第1話 一枚の布で人は変わる
目が覚めると私はあの魔方陣のところに戻っていた。
「あれっ……私……寝ちゃってたの?」
「よう。起きたか……」
近くにはあの変態が私の持っていた本を読みながら座っている。
「あああああああ! ぱむっ」
――えっ……――
急に私の口に何かが押しつけられる。
「いや。いい加減落ち着いてくれ。また気絶でもしたら洒落にならん」
「もぐもぐ……」
それは肉まんだった。しかし、なぜこんな物があるのだろうか?
私は不思議そうにその肉まんを眺める。それに気づいた男は本を閉じる。
「ああ。それ? この世界の魔法で作ったけど、大丈夫だったか?」
「えっ。あっ。うん。おいしいけど…………魔法で作った!?」
「本を読んで試しただけだがな……」
まさか、魔法で肉まんを作るなんて、聞いたことが無い。てか、この世界に来たばっかりなのに魔法を習得したの!?
「あなた……いったい何者なの?」
いや……多分オムツを履いてる時点で変態なのは確定なんだけども……。
「俺か……俺の名前はカケルだ。特技は異世界転生と異世界転移だ。苦手なことは元の世界に帰ることだ」
「へえ~。カケル……。私はエル。よろしくね」
ふと、さりげに流していたが、おかしな言動に気づく。
「……ん? 異世界転生……異世界転移……?」
もう驚くことが多過ぎて理解が追いつかない。
そんな中、ひとまずこの状況で一番気になることを質問する。
「そのオムツは何?」
「あ? オムツがどうかしたのか?」
「いや、おかしいでしょ」
男は首をかしげながら、こちらを見る。やがて、自分の様子に気づく。
「ああ。そうだな。明らかにこの世界だとおかしいな……。いやあ、前の世界の癖でつい普通になってたわ」
「そうだったの……」
「まあ。でも感触は最高だわな……」
「やっぱ変態だった!」
私が男から距離を取る。
しかし、カケルは気にせず、魔方陣の方に興味を示す。そういえば、この人は魔方陣の性質を理解していたような……。
不意に……さっきのことを思い出して頭が痛くなってきた。いやあ……たぶん結婚相手は無いよね……。たぶん……。
とりあえず、一つずつ疑問に思ったことを聞いてみることにする。
「あなたは……どうして魔法を覚えるのが速いの?」
「……まあ、ただ世界を渡る度に覚えてたら、なんかすぐに覚えられるようになったんだ。パターンがあるっていうか、なんかなあ……」
世界を……渡る度に……?
「いったい今までいくつの世界を渡ってきたのよ」
「……ざっと340回ぐらいか……いや、もっと多かったっけな……」
「へえー。サンヒャクヨンジュッカイかー。すごいねー」
驚き過ぎたからか、もうなんか慣れてきた。この人はそういう異次元の人間なのである。
うん。そういうことにしておこう。考えるのが疲れた。
そんな中で男はまるで思い出を語るかのように話し出す。
「でっ。前回の世界が……すべての人類がオムツだけで生活する世界だった……。いやあ、今思うとなかなかシュールな絵面だったよな」
「えっ? オムツだけで……? 女も?」
「ああ。女も」
何その世界……絶対行きたくない。
「ところでよお。この魔方陣なんだが……」
「ん? どうかしたの?」
男は魔方陣の端に描いてある三角形を指さす。
「ここはたぶん直角三角形で統一した方がいいぞ。あと、できれば、他の角は30度と60度にした方がいい。あと、ここの三角形と直線は交わらない方がいい。あと…………」
なんて言うか……もう頭に入って来なかった。
「おい! 話を聞け! 下手したらここが間違ってたら魔王を召喚してたかもしれないんだぞ!」
「え!? マジで!」
「あと、ここが間違ってたら、ゴキブリ30匹飛んできてたな」
「それはやだなあ」
そんな感じで私は魔方陣の指導をされるのであった。
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「へえ! こんな理論になってたんだ」
「そうだ! あとここを直せば勇者を……そろそろ日が暮れるな……」
そういえば、空が赤くなっていた。
「じゃあ、そろそろ帰らないと」
「そうだな。帰ろう」
そして、男は私についてくる。
…………。
「なんでついてくるの?」
「えっ? お前の家に行っちゃだめ?」
「いや! だめに決まってるでしょ! あんたを家に入れたら、何するかわかんないでしょうが……」
「おう。俺も何しでかすかわからん」
いや、わかんないんかい! ……そこは自制心を持とうよ。
「お願いだから、街に行ったら教会に行って。そして、そこで変態として罵られて刑務所に入れられて!」
「いや、罵られたくはねえよ! 普通そこは『神父さんのお世話になって』……だろうが! ……最後何て言った?」
「とにかく! 私の家には入れられないから。ただでさえお姉様が多くて大変なのに……」
「……おう……なんかお前も苦労してそうだな」
そんな話をしながら、私たちは街に向かった。
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次の日の朝、私は教会に行った。カケルは昨日言われたとおり、教会に泊めてもらったようだ。
「カケル。大丈夫かな。何か問題起こしてなければいいんだけど……」
そして、教会にたどり着き、建物の扉を開ける。すると……。
「よお。待っていたぜ。未来の妻よ」
「…………」
そこには手足を縄で縛られ、固定されたカケルの姿があった。案の定、問題だらけである。
「いや、何があった?」
「まあ、そう焦るな」
「いや、焦ってないけど」
「俺がなぜこんな状況になっているのか……それには深い事情がある」
「…………なんで?」
カケルは目を細め、まるで昔を懐かしむように話し出す。
「あれは……昨日のことだ」
「いや、昨日しか無いよね」
「教会の前でお前と別れた後、俺はその教会に入ろうとした。そしたら、その時偶然、外を歩いていた見習いの少女に出会った」
「それで……」
正直もう聞きたくなかったが、現実を見ない訳にはいかなかった。カケルはそのまま話し続ける。
「その少女はひどく怯えていた。当たり前だ。こんな変態が目の前にいるからな。だから、俺はその少女を指をさしながら言ったんだ」
「…………」
「……その服を脱いでお兄さんにくれないか……って……」
「言ったの! いたいけな少女に向かって!? 馬鹿じゃないの!? 犯罪だよ?」
カケルは顔を下に向けながら言う。顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。
「だって……前の世界の常識が抜けてなくて……」
「前の世界っていうか、ほぼすべての世界で非常識だと思うよ。それ」
「まあ、お前が来てくれただけでもありがたいよ……」
カケルは指を鳴らすと、縄が切れて自由になる。ずいぶんと器用に魔法を使えてるなあ。
オムツ姿の変態がこちらに近づく。
「え? やめてよ。私が襲われるじゃない」
「いや、襲わねえよ。どんだけ自意識過剰なんだよ」
そう言いながら、カケルは手首を回す。長い間、縛られていたから筋が張っているようだった。
私はあることに疑問を持つ。
「ねえ」
「ん?」
「魔法で服って作れないの? ほらっ。肉まん作ったみたいに……」
「それができたら、苦労しねえよ。……まあ、できないことは無いんだけど」
「え? やろうとすればできんの?」
「……一度オムツだけの生活をして、普通の服が想像できないんだよ……」
「ああ。そういうこと……あれっ……」
自分でも嫌な想像をしてしまった。表情に出ていたのか、カケルは私の考えていることに気づく。
そして、それを口に出す。
「そうか! お前の服を元にすればいいんだ! そうと決まれば脱いでくれ!」
「……殺すよ?」
この男のデリカシーの無さに憂鬱になる。