロットさんはモナの襟首を掴みながら、連れていく。
「通常攻撃が変態攻撃で未開攻撃のお母さんは嫌だああああああああああああ!」
そんな叫び声をあげながら、その場を去っていく。とても恐ろしい人だった。
「……あれ?」
無理に体を動かしたからか、俺は再び意識を失いそうになる。
「カケル! 大丈夫!」
エルが俺を支えてくれた。
「……ああ。大丈夫だ。ちょっとまだ疲れてる……みた……い……」
だんだんと感覚が無くなっていく。
そして、俺は深く気を失った。




