第25話 どこまでも、ずっと、私を支えてくれる
「エルちゃあああああああああああああん!」
エルの母は廊下を走っていた。
「早く! あの子の元気な姿を見なくては!」
その時……。
ガシャンゴシャンドシュンっ!
「……え?」
エルの部屋の中から大きな音がした。
「……何かあったのかしら」
母親は心配になり、エルの部屋の扉を開ける。
「……エル! 大丈夫!」
そこには、エルの上に被さるカケルの姿があった。ちなみにエルはカケルが目の前にいることで、気絶していた。
「…………」
「ちょっと待って!」
「…………あ?」
カケルは母親の表情を見て焦り始める。
母親は完全にお怒りの状態だった。愛する娘を襲う男に怒りを表さないわけがなかった。
「ふん!」
カケルは胸ぐらを捕まれ、廊下に連れ出される。
「どういうことか? 説明してもらえるかな?」
「誤解ですよ! お母さん!」
「お母さんじゃない!」
つかむ勢いが強くなる。服の襟が首を締めつける。
「話を聞いてくれ! これは事故なんだよ!」
「ああ? 事後だと? ふざけんじゃねえ!」
「事後じゃなくて事故だっての! ちょっ! 呼吸できない!」
やがて、母親はカケルをにらみつけながら話し出す。
「だいたい男の家庭教師だって聞いた時から怪しかったんだ。男なんて女の部屋に入ったらいやらしいことを考える変態野郎なんだよ」
「…………否定はしない」
「しろよ!」
その時、カケルはあることに気づいた。
「もしかして、一回俺がクビにされたのって……」
「あ? 娘に男を近づけさせないために決まってんだろうが!」
「俺全然悪くなかったじゃん!」
グギギギギギっ
「ぐえっ……」
なんだかどんどん締まる力が強くなる。
その時……。
「お義母さん。落ち着きましょう!」
「ぐへっ!」
ウィリアムがその母親の腹に飛びつく。その衝撃で母親は気を失う。
「……ウィリアムさん?」
「いやあ。悪いね。この人はエルちゃんが大好きなんだよ。……あっ。ちなみにこのことは本人やクロト君には内緒だよ。彼らには隠してるみたいだから……」
「はあ……」
「じゃっ。これからもエルちゃんをよろしくね|
ウィリアムは母親をかつぎながら、廊下を歩いていく。
「…………さて」
改めてカケルは部屋に入ると、エルは気絶していた。勉強を続けられる状態じゃなさそうだ。
「……仕方ねえか」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「…………あれ?」
目を覚ますと、そこにはカケルがいなかった。なぜか、私は床ではなく、ベッドで寝ていた。
「どこいったのかしら……」
部屋を出て、廊下を歩く。そして、クロトの部屋に入る。
「クロト?」
「はい?」
そこには必死にゲームに取り組むカケルと、その様子を眺めていたクロトの姿があった。
「……何やってるの?」
「今、兄貴に新しいゲームを教えてるところっスよ。今度は格闘ゲームっス」
「そうなの?」
なんか、クロトの口調がいつもと違う。二人でゲームをしている時はこうなのだろうか……。
……カケルの方はヘッドフォンをつけ、完全にゲームの中に入っていた。
すると、私は足元に何かが落ちているのに気づいた。
「……それは?」
「ああ。これっスか?」
それはついこの前、カケルが作ったヘッドフォンだった。
「私があげたヘッドフォンもあったので、いらなくて困ってるって言ってましたね。サイズも合わなかったみたいですし。……よければ、使います? 本人いわく、安全性には自信があるみたいですし……」
「……じゃあ貰っておこうかな」
カケルの手作りヘッドフォンを受け取り、私はその部屋を後にする。
今日はもう遅いし、きっとカケルもこれ以上勉強を教えるつもりは無いのだろう。
「……ふう……」
ヘッドフォンを抱えながら、自分の部屋に入りベッドに横たわる。
そのヘッドフォンをカケルは何度か使ったのだろうか、なんとなくカケルのにおいがした気がした。
それはなんだか安心できるにおいだった。
「…………」
彼は……まだよく知らない私を助けてくれた。決して、私だから助けたわけではないのはわかっている。
でも……それでも……。
「……かっこよかったなあ」
あの夜に、彼が私にしてくれたことを忘れることはできない。そしてこれからも永遠に私は感謝するのだろう。
だが……それ以上に、感謝とは別の何かが私の中にあった。
「……好き……だよ。……カケル……」
そう呟きながら、私は眠っていった。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「もお! クロトのやつ、なんで早く起こしてくれなかったのよ!」
私は今日、寝坊してしまった。そのため、朝から大忙しだった。
そして、今は学校までの道を走っている。
「あっ。エルちゃん。おはよう!」
そこにはパンをくわえ、走っているサラの姿があった。お前はラブコメのヒロインか!
「エルちゃん。珍しく遅刻だね」
「今日はたまたまよ。それに毎日遅刻ギリギリのあなたはちゃんと早起きした方がいいわよ」
「あははっ。明日から頑張るよー」
笑いながら走るサラ。
しかし、あるものに注意が行くと、彼女の顔に笑みが無くなり、急に立ち止まる。
「…………? どうしたの? サラ」
「いやあ……そのヘッドフォンはどうしたの?」
「え?」
首に引っかけてあるものに気がつく。
ああああああああああああああ!
そう……朝忙しい時に、無意識に首に引っかけたまま家を出てしまったのだ。
「ちょっ! これは違うの!」
「似合ってるね」
「…………へ?」
突然の言葉に私は理解が追いつかなかった。彼女は口に笑みを浮かべながらそれを言ったのだ。
その表情に嘘は感じられなかった。
「……今なんて?」
「似合ってるよー。そのヘッドフォン。でも、珍しいね。その形……」
「え……ああ。これはその……友達が作ったのをもらったの……」
「へえ。そうなんだあ」
別に校則では授業に差し障りが無ければ、ヘッドフォンなどのものをつけてもかまわないことになっている。
だが……本当に似合っているのだろうか。
「すごく可愛いよ」
「……そう……かしら……」
なぜだか、カケルが作ったものが私に合っているというのは……。
「じゃあ……これからもつけてみようかな」
「うん! それがいいよ!」
すごく嬉しいものだった。
キーンコーンカーンコーン
「「あっ」」
学校のチャイムがここまで聞こえてくる。
「エルちゃん。早くしないと!」
「あ……うん」
学校へ走り、首のヘッドフォンが揺れる。そのリズムが私の心を活発にする。
それは今日の私に力をくれた。
「…………ありがとう。……カケル」
日が照らす道を私は走っていった。
これからも走り続けられる気がした。