第35話 流れる時間の中で
「……ん?」
気がつくと、ある噴水の前のベンチで寝ていた。
「ここは……」
そこは市場を通り抜けたところにある広場だった。
「起きたみたいね」
「……エル」
「戻ったらなんか倒れてたからさ。寝かせられる場所に置いておいたの……」
あの巨乳妹に気絶させられてからあまり時間は経っていないようだった。俺は頭をポリポリかき、ベンチに座る。
「……ステファニーとウィルは?」
「すぐ近くのカフェにいるわ」
「そうか……」
俺は辺りの気配を探る。
「……エル」
「ん?」
「悪いが、あいつらを呼んできてくれないか? そろそろ、行かなくちゃいけないところがあるからな」
「……まあ、今日は言うこと聞いてあげるわ。お姉様のためだもんね」
そう言うと、彼女はそのカフェに向かう。やがて、十分距離を取ると俺は話し出す。
「……そこにいるんだろ? 巨乳」
「…………」
そいつは空間から顔だけをひょっこり現す。
「……なんですか?」
「お前はどうして俺たちに着いてくるんだ?」
「……単純にお母さんに頼まれてるだけです。まあ、私自身が心配なのもありますが……」
「ふーん」
あの母親に頼まれて断れるやつなんていないだろう。いろんな意味で……。
「おい、巨乳」
「……その巨乳って呼び方やめてくれませんか? 意外と気にしてるので……」
「すまん。じゃあなんて呼べばいいんだ?」
「……モナ。それが私の名前です」
「へえ。じゃあ、モナ」
俺は前から思っていることを聞いた。
「ウィルってなんであそこまでロリコンなんだ? 初恋の子が男だった……だけじゃ理由にならないだろ」
「……そうですね」
モナは思い出しながら話す。
「兄さんがその日、コラードさんが男だって気づいた日、帰り道を落ち込みながら歩いていたんです」
「……おう」
「その時、偶然出会ったおじさんに勇気をもらったらしいです」
「……へえ」
「で、そのおじさんにエロ本をもらったらしいんです。その本がロリコン向けの本だったらしくて、それにはまった兄さんはロリコンになったんです」
「…………」
そのおじさんはいったい何者なのだろうか。とにかくそいつはエロ本与える相手考えた方がいいと思う。
「優秀な兄さんは……ロリコンでなければ、完璧超人なんですけどねえ。それに比べて私なんて、ただの平凡な子どもですし……」
「何言ってんだ?」
「……え」
平凡……では無いだろ。
「少なくとも、すごく女の子らしいじゃねえか」
「……そう……ですかね」
そいつの顔が赤らめる。やはり、褒められたことが嬉しいのだろうか。
ならば、もっと褒めてやらなくては……。
「そうだな。まず、すごく柔らかかったところかな。何か包み込んでくれる感触がたまらなかった。次にすごくでかいことだな。やっぱりでかいと揉みがいがあって最高だしな。最後に……歩くと揺れてて視線が向かってしまうところとか……」
「胸ばっかじゃねえか」
バシンっ!
俺は頭を叩かれる。いつもエルからもっと強い攻撃を受けているので、さほど問題は無い。
痛いけどね。
「ありゃ……」
モナは奥からエルたちがやってくるのに気づく。
「それじゃあこれで」
「あいよ」
少女は再び透明になる。たぶん着いてこられても、特にちょっかいは出してこないだろう。
それに今日の目玉であるあの場所では勝手に動けないと思うし……。
「どうしたの? カケル」
「……ん。なんでもない」
俺はベンチから立ち上がる。
「んじゃ。行きますか」
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辺りはすっかり暗くなっていた。
……おかしいな。
「なんだ……ここ……」
名ばかりの中世ヨーロッパだから、劇場と言えば映画館が出てくると思っていた。しかし、そこにあった物は違ったものだった。
石造りのステージや、それを囲う客席。天井が無いその場所はまるで古代ギリシャの劇場だった。
「……ここに来て時代違うじゃねえか」
庶民でも気楽に見れるという点では、ちゃんと中世ヨーロッパしてる。ここまで来て違和感しかない。
とはいえ、ここでもうすぐ演劇が始まるはずだ。
「んじゃあ、適当に席に座るか」
俺たちは見やすい席に……と言いつつ、ウィルとステファニーを隣に並べ、俺とエルはそいつらを後ろから見られる位置に座った。
「さて……どうなるかな」
おそらくモナも、どこか席に座っている。まあこんな場所で邪魔することなんてできないだろう。
しばらく過ごしていると、演劇が始まる。
それはある少年が吸血鬼の少女と楽しく過ごすお話だった。
「うへへ……」
「…………」
予想通り、ウィルは吸血鬼役の少女を見て浮かれている。その幼い少女はウィルの好みであることは事前に調べたため、わかっていた。
いつもは年上と話す時、緊張するウィルだが、その少女を見たことで少し緊張がほぐれていた。
あとはステファニーしだいである。
「……ぐへへへ……」
ウィルがとうとうヨダレを垂らしていた。そろそろあいつは本格的に刑務所に入れられてもおかしくないと思う。
しかし、ステファニーはそんなウィルの前にハンカチを持っていく。
「大丈夫?」
「……は!」
ウィルは自分のヨダレを拭いてもらっていたことに気づく。さすがにここでイケメン風に回避することは不可能そうだ。
「……もしかして寝ちゃってた?」
「いやいや、全然大丈夫ですよ」
そう言いながら、ウィルはしっかりと前を向いた。そんな様子を見て、ステファニーは小さく笑っていた。
「あの役者の子、可愛いね」
「そうですね。きっと将来美人になりますよ。あの子」
ウィルもステファニーもなんだか緊張が無くなっていた。お互い、うまく話し合ったのだろう。
「……まったく……すごい奴らだよ。なあ、エル」
…………。
「エル?」
「……ほ、ほえええ」
エルは緊張で気絶していた。ずっと隣にいたのに気づかなかった。
「……大丈夫かよ」
なぜ、こいつが気絶したのかはわからないが……。とりあえず、劇場の外に連れて目が覚めなかったらお医者様に見てもらおうとするか。
……ウィル母だけは嫌だけど……。
俺はそいつを両手で持ち上げる。
「…………へ?」
エルが目を覚ましたようだった。そんなこいつに話しかける。
「よう、エル。体調悪いなら病院行こうか?」
「……いや、そうじゃなくて……これって、お姫様抱っ……」
なぜかそいつは自分で言って、顔を赤くする。
「……ほえええ……」
そして、また気絶した。忙しいやつだな。
「まあ、とりあえず連れてくか」
たぶんウィルとステファニーは二人にして大丈夫だし、それよりもエルの方を優先していいだろう。
俺はエルを連れて劇場を出ていった。
その時の月に雲がかかっていた。