第20話 少女の周り
「疲……れた……」
学校の授業、自習、その他もろもろ熱心に取り組んでいたら、だいぶ遅くなってしまった。
「ただいまー」
「おかえり……エル」
そこにはナタリアお姉様がいた。この人は私を含めて七人の姉妹のうち、五女である。
ちなみに私は末っ子だ。
なんだかお姉様は困った表情をしていた。
「……どうしたの?」
「実はカケル君がいなくてね。どこに行っちゃったのかしら……」
……カケルが……いない?
私はなんだかカケルのいる場所に心当たりがあった。なんやかんや言って、あの男は話しやすい人物なのである。
だから……。
「じゃあ見つけたら、連れてくるよ」
「ありがとうねえ」
お姉様と別れ、私はある部屋に向かう。そして、その部屋に呼び掛ける。
「クロト! 入るわよ?」
しかし、何も反応が無い。
「……寝てるのかしら……」
私はその部屋の扉を開ける。
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「クロト。右斜め前方にブラスター1体いるぞ」
「了解。カケルさん。前方300メートルにスナイパー発見。すぐに撃ち落とします」
「頼んだ。こっちはブラスターを殺る」
そこにはマイク付きのヘッドフォンをつけた二人がいた。どうやら、4対4のFPSゲームをやっているようだ。
「…………」
そういえば、昔はよくクロトとやっていたような……。最近は勉強に夢中になっていたため、あまり遊んでいなかった。
「…………はっ!」
私は咄嗟に我に返る。そういえば、カケルを連れ戻しに来たんだった。
「おーい。カケル?」
声が届かない。
「カケルってば!」
私はだんだんとイライラしてきた。早く勉強をしなくちゃいけないのに……。
すぽっ
「あ?」
私は感情を抑えられず、カケルのヘッドフォンを抜き取る。
「なんだ? 音が聞こえねえ」
画面には『Game over』の文字が浮かんでいた。
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
カケルは情けない声で叫ぶ。
「ちょっと何やってるんですか!? カケルさん」
「悪い! ヘッドフォンに不具合があったみてえだ」
え? はずされたことに気づいてないの? どんだけ集中してんの?
「と、ととととにかく! ヘッドフォンを修理しないと!」
頭についているヘッドフォンを取りはずそうとする。だが、当然そこにそれは無い。
私が取りはずして持っているからである。私はカケルの焦り具合に申し訳なくなってきた。
「ごめんね。カケr」
「やばい! ヘッドフォンが無い!」
すると、カケルは近くの箱を漁る。
「なあ! クロト! ここのジャンク使っていいか!」
「え? 別にいいですけど……。もうそのハードのソフトはやりつくしたので……」
すると、カケルは次々とゲーム機を分解していく。
「あ、ああああ! 早くヘッドフォンを作らないと!」
「話を聞いてカk」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
大量の部品に分解していく。
「変形魔法!」
足りない部品は部品をいったん金属に戻し、その金属を加工して作っていく。
「ここ、ここここここれをこうして! こうやって!」
なんと一瞬でヘッドフォンの形ができていく。
「うおおおりゃああああああああああああああああああ! ゲーマー舐めんなごらあああああああああああああああああああ!」
「…………」
私はその光景をただ見ているだけしかできなかった。だが、隣のクロトは目を光らせていた。
「カケルさん。……兄貴って呼んでいいですか?」
「当たり前だろおおおがあああああああああああああ!」
「さすが兄貴っす!」
なんだか、今まで弟のように可愛がってきたクロトが洗脳されている気がする。
「できたあああああああああああああああああああああ!」
なんだか形はいびつだが、それは間違いなくヘッドフォンだった。
「あとは、こここここれを接続するだけ……」
嬉しさのあまり、カケルはヘッドフォンの接続部を持ちながら、震えていた。
だが、ゲーム機に別の端子が刺さっていることに気づき、固まる。
そのコードを目で追っていくと、私の持っているヘッドフォンにたどり着く。
「お前かああああああああああああああああああああ!」
カケルは床に倒れ込み、転がる。
「どうしてくれんだよおおお! あともうちょっとで20連勝できたのによおおおおおお!」
「ごめんね! 悪気は無かったの!」
あれ? なんで私が謝っているんだ?
もとはといえば、こいつが仕事をサボっていたからではないか?
「……カケル? あなたって今、勤務中よね?」
「………………あっ」
本人はすっかり忘れていたらしい。
「やべえ。ゲームに集中してたら、三時間経ってたのか……」
「いいから早く来い!」
私は倒れているカケルの襟をつかみ、引きずる。
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「へえ。クロト君と話したなんてねえ」
お姉様はなんだか笑顔でカケルを見つめる。
「まあ……勤務中にどこかへ遊びに行ったことについては、今回限り目をつぶっておきます」
「……ありがとうございます」
珍しくカケルはしょんぼりしていた。さすがに彼自身も罪悪感を感じているらしい。
「さて……まあ、今日はルルちゃんももう帰っていますし、やることもありません。だから帰っていただいて結構よ」
「……はい」
別にお姉様は怒っている訳ではないのだが、『帰っていただいて結構』の言葉がカケルの心に刺さっているらしい。
カケルは元気なく、屋敷の出口に向かっていく。それに一応私も着いていく。
「……なんだ?」
「いや……ただ玄関まで送るだけよ」
私とカケルは歩いていく。ただ、その間には距離があった。
いや……私が距離を作っているのだ。まだよく知らない人間に対し、本気で近づこうと思わないのだ。
「それじゃあ……また明日な……」
「……ええ。屋敷のことをよろしくね」
そう返すと、彼は問いかける。
「まだ、家庭教師にはしてもらえないのか?」
「当然でしょ。私は一人で十分なの……」
「……そうか」
カケルは出口の扉を開ける。すると……。
「おおっ。すみません」
「……いえ。私こそ、急に扉の前から現れてすみませんね」
「…………」
カケルの前に、ずっと昔から見てきた薄い小麦色の髪を持つ女性がいた。
「……お母様……」