第41話 果ての世界の彼
カケルは形が不安定な2本の剣を振るう。
ビシッ!
「…………っ!」
その時、ウィルの剣がカケルの左手の剣を弾き飛ばした。その剣は彼らの頭上に飛ばされる。
その影響で、ウィルは右手の剣に対して無防備になる。
――この位置に剣を叩き込めば!――
カケルはその攻撃に力を込める。
「はああああ!」
横からウィルに剣を振るう。
しかし……。
バシッ!
「……なっ!」
ウィルはあり得ない速度でカケルのもう1つの剣も弾き飛ばした。その剣はステージの奥へ滑っていく。
「……まさか!」
ウィルは予測していたのだ。カケルが1つの剣を捨てて、もう1つの剣でウィルにとどめをさそうとしていたことを……。
2つの剣を弾き飛ばされたことで、カケルは攻撃を防ぐこともできなくなっていた。
――これで終わりだよ。カケル君――
ウィルの剣がカケルの方に向かってくる。
…………。
「……やっぱり……賭けなんだよな」
「え…………」
その呟きがウィルの心に不安を与えた。
――……賭け……と言ったのだろうか……。まだ、この男は諦めていないのか?――
「くっ!」
その不安を押し殺し、剣をカケルに叩き込む。
瞬間。
「…………」
それは無音の動きだった。カケルはウィルの剣を限りなくギリギリの距離で避ける。
「馬鹿な!」
カケルはその剣筋を予測していた。どのルートを通り、体のどこにその剣を当てようとしているのか、把握したのだ。
尤も、その剣筋を予測するにはある程度の運が必要だった。それが先ほどの賭けに繋がるのだろう。
――……だが……剣は弾き飛ばされた。反撃のしようが無……――
ウィルはその光景を見て、表情が強ばる。
「……そん……な……」
空中に回転する剣がカケルのもとに向かっていた。
――……まさか……最初から……左手の剣を弾き飛ばされた時から……この瞬間を予測していたのか? ……何手も先を読んでいたというのか……カケル君は……――
カケルはその剣をつかみ、強く握りしめる。
「……まだ……」
ウィルは剣を引き戻す。
「まだだ!」
カケルの諦めない心が、逆にウィルへ力を与えた。
同じレベルで戦うカケルに勝ちたい。
その思いがウィルの魂に火をつける。
―……予測しろ! カケル君の動きを!――
ありとあらゆる経験からウィルはカケルの行動を読み取る。どの位置から、どんな時に、どのように、その剣を振るうか。
すべてのパターンを予測する。
その思考は、今戦っているカケルから教わったものだった。
――ありがとう、カケル君――
カケルとウィルは、互いに剣を近づける。
――君は……僕の最高の敵であり……――
それらの剣がぶつかり合おうとしている。それはウィルは想定していた動きだった。
――最高の……友でいてくれた――
周りの空気に、二人のオーラが染み込み、風がステージの雰囲気を飾る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そして、2つの剣が互いに触れ合う。
…………。
……はずだった。
「…………え?」
剣は限りなく近づいた位置で、一定の距離を保ち続ける。それは本当に剣はぶつからずに互いを通りすぎていく。
その剣の動きに呼応して、カケルはウィルの剣を避けていく。
カケルは足音を立たさずに、空気と擦れる音さえも鳴らさなかった。
「…………っ!」
カケルの動きは遥か数千年の時を流れ、数多の試練を乗り越えた末に到達できる極致の技だった。
「……ありがとうな、ウィル」
風と音が無い世界で、その言葉だけがウィルに届いた。
折れた剣がウィルの首に突きつけられる。
「…………」
「…………」
しばらくの間、沈黙の空気が辺りを包む。
『勝者、カケル!』
そのアナウンスで、空気がもとに戻っていく。
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俺はウィルに突きつけていた剣を離し、その場に座り込む。
……いろいろと、頭を使いすぎて大変だったのだ。
パチパチ……。
「……ん?」
パチパチパチパチ。
俺はその音に注目する。
パチパチパチパチパチパチ!!
それは拍手の音だった。あまりに戦いに集中しすぎた俺には、その音が新鮮に感じた。
「……あれ……」
何かを……忘れている。戦いの中で考えなければいけないことを……。
「…………あ!」
そうだ! 確かこの戦いはウィルをかっこいいと思わせるための……。
「ああああああああ!」
俺はどんどん顔が青ざめていく。そして、ウィルの方を向く。
ウィルは下に俯いていた。
「……あの……ウィル?」
「……くっ……」
……ウィルの顔から一つの水滴が垂れる。それは涙だと俺は考えた。
「マジでごめん!」
俺はウィルに対して土下座していた。その姿はあまりにもかっこわるい姿だった。
「つい戦いに集中しちまったんだ! 本当にごめん!」
「……くくくっ」
「……え?」
「あはははっ!」
ウィルは顔を上げ、大きな声で笑っていた。涙を流すほど、笑っていた。
「……あのお……ウィル?」
「あはははっ。本当に……おかしいよ! カケル君! なんで勝った人間が土下座なんてしてるのさ!」
やばい。……笑い狂ってしまうほど、ウィルの気分を悪くしてしまったのだろうか。
「……マジでごめん。本当に……」
「違うよ。僕は嬉しくて笑っているんだよ。君が本気で戦って、本気で僕を負かしてくれた。それが本当に嬉しい」
「…………」
「……こちらこそありがとう。君の本気と戦えただけで、僕は満足さ」
ウィルは顔に袖で拭く。
満足なわけが……無い。
俺の本気と戦って、何がなんでも勝ちたかったはずだ。そして、ステファニーに良いところを見せたかったはずだ。
「……ウィル」
「……カケル君?」
俺はウィルに右手を差し出す。
「…………」
ウィルはその手を握った。握ってくれた。
「……本当にありがとう。カケル君」
俺は決心した。こいつを絶対にステファニーと付き合わせてやる。
それを行うには、二週間という短い時間だけでは足りなかった。完全に俺の力不足だ。
……これは、日を延ばしてもらうためにまた土下座をしに行かなくてはいけないな。
俺は頭を後ろをポリポリかき、後のことを考えないようにする。
「んじゃあ。今度はパーティーを楽しもうぜ。せっかくご馳走がたくさんあるんだからな」
「……うん。そうしよう」
そいつは微笑み、ステージを降りていく。ウィルは俺から視線を外すと、再び下に俯いた。
そんな中、俺はウィルを眺めるステファニーを見つける。
「……まあ……こっからだな」
俺はウィルの母親のことを思い出し、鳥肌が立つ。
「……結局命乞いすることになっちまったなあ」