第15話 王の力
「ずいぶんと様子が変わったじゃないか?」
魔王はカケルからいったん距離を取り、向かい合う。
「…………」
カケルは無言のまま、魔王に近づく。
「フッフッフ。面白くなってきたじゃないか! さっきまでのお前とはまるでオーラが違う。この魔王に匹敵する力を感じる」
魔王はそう言うと、剣をかまえる。そして、カケルの様子を伺っている。
「行くぞ!」
魔王が走り出し、カケルに近づく。
ズドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
「は?」
カケルは魔王の頭に触れ、一瞬で暗黒魔法を解除する。
「……馬鹿な! 暗黒魔法を解くことができるなんて、それを習得しているとしか……」
「……お前は……4000年以上、童貞でいることをどう思う?」
「え?」
カケルは魔王に謎の質問をした。それに魔王は戸惑いを隠せなかった。
その返答を待たずして、カケルは話し出す。
「30で賢者、40で大賢者だとかいう話があったが、4000を越えるといったい人はどうなってしまうのだろうか」
カケルが何を言ってるのか理解できなかった。てか、理解したくない。
「オレはおそらく神なんて夢ではないと思っている。それぐらい、多くの経験を積んできた」
魔王に指をさし、カケルは話す。
「お前は魔族だ。……寿命は人間の10倍あたりといったところだから、年齢は200歳あたりといったところか? お前」
「……だから! なんだってんだよ! それでもてめえは所詮人間だろうが!」
魔王はカケルに斬りかかる。しかし……。
「うぐおっ!」
斬りかかる直前に、カケルは魔王の腕を折る。
「たかが200年生きた程度……4000年以上生きたこのオレとは経験が違うんだ。オレは絶対にお前の思考の先を行き、攻撃をすべて予測できる」
カケルは魔王を見下ろしながら、言葉を放つ。
「ゆえに! これからお前がどんな攻撃をしようと、決してオレに当たることは無い! 理解したか?」
「なん……なんだ?」
なんだか、カケルの思考がぶっ飛んでいるのがわかった。
「オレの名は、キング・オブ・ザ・DT! ちなみにオレが童貞であることは広めるな! 恥ずかしいから」
なんか、シリアスな雰囲気を出してるけど、童貞であることを気にしているからか、シリアスになりきれていない。
「て……めえ……」
魔王はまだ立ち上がる。そして、カケルに殴りかかる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
バゴシュっ!
拳が来るより前にカケルが魔王の顔面を殴る。そして、魔王はその場から吹っ飛んでいく。地面にぶつかり、倒れる。
「これが……童貞の力だ!」
童貞は関係なくね?
「……あ……ふう……」
力を使ったからか、カケルも魔王と同様に地面に倒れる。
「カケル!」
私はカケルのもとに走った。
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「…………」
気がつくと俺はまた、あの場所で倒れていた。
目の前には俺の頭から光の玉を抜き出すタナカの姿があった。
「……俺……は……」
「無茶しすぎだよ。カケル」
玉はおそらく4000年の記憶の塊なのだろう。
「……ちゃんと生きてんのか? 俺……」
「奇跡的に……だけどね。これから肉体に何が起こってもおかしくないよ?」
「……ならいいや」
俺は立ち上がり、タナカの方を向く。
「……ありがとうな。タナカ。お前のおかげで、俺は皆を守ることができた」
「大したことはしてないよ。むしろ、どこかの誰かさんが心配させたぐらいでね」
「それはすまんかった……」
俺は頭をポリポリとかく。すると、突然めまいがしてきた。
「そろそろ時間みたいだね」
「……だな」
「それじゃあ、頑張ってね。……キング・オブ・ザ・DT」
「……それはやめろ」
正直、あの時の自分が恥ずかしすぎて身悶えそうである。
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「……ああ?」
「…………良かった。ちゃんと起きて……」
なんだろう。この後頭部の感触は……。
「……なんで膝枕してんだ?」
「……ちょっとしたサービスよ。今日は頑張ったからねえ」
エルはこっちを向きながら笑う。
「…………キング・オブ・ザ・DT」
「おい、やめろ」
ああ、俺は一生このネタで笑い物にされるのか……。
「良かったよ。カケル君。本当に無事で良かった」
俺が立ち上がると、横からウィルもかけつける。
「……ウィル……」
「なんだい?」
「……うっかり犯罪をして、聖騎士から性騎士にならないように気をつけろよな」
「ははっ………………………………はっ倒すよ?」
軽いジョークをウィルに言い放つ。
すると、魔王の体が動いたのを感じた。
「ぐっ……おおお。この俺が、こんな人間ごときに……」
「……あいつは……もう大丈夫そうだな」
殴った時の感覚は覚えている。その衝撃でうまく動けないはずだ。
その時だった。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
「…………は?」
目の前に、誰かが大きな音を鳴らし落ちてきた。
その人物はおでこに冷えピタをつけ、パジャマを着ていた。そして、どうやらお怒りの様子だった。
「……オルゴールお兄ちゃん? 私が風邪をひいてる間に、私の友人の方々に何をしているの?」
「違うんだ! チェナちゃん。お兄ちゃんはチェナちゃんに群がるハエどもを蹴散らそうとしただけで……」
「ああ?」
「ひっ」
なんだか、前会った時よりもだいぶ様子が違っていた。てか、風邪ひいてる時の方が普通ってどういうこと?
「だってチェナちゃんが18禁の物を見たから、あんまり会話しなくなっちゃったんじゃ……」
「あれはお兄ちゃんが勝手に部屋に入ってきたから怒っただけで、その人たちは関係無いでしょうが……」
「そうなの!?」
チェナは魔王の服の襟をつかみ、こちらに向かってくる。
「皆さん、うちの兄が申し訳ございませんでした。誰か怪我された方はいませんか?」
「怪我なら、このロリコン以外はほとんどしてないし、こいつは特に気にしなくて大丈夫だぞ」
「いえいえ! せめて私が治療します」
なにこの礼儀正しい子。この子が本当にあのチェナか?
チェナは魔王を引きずり、ウィルのもとに向かう。
「うちの兄がすみませんでした」
「気にしなくて大丈夫だよ」
その子はウィルに回復魔法をかける。
ウィルはずっと鼻を押さえている。どうやら、鼻血が流れているようだ。それでも、匂いを嗅ぎたくて必死になっている。
「あの……スーハー……もし良かったら……スーハー……連絡先を」
「え? どうしましたか?」
ポトッ
その時、ウィルは何かを落とす。
「あれっ……これって……」
「それは! 僕のハンカチだよ! 拾わなくてい」
その言葉は間に合わず、チェナはそれを拾う。それはウィルが魔王からもらったチェナのパンツだった。
「……ウィルさん」
「はい!」
ギロリと瞳がウィルを捉える。ウィルはというと、興奮ぎみだった。こいつはもう駄目だ。
「……良かったですね。今日は魔王城に泊まることができて……」
「はい! ありがとうございます!」
おそらく、ウィルは魔王城で魔王と一緒にチェナから説教を食らうのだが……ウィルにとってはご褒美だった。
「それじゃあ失礼しました」
チェナは地面を蹴り飛ばし、ウィルと魔王を連れて空を飛ぶ。やがて、それは遠くへ行き、見えなくなった。
「…………さて……」
とりあえず、魔王とかいう脅威は去った。これから花見を再開するとするか……。
「……あっ……」
激しく戦ったためか、周りの花びらがすべて散っていた。