第30話 甘さの刺激
さて……。
正直、コラちゃんをのぞいた3人の中で唯一マトモそうなステファニーがウィルのことを狙っているとわかった以上、もうここにいる理由が無いのだが……。
俺は目の前のステーキを食い始める。他にやることが無いのである。
「いやあ。この前、森の遺跡の調査に行ってね。そこでいろんな魔物と戦ったんだよ」
「へえ。すごいね。やっぱり騎士になるとそういうこともやるんだ」
ウィルや他の連中は楽しく話している。ちなみにさっきまで落ち込んでほぼ瀕死状態だったレイラさんも、話に加わっている。
目の前に置かれたグラスの水を飲む。すると、一人だけ話に加われてないやつが視界に入る。
そいつは赤い髪を持つ女、ステファニーだった。
「一人で何してんだ?」
「……お前、確かエルの家庭教師か……」
「おう。ところで、なんでナタリアさんやエルは髪が青いのに、お前は赤いんだ?」
「ただ染めてるだけだ。ちょっとしたおしゃれだ」
ここまで見た目が良いなら、きっと話せばモテるのだろう。きっかけさえあれば、こいつもある程度のところまでは行く。
「……ウィルと話さなくていいのか?」
「え……」
その質問を投げかけると、そいつは慌て出す。
「べ、別に話さなくていいんだよ! 好きってわけじゃあない!」
「いや……好きかどうかは聞いてねえよ」
「……あ」
墓穴を掘ったそいつは顔を赤くする。
「……その……オレ、どう話していいかわかんないんだよ。まだ、ウィルのこと何も知らないし……」
「だから……だろ?」
「……え」
「知らないからこそ、話すんだよ。人間ってのは……」
話すことで、他人を知ることができる。自分を相手に教えることができる。
そういうものなのだ。
「ウィルのことを知りたくて、自分のことも知って欲しいなら、やっぱり話すしかないだろ……」
「……そう……なのかな」
そいつはしばらく考え込んでいた。考えた末に、立ち上がる。
「オレ、行ってくるよ」
「おう。頑張れ」
その女はウィルの方へ向かう。俺は見送りながら、グラスに口をつける。
……恋愛か……。
思えば、長い間人を愛したことなど無かった。覚えているかぎりでは、ここ100年、200年ほどでは記憶に無い。
「……また忘れちまったのかな……」
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……暇だ。
あれから一時間は経った。そろそろこの会もお開きにしたいところだが……。
「……ねえ! ウィル!」
「……ん? どうしたんですか? ステファニーさん」
ちょうど二人で話し合っていた。さすがにここで合コンを終わらせるほど、俺は空気が読めない男ではない。
他のやつらはというと、みんな酔いつぶれていた。二人が話しやすいように俺も酔いつぶれたふりをしておこう。
「ウィ、ウィルってさ……どんな子が好みなの?」
おお。なかなかストレートにいきますな。ステファニーの姉貴。
「好みのタイプかあ」
そう呟くと、ウィルはステファニーの頬に手を添える。
「あなたみたいな人……ですかね」
……こいつは何を言っているんだ?
「……へ?」
あまりの出来事にステファニーは状況についていけてなかった。
「……ふぇ!?」
その言葉を理解すると同時に困惑していた。そりゃ誰だって困惑するわ。あんなこと言われたら……。
ウィルのやつ。いったいどういうつもりなんだ。
「……それってつまり、私のこと……」
さりげに一人称変わってますよ。乙女になってんじゃねえか。
「あのさ。ウィル」
「ん?」
「その……あの……」
おや。今度はどんなことを言うんだ?
「……子どもって何人欲しい!」
……質問。直球すぎじゃね?
あの様子から、たぶんお互い話しやすい話題を出したかったんだろうけど、それ相手を勘違いさせる質問だぞ。
「ははっ。そうだね」
そんでなんでこいつは普通なんだ? もうちょっと考えろよ!
