第101話 とある使用人の休日
「一度でいいから、幼女にお兄ちゃんって呼ばれたい」
「……は?」
私、クロトがギルドで椅子に座り、コーヒーを飲み始めて最初に聞いた言葉はそれだった。
隣のウィルさんとは合コンで知り合った仲なのだが、それ以来たまに相談にのっていた。
だからか、ギルドで会うと悩みを打ち解ける相手にされるようになった。その悩みが……最初は「騎士としてちゃんとしてるか?」とか「ステファニーの好きな食べ物はなんだ?」とかだったのに対し……。
「ねえ。一度でいいから、お兄ちゃんって呼ばれたい」
「いや、聞こえてますよ」
どうも、この男はロリに関することになると豹変するらしい。
今だって、空になったグラスを凝視しながら言葉を発している。かれこれ……ずっと瞬きをしていないような……。
「……カケルくんはいいよね。家にはジルちゃんやトンカツちゃんみたいな幼女にお兄ちゃんって呼ばれて……」
「えっ? ……私の聞いた話じゃ、トンカツちゃんは」
「そんなことはどうでもいいんだよ。クロトくん」
突然、グラスからこちらに目を移す。
いや……こえーよ。
「僕が言いたいのはね。……なんで彼ばっかり周りにロリっ子がいるのかって話なん、だよね?」
「…………」
めんどうなことになってしまった。
「……まだルルちゃんに好かれるのはわかるんだ。剣を教えたからね。でも、なんで初対面でセクハラしたジルちゃんにまで好かれるんだい?」
「……そりゃあ、まあ。あの人意外と変態であることを除けば、普通ですし」
「僕もセクハラしたよね? なんで、僕は好かれないんだい?」
「えっ? あっ。そっち?」
なるほど。自分とカケルさんの違いはどこにあるのかを知りたかったのか。
…………。
「いやいや、ウィルさんは普通にイケメンですしね。たぶんそれで近寄りがたいんじゃないですか?」
「なるほど。あとで母さんに相談して、ブサイクにしてもらわないと……」
「あなた、だいぶ覚悟決まってますね。その覚悟、他に使い道無かったんですか?」
「ロリのためなら、僕は死ねる。そして、生まれ変わったら、そのロリが僕のお母さんになってほしい」
「……すみません。少しでも尊敬していた私が馬鹿でした」
誰か、この人を強制してくれる人はいなかったのだろうか。犯罪の匂いがプンプンするんですけど……。
ガチャっ。
「うぃーす」
そこにギルドの扉を開け、黒髪の男が入ってくる。どうも合コンの時に一緒にいたような……。確か、魔王だっけか。
その男を目にすると、ウィルはいつもの顔に戻る。
「やあ、オルゴール。元気にしてたかい?」
「んあ? まあな。今日は妹と買い物に来たからな」
……うむ。やっとマトモな人が来たか。
この期に応じて、逃げるか。帰って『パフパフきゅんきゅん』をやらなくては……。
「それじゃあ私はこの辺で――」
「今日もチェナちゃんが可愛かった! 良い匂いがした! これだけで明日も生きていける! ちゅき! だいちゅき! ありがとうございます!」
「…………」
こいつもじゃねえか。
「まあ、オルゴール。その話、僕も聞きたいからこっち来て、話してよ。ね?」
「うん。ありがとう。ウィル」
しまった……。逃げるタイミングを失った。
すると、その魔王は私を指差し言う。
「ところで、このチビはなんだ?」
「……は?」
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チビ。
それは昔から言われてきたことである。
「ねえ。あなたってずいぶん身長小さいのね」
エル様に出会った時……初対面でそんなことを言われた。
確かに当時は私よりもエル様の方が5センチほど、身長が高かった。
……まあ、男だからきっと彼女よりも大きくなれるさ。
二年後。
「あんた、なんか身長小さくない?」
その三年後。
「あれっ。私、ヒール履いてたっけ?」
……五年後。17歳現在。
「ねえ。クロト……なんか、あんたの目線低くない?」
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このシスコン魔王!
一発で私のコンプレックスを突いてきやがった。
「その子はあれだよ……ステファニーの家の……」
ウィルさんは一度固まる。
「なんだっけ?」
「使用人です」
「あー。そうなの。じゃあ常にエルちゃんやステファニーと……」
「……?」
「そうだよね。たぶん彼女らがロリだった頃から一緒だったんだよね。悪いね。変な相談させちゃって」
そう言いながらも、すごい不機嫌そうな顔で距離を取られる。
こいつ、本当にめんどくさいな。
魔王は頭をポリポリかきながら言う。
「へえ。俺はあんまり接点が無いから知らなかったがな」
「いや、あなた合コンで真っ先にステファニー様に求婚してたじゃないですか」
「あー。そういえばそうだったな。んで、お前、そこんとこの使用人かー。よろしくな。チビ」
そう言って、手を差し出してくる。おそらく、握手をするつもりなのだろう。
それを見て思わず顔が引きつるが……いちおう握手をする。
「ハイ。ヨロシクオネガイシマス」
「ああ。なんか知らんが、お前がすげー機嫌悪いのはわかったわ」
そんな中、立ち直ったウィルさんが椅子を持ち出し、魔王に話しかける。
「まあまあ、ちょっとここに座って話そうよ」
「そうだな。ちょうど話そうと思ってたんだ」
魔王が椅子に座り、話し始める。
「いやな、チェナちゃんと一緒に買い物に来たって話はしたよな」
「うん。そうだね」
「それでな、俺がいつも通ってるエロ本屋があるんだけどよ。そこで本を立ち読みしてたらさ。兄がエロ本読んでるのが恥ずかしくなったのか、顔真っ赤にしたチェナちゃんがもう可愛くって可愛くって……」
…………。
「最高の気分でした。はい」
私は席を立ち、魔王の前に歩いていく。
「……あ? どうした? チビ」
バヂンっ!
「えっ。いって……」
思わず、顔をひっぱたいてしまった。
「は? なにしやがる……」
「恥を……知れよ!!」
魔王の肩をつかみ、話し出す。
「もしも、私がエル様やそのお姉様方と一緒に外出して、エロ本を読んでいるところを見られたら……間違いなく死ねる」
「あ? なんで?」
「恥ずかしいからに決まってるだろ! こんのバカちんが!!」
「ええ?」
困惑する魔王に続けて言う。
「まず、なんで魔王がどうどうと妹の前で恥ずかしげもなくエロ本を読んでるんだよ!?」
「いや……エロ本は読むものだからな」
「違う! そこじゃない! 羞恥心というものは無いのか?」
「俺はチェナちゃんの可愛い顔を見るなら、羞恥心だろうとなんだろうと捨てられる。その覚悟で生きてる」
「ここにもいたよ! 変態がよおおおお!」
なんなんだ? こいつら。
えっ。私がおかしいのか?
「ちょっとちょっと落ち着いて、クロトくん」
ウィルさんが私をなだめながら、席につかせる。
「何に怒ってるのか知らないけれど、少し落ち着いた方がいいよ」
「……はあ」
そうだ。ウィルさんだって気づいてない。きっと、おかしいのは私の方だったんだ。
そう狂った思考を始めた時……。
ガチャっ。
ギルドの扉から再び誰かが入ってきた。