第43話 とある医者のエピローグ
ある病室で、一人の少女が眠っている。
美しい黒髪、整った顔。それらは多くの人間を魅了できてしまうほどのものだった。
「…………」
カケルはそんな少女の姿を眺めていた。
もう目覚めることの無い少女の姿を……。
「…………ごめん」
カケルはその少女の寝ているベッドの前で膝から崩れ落ちる。
「……君を……守ってあげられなかった……」
未熟な自分を。傲慢な自分を。貪欲な自分を呪う。
しかし、それでも彼女が戻ってくることは無い。どんなに自分を呪ったとしても……。
「……それでも……」
カケルは誓ったことがある。その誓いを胸に秘め、立ち上がる。
「……次は……どんなことがあっても、他人を優先してやる。……クズみたいな俺なんていらない。俺なんか捨ててやる」
病室の棚から、ハサミを取り出す。それは、体の弱い彼女がいつも何か物を作る時に使っていたものだった。
「……ごめん」
彼はそのハサミを自分の首に突きつける。
「……さようなら」
「……待って」
その言葉は、絶対に聞こえないものだった。聞こえないはずだった。
……ずっと聞きたかった声だった。
「…………サエ」
「……やめて。オクリ先生」
オクリ……。
それは彼女と出会った世界で呼ばれた名前だった。
彼は再び座り込む。その病室のベッドから少女が起き上がっていたのである。
「……あ、あ……ああ……」
彼は涙が止まらなかった。こうやって、二人で話すのは久しぶりだった。
「……ごめん」
カケルはずっと謝りたかった。
「……俺は……自分が生き残りたいがために、君を見殺しにしてしまった。そんな俺に、生きる価値なんて無い」
「……そんなこと無いよ」
「……え」
その少女は微笑み、彼に話す。
「確かに、自分の命を助けるのはずるいことかもしれない。でも、少なくともこんな体の弱い私よりも、いろんな世界を旅したオクリ先生が生きていた方がたくさんの人を救ってあげられる。現に、私が死んでからもたくさんの人を助けてあげてたでしょ?」
「…………」
「その選択肢をどういう気持ちで決めたかは私は知らない。でも、あなたが生き残ったのは正しい選択だったんだよ」
その少女は座り込む彼の頭を撫でる。
「あなたは私を助けられなかった時から、ずっと……何百年も何千年も、他人のことを助けてきた」
その病室の空間が安定しなくなる。
「……だから……もう、重荷を感じなくていいんだよ。自分の気持ちを考えてあげて……」
「ああ……く……うう……」
「……オクリ先生。窓を見て」
彼は窓を見ると、そこには海が広がっていた。広く、流れる海が広がっていた。
「…………」
なぜかわからないが、その先に世界があるのを知っていた。
……いや、彼は知っているはずだ。なぜなら、その海を渡ってここにやってきたのだから。
ただ、また未知という名の海に潜り込むだけ……。ここはちょっとした休憩所でしかないのだ。
「……サエ……」
「……どうしたの? オクリ先生」
「……ありがとう」
そして、彼はその窓から飛び降りる。飛び降りる直前に彼は言う。
「……行ってくる」
「……うん。行ってらっしゃい。オクリ先生」
少女は誰もいなくなった窓に向かって小さく手を振る。
「……いつも見守ってるよ。カケル」
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深く、暗い海の中に潜り込む。そして、やがて何も見えなくなる。
何も聞こえない。何も感じない。
そんな中である少女の声が俺に響いてくる。
――カケル! 起きて! カケル!――
俺を心配する少女の声。
「……エル」
彼女はいつも俺を心配してくれた。魔王との戦いで気を失った時も、いつも彼女は必死に俺へ声をかけてくれた。
「……エル」
その名前を呟く。それだけで、俺に力があふれてきた。
「……待ってろ。エル」
唐突に今まで忘れていた出来事を思い出していく。ステファニーやウィル、シャーロットさん。
「絶対に俺が助けてやる」
暗い空間の中で、ある一つの光が見えてくる。俺はその光を手でつかんだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は空間を打ち破った。
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激しく、硬い竜の鱗と木剣がふつかりあう。
「はああ!」
ウィルが木剣でしっぽを叩く。その勢いでしっぽに乗る。
走り、ドラゴンの頭まで走っていく。しかし、横から鱗で守られ硬い腕がすばやくウィルを弾き飛ばす。
地面に打ち落とされたウィルは少し体の動きが鈍くなっていた。だが、続く攻撃を避け、ウィルは再びドラゴンのもとに走り出す。
――……なんで……だろう――
ウィルは次々やってくる攻撃を避けながら考える。
――……もうとっくに諦めてもおかしくないほどの体なのに……――
ドラゴンまで走っていく。しかし、またもや弾き飛ばされる。そして、再び走る。
その繰り返しだった。
――……こんなにも力が湧いてくる。どうしてなんだろう――
向かってくるしっぽに乗る。そして、ドラゴンに追撃をする。
――……ああ。そうか……――
殴りかかるドラゴンの腕を避け、その頭部に剣を振りかざす。
――この力が……誰かを好きになった時のものってことなのか……――
瞬間。ドラゴンの口につかまる。そして、地面に向かって勢いよく叩きつけられる。
「がはっ!」
激しい痛みがウィルを襲う。ウィルは体を動かすことができなかった。
「……くそっ」
――結局、僕は守りたいものも守れないのだろうか――
そんなウィルにドラゴンの腕が向かってくる。
「おやすみ。ウィル」
「…………」
ウィルが小さい頃、眠る時に母親にかけてもらった言葉はそれだった。その優しい言葉を思い出す。
――……また、その言葉を聞けるなんてなあ――
ウィルは動かない体を必死に動かそうとするが、無理な話だった。
そして、ドラゴンの腕が目の前までやってくる。