第32話 ステファニーの姉事情
「ああああ……」
「……どうしたんですか? カケルさん」
次の日もあのレストランに来ていた。そして、ルルにこれまでのことを話した。
「……なるほど。ウィルさんに彼女を作らせないとカケルさんが大変なことになるんですね」
「そうなんだよ」
何が問題か……。やっぱりあいつがロリコンなことが一番やばいんだよな。
「まず、ステファニーのやつに興味を示さない可能性もある」
「……そうでしょうか」
ルルは持っていたおぼんを抱え、考え込む。
「……ウィルさんは、そこまで重症ではないと思いますよ」
「そうなのか?」
「だって、そもそも彼はロリコンですが、私を恋愛対象としては見ていないんです」
…………?
「どういうことだ?」
「あの人は常に小さい少女が好きなだけなんです」
「うん。その時点で犯罪臭がするんだけど……」
「『好き』……のベクトルが違う気がするんです。そうですね。……例えば、家族の中だと恋愛的な『好き』が妻に対するものだとすると、彼の『好き』は娘に対するものに近いと思います」
「……そういうものか?」
「うちの父が私にする変態行為に近い部分があるんです。まあ、その度にキレなくちゃいけないのが面倒なんですが……」
「その親父も親父だな」
グラスの水を飲み干す。そして、立ち上がる。
「ありがとな。悩み聞いてくれて」
「ええ」
俺は店員に金を払い、建物を出ようとする。
そこにルルが話しかける。
「あの」
「ん?」
「やっぱり……4000年生きても、悩みって多いものなんですか?」
その質問にしっかりと答えることはできない。
これは本当に悩みなのだろうか。やろうとすれば、力ずくで解決することもできる。
だが、俺はそれを望まない。なるべく全員が幸せになれる道を見つけたい。
しかし、どうしてもその道が見つからない時がある。そんな時、それを知っていること自体が苦しく感じる。全員を助けられない自分が情けなく思う時もある。
それでも……俺は……。
「あらゆる人間が助かる最善の道を選ぶしかない。それが……4000年生きた俺の唯一の悩みかな」
「……そう……なんですか」
彼女は視線を俺から床に向ける。おそらく、その質問をしたことを後悔しているんだろう。
そんな彼女の頭に手を添える。
「……カケルさん?」
「でも……この世界ってなんか居心地がいいんだ。みんないいやつだし、なにより俺が救われたような気がするんだ」
「…………」
俺は……気がつくと笑っていた。
なぜか笑っていたのだ。
「ありがとな。ルル。心配してくれて……」
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「ステファニーお姉様について聞きたい?」
エルの家で勉強を教えた後、それを聞いてみた。
「もしかして……狙ってるの?」
「違うっての。ちょっと興味が湧いただけだっての」
エルはため息をつき、話し出す。
「そうね。私とアグネーゼお姉様とナタリアお姉様は、けっこう世話になったことが多いわ。四人で一緒にいることも多かったし、特に私は歳が離れているからよく可愛がってもらったわ」
「…………」
どうやら姉妹が多いからか、女性とはうまく接することができるらしい。逆に男性が苦手なのはそのせいでもあるのだろう。
「まあ……なぜか私は着せ替え人形みたくいじられた時もあったわね。でも、本人はあまり自分を綺麗にしようとしないのよ。決して女子力が無いわけではないのに……」
きっと彼女は自分に自信が無いのだ。自分よりも妹の方が可愛くなる要素があると思い込んでいるのだ。
妹の世話をよくやると、その妹は女として優秀になっていく。
おそらくナタリアさんが美人なのは、ステファニーの力も大きいのだろう。本人は自分の力に気づいていないが……。
「よしっ」
俺は部屋を出ていく。
「ありがとうな。エル。いろいろ教えてくれて」
「ちょっと待ちなさいよ!」
グイッ
「うげっ!」
俺は服の襟を引っ張られる。
「何しやがんだ!」
「もうちょっとここにいなさいよ!」
あ? 何言ってんだ? こいつ。
「まあ、別にいいけどよ」
「……うん」
なぜ照れてるのだろうか。
「……あなた……姉と妹だったらどっちの方が好きなの?」
「…………ん?」
正直、あんまり違いがわからない。
「なんでそんなこと聞くんだ? さっきの話と何か関係があるのか」
「…………」
なぜかこちらをにらみつける。
「……やっぱり姉の方が好きなのね」
そして、なぜかうつむき落ち込んでいる。
何を考えているかまったくわからない。
「そうだなあ……」
姉と妹っていったら、そりゃあ……。
「妹かな」
そう答えると急にエルの顔が赤くなる。そして、再び俺をにらみつける。
「このシスコン! 魔王レベルの変態! さっさと部屋から出ていけ!」
「ええ……。急にどうした?」
言われるがままに、部屋から追い出される。扉を勢いよく閉められる。
「なんだってんだ?」
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「ステファニーお姉様ねえ……」
帰りにナタリアさんにも聞いてみた。ちょうど隣にウィリアムさんもいる。
「確かにお姉様がちゃんとオシャレしたところは見たことが無いわね。この服装だって実はお姉様が教えてくれたものなのに……」
「えっ。そうなのかい?」
ウィリアムさんはその発言に驚いていた。
「そういえば……化粧を剥がした時、思わず叫ん」
「あなた? それ以上言わない方がいいわよ?」
「はい……」
思わず口に出てしまったウィリアムさんが青い顔をしていた。
「そういえば、なぜか男っぽい喋り方の練習をしていたわね……」
なるほど、あの人はもとからあの喋り方では無かったのか。
「髪も赤く染めて……どうしてかしら……」
たぶんなるべく自分と他の姉妹を関わらせないために他の姉妹とは変わった見た目にしていたのだろう。
「そうですね……。ありがとうございました。いろいろ聞かせてくれて……」
「いいの。これはあくまで私の推測だけど、あなたはステファニーお姉様のためにいろいろ動いてくれてるのでしょう? それなら感謝するのはこちらの方よ」
すると、ウィリアムさんもこちらに言う。
「彼女はあまり私と話してくれないんだ。さすがに家族の間でそれも寂しいよ。だから、私からもお願いするよ」
「……任せてください。ウィリアムさん」
俺はウィリアムさんと握手をする。
「……いやあ。いくら女として磨いてはいないとはいえ、ナタリアのスッピンに比べたらもう」
「あなた?」
「……はい」
この人はよく地雷を踏むなあ。