第17話 屋敷に住む怪物
「……あはは……どんどん頭良くなっていくぞー……」
「おーい。エル?」
駄目だ。なんか頭おかしくなってる。
勉強をしていないわけではなく、逆にやりすぎているということか……。部屋に散らかる道具がその証拠である。
「……何があったんだ?」
「カケルさん」
後ろからルルが話しかけてくる。
「これ……見てください」
「なんだこれ?」
それはエルの成績表だった。
「……以前の数学の小テスト。学年2位。全然良い成績じゃないか」
少なくとも、最初の世界の頃の俺よりはマトモだ。あの頃は赤点なんてしょっちゅうだったからな。
「良く……ないわよ」
「ん?」
エルがこちらにそれを言い、机に座り勉強を始める。
「私は……一番じゃなくちゃいけない。二番じゃ駄目なのよ」
その目には隈ができており、精神的にも衰えているように見えた。さすがにその姿を見ると心配になる。
「……大丈夫か? 体調悪そうだぞ」
「いい……どれだけ体調が悪くても、私はやるんだ」
「なんでそこまで……」
「言いたくない」
必死にノートに問題を解くその姿は、どんなにきつくとも続けるという意志がこもっていた。
だが……。
「違う。……違うぞ。エル」
そんなことをしてはいずれ壊れてしまう。そういう人間を俺は何回も見てきた。
気づくと、無意識に俺はエルの腕をつかんでいた。
「……離してよ」
「……嫌だ」
「なんで!」
「お前に死んでほしくねえんだよ」
「何言ってるよ! 勉強ぐらいで人が死ぬ訳無いでしょ」
死ぬんだよ。マジで。
特にお前みたいな、頑張れてしまう奴は……。
「それでも私はやりきってやる。だから……」
その少女は俺をにらみつけ、言葉を放つ。
「邪魔……。出ていって……」
「…………」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
俺とルルは廊下を歩いていた。
「いいんですか? エルさんを放っておいて……」
「……わからないことが多すぎる」
「え?」
「下手に踏み込むよりも、まずは相手を知ることから始めないといけねえんだ。エルに無理やり勉強をやめさせても、決して解決したことにはならない」
そう……。一番はエルの事情を知って、それを解決する。それから、勉強のコツはいくらでも教えればいい。
まず、エルは勉強をすればするほど、できるようになると思っている。今までそうしてきたからだろう。
だが、それでは体が持たなくなってしまう。
「絶対にエルを説得して、勉強を教えてやる。そのためにまずはナタリアさんのところに行って、その事情を聞かなくちゃいけない」
もっとも、彼女が知っているとは限らない。しかし、それでも聞かないよりは良いだろう。
その時だった。
ピユンッ!
「カケルさん危ない!」
「えっ?」
俺はルルに押され、その場にしゃがみこむ。
そして、その頭の上を弾丸がかする。
「…………あ?」
そこには銃を持った少年の姿があった。
「エル様の行動に逆らう者は排除します。よろしいですね?」
キャップ帽をかぶっているそいつはこちらを見下ろす。
「あなた方は排除対象と確認しました。これから、頭を弾丸で貫きます」
「…………お前、銃をおろした方がいいぞ?」
俺はその少年に忠告する。
「いいえ。おろしません。私はあなたに従うことができないので……」
「じゃあ仕方がないな」
少年は自分の耳の手前で聞こえた声に驚く。
すでに俺はその少年の背後に回り込んでいたのだ。
「なっ……!」
カチャリっ
俺は少年の持っていた銃を移動魔法で自分の手に移し、その少年に突き立てる。
「…………」
少年は無言で俺を見つめる。
「…………やめようぜ」
俺は銃を床に放り投げる。その行為を少年は理解できないでいた。
「なぜ……撃たなかったのですか?」
「俺に人を殺す気なんてねえよ。だが……」
俺はその少年をにらんだ。にらまずにはいられなかった。
「これからお前が俺の友人に銃を向けたら……その時は殺すかもしれない」
「……そうですか」
にらまれた割には少年は平然としていた。なぜだか、こうなることをわかっていたようだった。
「すみません。少しあなた方を試しただけです。もしも、エル様に不届きな者が近づいた場合、早めに対処がしたかったので……」
「おいおい。銃を人に向けるのはちょっとやり過ぎな気がするがな」
俺は笑いながらそれを言う。少年はそれを聞いて、表情に変化が無かった。
だから俺も笑うのをやめる。
「それほど……守りたい存在なんだな」
「はい……」
少年はただそれを言うと、廊下の奥へ戻っていった。
俺は一緒に倒れたルルが気になる。
「おい。大丈夫か?」
「ほええ…………」
どうやら、気絶しているだけのようだ。まあ、さすがに銃を向けられたらビビるわな。
「さて……」
ナタリアさんよりも、核心を知っていそうな人物だったな。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「クロト君ねえ」
あの少年のことを聞くと、ナタリアさんは答えてくれた。
「あの子はエルのお世話係みたいなものよ」
「お世話係……ですか」
「ええ。そうねえ。……エルが5歳のころからかしら。……同い年の子どもが必要だってお母様が言い出して、それでうちで雇ったのよ」
あの少年は見た目こそ小柄だったが、エルと同じくらい表情は大人びていた。きっと、エルと長い間、幼馴染のように過ごしてきたのだろう。
「それで……クロト君がどうかしたの?」
「いえ……特に何かしたわけでは無いです」
さすがに銃を向けられたことは言わなかった。
すると、ナタリアさんは心配そうに話した。
「あの子は結構暗い性格っていうか……あまり人と話さないのよ。唯一、エルとだけは話していたんだけど、今はあの状態だからねえ」
「……そうですか。妹さんが何か勉強に熱心になる理由に心当たりはありますか?」
「いえ、無かったと思うわ」
結局、ナタリアさんからそれ以上情報は得られなかった。ひとまず、その日は俺たちは屋敷の家事をしてから帰った。
今後、この件に関しては考えていかなくてはいけないだろう。