「三人……くらいかな。僕が二人で寂しい時があったからね」
その返答を聞き、なぜかステファニーは照れている。たぶんあいつはウィルが優しいやつだと思ったんだろうけど、普段平気で妹のパンツ他人に渡すような人間だからね。そいつ。
「……ああ。もうこんな時間か。そろそろ帰らないとね」
ウィルは席を立ち上がる。
ガシッ
すると、ステファニーはウィルの袖をつかんだ。
「……どうしたんだい?」
「……また……」
ステファニーは勇気を振り絞って言った。
「また……会える?」
「……もちろんさ」
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「ああああああああああああああああああああああああああ!」
「……落ち着けって」
「だってめちゃくちゃ恥ずかしいこと言っちまったよお!」
うん。正直、見てるこっちが恥ずかしい。
とはいえ、ちゃんと話そうとしていたこいつを俺は素直に尊敬できる。
問題はあの男の方だった。
「じゃあ、俺もそろそろ帰らねえとな」
ガシッ
「……おいおい。まさか、俺にも惚れちまったか?」
「……また……恋愛相談させろよ」
「…………」
なぜかそいつは上目遣いで見てくる。うっかりこっちが惚れちまいそうになったぜ。
……なんつって……。
「……気が向いたらな」
「……ありがと」
俺は袖を放されると、レストランの出口に向かう。すると……。
「……あれ? もしかして、あなたがカケルさんですか?」
「…………え?」
そこにはツインテールの少女がいた。その少女はまったく知らないやつだった。だが、よく見ると後ろにもう一人隠れている。
「……エル。何やってんだ」
「……げっ」
そいつは仕方なく後ろから出てくる。
「学校帰りに、寄っただけよ。別にあなたに会いに来たわけじゃないから! 期待してんじゃないわよ!」
「……いや、まだ何も言ってねえよ?」
俺は後ろに隠れていた理由が気になった。しかし……。
「エル! なんでここにいやがんだよ!」
そんな疑問はステファニーの声でかき消された。
「……ステファニーお姉様。お姉様こそなんでここに……」
「それは! その……」
どうやら、言いづらいようだ。
そこに俺は言葉を放つ。
「俺たちはたまたまここでお茶してただけだっての。あんまり深いことはしてねえよ」
「ふーん」
半信半疑でこちらを見てくる。とりあえず話題をそらすため、別の質問をする。
「で? その子は誰なんだよ」
「ああ。この子は同じクラスのサラよ」
その少女はこちらに微笑み、腕をつかんでくる。
「……え?」
「初めましてカケルさん。話で聞いたとおり、すごくかっこいい人なんですね」
「……何言ってんだ?」
……なぜかエルがこちらをにらんでいる。俺なにか悪いことしたのか?
だが、まだ会って数秒だぞ? さすがの俺も、そんな瞬間的に変なことをする自信は無い。
だとしたら、もとから機嫌が悪いだけでは……。
すると、さっきの疑問が戻ってきた。そして、一つの結論を出す。
「なんだ。うんこ我慢してたんだろ! 誰も心配しないって! ほらっ。早くトイレに行ってきな」
「…………死ね」
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俺はレストランの外に出る。ちなみに先ほどエルに罵倒された理由はいまだにわからない。
だが、それ以上にサラちゃんに『何言ってるの? この人』……みたいな顔をされたことの方が俺のメンタルを深くえぐった。
「俺……何か悪いことしたっけ?」
そんなことを呟いていると、外の壁にウィルがいた。先に帰ったはずでは……。
「おい……ウィルどうし……」
よく見るとそいつは気絶していた。
「……あ」
そういえば、こいつは年上が苦手であった。現に以前、マリアに会った時は別人のように震えていた。
「……もしかして、こいつもこいつなりに頑張っていたのか?」
どうりで、ステファニーといる時のこいつは違和感があったわけだ。
「……まあ、家まで連れてってやるか……」
気絶したその男を背負い、道を歩く。