第22話 『Sprint』~次へ繋いでいく物語~
「なんなの……!?」
エルはわざわざ関わってくるカケルに対して怒りがわいてくる。
「なんで私に関わろうとしてくるの!? 私はこのままでいいの! 考える暇も無いぐらい勉強に取り組みたいの! わかってよ!」
「それは……違うだろ? エル」
「え?」
「単刀直入に聞く! あの人は……お前の本当の母親じゃないんだろ?」
「なんで……それを……」
それは事実だった。エルはこの屋敷の主である父親の浮気相手との子どもだった。その相手はエルを引き取らずに、こちらに押しつけてきたのである。
そのため、エルは自分は厄介者として扱われていると思っていた
カケルは傷だらけの手を握り締める。
「お前は……あの母親に認められたいから、勉強をしているんだよな?」
「……」
それも事実だったため、何も言い返せなかった。
その少年は目を閉じ、思い出すように語る。
「昔……同じような子に会った。彼女は親に認められたくて剣術に励んだ。だが、兄や弟に比べ、女であるその子はどうやっても認められなかった。最終的に……その子は精神がおかしくなって、その一家を全員殺した上で、自殺しちまった」
「……なによ……それ……」
「だけど、実は彼女の両親は決して彼女を大切に思っていなかったわけじゃなかった。その昔、彼らは道で捨てられていた赤ん坊を拾った。そして、そいつが成長したのがその彼女だった。それを知ったあと、そいつはひどく後悔したんだ。自殺したのはそれが理由だ。結局、彼女は恩を仇で返すことしかできなかったんだ」
「そんなの……残酷すぎるわ……」
「……お前に……あいつと同じ思いをさせたくないんだ。今のお前はあの時のあいつとまったく同じ状況なんだよ!」
カケルの話が真実のようだった。だが、それでもエルは筆を持つ。
「……エル?」
「……それでも、私は戦う」
「何言ってんだ? お前」
「大丈夫。私はその人のようにはならない。だから安心して」
「……ざけんな」
「え?」
その時、カケルは目を見開き、訴える。
「ふざけんなよ! あいつとまったく同じことをやってるお前を見て、安心できるわけねえだろうが!」
「………」
「俺は別にお前の勇者ではない! ましてや、本当に結婚相手になるかなんて怪しい! だが、俺はお前の友達だ!」
「……だから何だってのよ!? どうして私に関わろうとしてくるの!?」
「友達だから、お前を助けたいんだよ! お前とちゃんと向き合いたいと思ってるんだろ!」
「…………違う……」
エルは涙を抑えることができなかった。
「私を! 認めてくれた人間なんていない! お母さんだって、私に家庭教師をつける意味なんて無いから、あなたをクビにしたんでしょ! 私なんて期待されてないのよ! お母さんの本当の娘じゃないから!」
「そうじゃねえよ!」
ガシッ
カケルはエルの手をつかむ。
「お前の母さんは家庭教師をつけて、そいつが逆にお前の邪魔になっていると思っていたんだ。だから、俺をクビにした。お前の母さんはちゃんとお前のことを考えてくれている!」
「それは……その推測は都合が良すぎるわよ。ただの願望よ」
「願望でいいだろうが! 信じる価値のある願望だろうが!」
カケルは握っているエルの手が弱々しくなっているのに気づく。だからこそ、さらに力をこめる。
「お前自身があの母親を信じてやれよ! どんなに苦しくても、お前が信じないかぎり、誰もお前を認めることなんか無いだろ!」
「…………」
それはエル自身が理解していることだった。理解しているからこそ、彼女は怖かった。
自分がどれだけ頑張っても、認められない。そういった考えがよぎってしまっていたのだ。
だから、彼女は考える暇もなく勉強した。暇を無くせば、つらい未来を予想せずに済むからだ。必要無い時間まで、無意識に勉強につぎ込んでいた。
それが、ただの現実逃避だと知らずに……。
「……私には……できない……」
床のカーペットが涙で濡れていく。エルには現実を信じることができなかった。
「……怖いよ……。どれだけ頑張っても……結局誰も私を認めてくれない気がして……」
「……心配するな」
「……えっ」
カケルは微笑み、エルの涙を指でゆっくりと取る。
「たとえ……誰もお前を認めなくても、俺だけはお前を見てやる。どんなに大きな敵がお前を襲っても、俺はお前のそばにいてやる!」
「…………うう……」
エルは握られた手を両手で握り返す。それは先程まで震えていた手だった。だが、カケルの手がその震えを止めた。
「……絶対に?」
「ああ。絶対だ」
「……いつまでも?」
「ああ。永遠に」
「……約束してくれる?」
「ああ。約束だ」
カケルは自分の小指とエルの小指を交わらせる。
「……なに……これ?」
「あ? おまじないみたいなもんだ」
「おまじない?」
「ああ。絶対に俺はお前のことを見捨てない。約束だ」
「…………」
なぜだか…………。
その時、エルは自然と…………。
初めて、他人を信じた気がした。
「約束だよ。カケル」
涙はすっかり乾き、少女は少年に笑みを送った。
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「ふう……」
カケルはエルの部屋から離れ、外壁を乗り越える。すると、そこにキャップ帽を被った少年がいた。
「不法侵入……ですよ? カケルさん」
「ああ。これから毎日するかもな」
カケルがそう言うと、クロトは少し微笑んでいた。
「その必要はありませんよ。門の人にはあらかじめ私が話をつけておきます」
「……ありがとうな」
「いえ……むしろ。エル様を説得していただいて感謝したいのはこっちの方です。あなたのおかげでまたエル様の笑顔が見られそうです」
「俺の話聞いてたのか……。なんか恥ずかしいな」
カケルは歩き始めた。教会に向かうため、クロトの横を通りすぎる。
「……カケルさん」
「どうした?」
「……私は、なんとなく嘘がわかるんです。初めて会ったときも、あなたが嘘をつかない人だとわかったから、信用しました」
「……そうか……」
「ですが……」
クロトは歯を噛みしめ、ゆっくりと口にする。
「……さっきの話の少女は……あなた自身の体験談ですよね」
「ああ。……そのとおりだ」
その昔、カケルが別の世界に転生した時、ある少女に転生した。
だが、その世界で記憶を思い出すことは無く、カケルの魂はその幼い少女のものとなんら変わりなかった。
その時に起きたのがあの悲劇である。
「あの時……同時に思ったんだ。もし、今までのことを覚えていたら、母さんや父さん、兄さんたち、弟たちは死なずに済んだんじゃねえかって……」
少年はかつての後悔を思い出していた。
クロトにその痛みを理解することは難しかった。
「あなたは……いったいどれだけの苦痛を味わってきたんですか……」
「……さあな。もう忘れちまったよ。詳しいことは……」
どれだけ人生を繰り返しても、どんなにつらい目にあっても……カケルには絶対的に変わらないある思いがあった。
「だが……俺は今まで得た経験を……俺と同じ間違いをする人間を助けるために使っていく。そう決めてるんだ」
「……そう……ですか……」
カケルはその場を後にし、道を歩いていた。その空には星が広がっていた。
「…………」
それを見て、カケルは呟いた。
「……知らない星座だな……」