第29話 目覚める男
「……あれ……」
ある程度時間が経つと、横の男が目を覚ます。
「カケル君。大丈夫かい?」
「…………」
「…………カケル君?」
彼はしばらくの間、黙っていた。そして、目の前の料理を見ながら、口を開く。
「……やっぱ食っていかないと駄目だよな」
「……どうしたの?」
そこにルルちゃんが料理を運んでくる。
「……メインのステーキでーす」
「おい。ルル」
「……はい?」
カケル君が鋭い目でルルちゃんを見つめる。
「……まだ試験の時のなんでも言うことを聞く約束……忘れてないよな」
「……急にどうしたんですか?」
彼は息を深く吸う。そして、吸った息を吐き、気持ちを整理する。
すると、彼はゆっくりと口を開く。
「今日はこの俺をご主人様と呼んでもらおうか!」
「……え?」
その少女は唖然とする。
「そんなことでいいんですか?」
「ああ。それだけしてくれれば十分だ!」
「じゃあ…………ご、ごしゅ……」
どんどんルルちゃんの顔が赤くなっていく。冷静に考えると、恥ずかしかったようだ。
どうやら、カケル君はそれをわかっていたようで、さらに追い打ちをかけていく。
「どうした? 言ってみろ」
「な、なんで言わなくちゃいけないんですか?」
「ほう……じゃあ、こんな状況でもお前が変なことを考えているってことを言いふらしてやろうか?」
「何を言ってるんですか! べ、別に変なことなんて考えてないですよ」
「ダウトおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
カケル君は叫ぶ。
「お前が俺とウィルがチョメチョメしてる場面を妄想してることはバレバレなんだよ!」
「え! なんでそれを!?」
え? 図星なの? そんなこと考えていたの? ルルちゃん。
……やばい。腐女子のロリっ子とか……興奮してきた。
「グハハハハっ! 残念だが、相手の考えていることを読み取る魔法でお前の考えなんて簡単にわかるんだよ! そんな生ぬるい嘘通用すると思うなよ!」
ステファニーさんはそんなカケル君に引いていた。
「あいつ……ゲスいな」
カケル君にもたぶん聞こえているが、彼は気にしない。
「おらおら! 早くご主人様って言ったらどうだ?」
「ご……ご……」
「早く言わねえと……お前の考えてることを実況してやるよ」
ルルちゃんはとうとう涙目になっている。
そろそろ僕は耐えられなくなってきた。
「カケル君! やめるんだ!」
「あ? どうした? ウィル。何か逆らうのか?」
カケル君はすごい形相でこちらを見る。だが、僕にだって信じているものがある。
「僕は……常に幸せを与えたいと思っている」
ステファニーさんがこちらを見つめている。
「……ウィル」
きっと……これを言ったら、彼女は僕に失望するだろう。
それでも、言わなくちゃいけないことだった。
「カケル君。君は間違っているよ」
「ほう……その間違いとは?」
僕は一度深呼吸をし、言葉を放つ。
「そこはご主人様じゃなくて、お兄ちゃんって呼ばせた方がいいだろうがああ!」
これが僕の本心だった。
その方が良くない?
「……確かに……一理あるな」
「でしょ!」
すると、ルルちゃんがこちらを蔑んだ目で見てくる。
「……ウィルさん。……見損ないました」
その表情もたまらない。
「さあ! カケル君! 早くルルちゃんにお兄ちゃん呼びをさせるんだ」
「わかったぜ! ウィル!」
カケル君はルルちゃんの前に立つ。慌ててルルちゃんは逃げようとするが、地面に座り込んでしまった。
「……ルル」
「ひっ」
今のカケル君の表情はまるで野獣を駆るハンターのようだった。
おそらく、カケル君はこのままルルちゃんを性奴隷に調教するつもりなのだ。
「さすが、師匠! 相手の弱みを握ると、容赦ないです」
マリアさんは瞳をキラキラ光らせながら、カケル君を見ている。
この人も、わりとすごい人だな。
「さあ! 早くお兄ちゃんと呼べ!」
「……お……おに……」
「どうした? わかってんだぜ? こんな状況でも、頭の中はホモホモしい絵面なんだろ? この変態が」
「……うう……」
「おらおら。棒と棒の絡み合いが大好きなんだろ。早く呼ばないと、カケルお兄さんの棒が目の前に出現しちまうぞ」
カケル君は座るルルちゃんの前で、ズボンを下ろそうとする。
いや……セクハラの域を越えてるね。
さすがカケル君だ!
「いいぞ! もっとやれ!」
「……ウィル君。さすがのボクもこれには引くよ?」
幼馴染が後ろで何かを言っているが、気にしない。
「わかった! わかったから! ち○こだけは出さないで! ち○こだけは!」
さりげにお兄ちゃんよりもやばいこと言ったんだけど、この子。
「……その……え……っと……」
ルルちゃんはそれを言うのをためらっていた。
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うひゃひゃ。
なんかルルをいじめるの楽しいわ。
「おらおら! さっさと言えよ!」
「お……おに……」
ルルは躊躇するも、その言葉を言う。
「カケルお兄ちゃん」
言った!
だが、まだ足りねえなあ。もっと恥ずかしいことをさせねえと!
「よおし! お兄ちゃんと妹の仲だ! 今からち○こ見せてやるから待ってろ!」
ドゴボっ!
……えっ。
突然のことだった。
ある拳が俺の顔面にぶち当たる。その勢いで俺は床に倒れる。
俺が慌てて見上げると、そこにその男は立っていた。
「……ウィル」
ぞろぞろっ
すると気絶していたはずの魔王や、怯えていたはずのクロトも近くにやってきた。
「……えっ。お前ら一体なにしやが」
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…………。
数秒後、全身ボコボコにされた俺の姿があった。
「……カケルお兄ちゃん……なんて限定的な呼び方は不公平だよね」
爽やかな笑顔のウィルがそう言った。理不尽すぎるだろ。
「妹だからってち○こを見せるのは罪だぜ。そんな汚いものは永遠にしまっておきな」
魔王はそう言いながら、笑っている。こいつ……この前負けた腹いせだっただろ。これ……。
「エル様以外の人間に教育するのは許しませんよ。……特に、性教育は……」
こいつに至っては、お前の頭の方がやばいこと考えてるだろ。
ルルがこちらをにらんでいる
「……わかったよ。ごめんよ。さすがにやりすぎたって」
「……この露出狂」
当分、許してくれなさそうだ。
まあ、一度ボコボコにされて、だいぶ冷静になった。今思うと、そうとう頭おかしくなっていた気がする。
先ほどの光景を見てから、ステファニーは奇妙な目でウィルを見ている。
「……ねえ。コラード」
「ん?」
「もしかして……」
まあ、あそこまですれば、ウィルがロリコンだってことはわかるだろう。逆にわからないのはよほどピュアな人間だとしか……。
「ウィルって子どもが好きなの?」
…………ん?
「そうだよー。ウィルは子どもが大好きなんだ」
コラちゃんは微笑みながら、それを言う。絶対この人、面白いことになったと思ってる。
「そう……なんだ……」
まあ、別に間違ったことを言っているわけではない。
なんだか、ステファニーは顔を赤くしていた。
……こいつ、わかりやすいな。