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番外編 とある男の苦悩

「さすがはコラードくんだね!」


 昔からその言葉が嫌いだった。


 どんなに鍛練や勉強に励んでも、越えられない壁……僕にとってはまさに彼……コラードがそれだった。


 初等学校で、僕は毎回のように学問のテストでは一位だったし、友達とスポーツをする時は常に僕のいたチームが勝っていた。


 優秀すぎるが故に僕はいつも一つ上の学年と共に授業を受け、テストに取り組んでいた。下の学年に友達はいたが、僕は望んで飛び級した。


 日々充実していた。努力したことがそのまま結果となって現れていたからだ。


 そう。コラードがやってくるあの日までは……。


「はじめまして。ボクはコラードであります。よろしくであります」


 そんな独特の喋り方をするのが昔の彼だった。いや……その時の僕は彼を()()だと勘違いしていた。どうも遠い地方に住んでいたが、家庭の事情で僕のいた街に引っ越してきたらしい。


 初めはそんなに気にならなかった。むしろ、喋るのが苦手だというのを若干馬鹿にしていたのが内心だった。


「……えっ」


 僕は初めて自分の数学のテストの順位が2番になった。


「……2番……2番……」


 そのことは少年であった頃の僕に大きなショックを与えた。


「……2……2……」


 自分の順位に2という数字をつけられたことがたまらなく気に入らなかった。


「コラードちゃんすごいね! 1番じゃん!」


 教室の端でそんな会話を耳にしてしまったのが、恐怖の始まりだったのかもしれない。


「まぐれですよ。たまたま数学は得意だっただけで……」


 そう答えたものの、その後の……あらゆるテストで僕が1番を取ることは無かった。



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



 数ヵ月後。


 友達とスポーツ競技をしていると、コラードがやってきた。


「ボクも仲間に入れてもらえませんか? たまには男の子たちと遊びたいのです」


 周りの男子どもは皆顔を真っ赤にし、コラードが入ってくるのを許した。どうやら、男子の中ではけっこう人気があるらしい。


 見た目的に痩せ細っていたコラードが入るのは、別に僕も拒否をした訳ではなかった。むしろ、勉強では敵わなかったため、自分の力を見せつける良い機会だと思った。


 ……結果、コラードは運動もできた。コラードが入ったチームは必ず勝っていた。まるで以前の僕のように……。


 心の底から悔しくなった。血反吐を吐きそうな思いで努力した僕の気持ちが抉られたようだった。


 その日は、体調が悪くなったと言って家に帰った。


 本当に気持ちが悪かった。絶対的に神に愛されし人間というものに……。


 僕は出会ってしまった。



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



「ねえ。ウィルくん」


 それから数年が経ち、僕らは中等魔法学校に通い始めた。周りの友達のほとんどは自分の家を継ぐため、もう学校には通わないらしい。


 だから……知り合いというのはコラードぐらいのものだった。


 今はそんなコラードと学校の屋上で適当な世間話をしていた。


「明日の文化祭。ウィルくんのクラスは何をやるの?」


 簡単に……メイド喫茶をやる……とだけ伝えた。もっとも、そういったものにあまり興味が無かったため、気は進まなかった。


 そっちは何をやるの……と聞くと。


「ボクはね、演劇をやるんだ。お姫様役をやるんだよ。素敵でしょ」


「…………」


 コラードのそんな姿を想像すると嫌気がさす。いつもそうだ。


 才能だけで人気者になっていく。そんなコラードが妬ましかった。


「……ねえねえ。ボクの友達にさ、ステファニーって子がいるんだ。その子はね、毎回テストで一位を取ってるんだよ。すごいよね」


 へえー……と聞き流していた。正直、学校のテストなんて今では興味が無かった。


 なぜならコラードが本気を出さないからだ。もしも本気を出せば、あの鬼畜なテストで満点をたたきだすのだろう。


 以前、国語のテストで平均点が30点を下回るものがあった。しかし、コラードはなぜかそれで100点満点を取っていた。どうして、そんな点数が取れるのか。それをコラードに問いただしてみると……。


――あの先生はそういう性格だったから、こういう脳の作りになってるって思ったんだ。だから、絶対にこういうテストを作ってくるってわかったんだよ――


 そこまででやめておけばいいものの、学校で掃除をしていると、コラードの机からある一枚の紙切れを発見した。


 そこには、その国語のテストがそのまんま写されていた。


――…………――


 一瞬カンニングを疑った。しかし、絶妙な文章の書き方の違いからカンニングではないとわかった。


 コラードは本当に先生の考えていることを見破り、テストを100%予測できるのだった。


――もう。駄目だよ。ウィルくん。人のもの勝手に見ちゃ――


 すぐに取り上げられるも、僕は人の脳は見れても文章までは予測できないんだな……と馬鹿にしてみた。


 すると、コラードは首を傾げながらこう答えた。


――だって、まったく同じ文章を書いたら、もし見つかった時にカンニングだって疑われちゃうでしょ?――


「…………」


 本当に今、目の前にいるこいつが僕は嫌いだった。僕のテスト勉強へのやる気が無くなるのも無理もないと思う。


「ウィルくん。ウィルくん」


 コラードは笑顔のまま、言う。


「ボクはね。……誰かに嫉妬したことが無いんだ」


 ……嫌みか?


 一瞬そう思ったが、コラードが僕の方を見つめていないため、脳を透視していないことがわかる。


 ……いや、透視できるのがもうおかしいのだが。


「嫉妬できる。……それも一種の才能だと思うんだ。目指すべき壁がある。素晴らしいことだと思う」


 そろそろキレそうになり、僕はコラードの顔を見る。しかし、その顔にすでに笑顔が無く、ただ一点を見つめていただけだった。


 ……気持ちが悪かった。まるでこの世の真理を見抜いているかのようなその表情が。


「……忘れないでほしいんだ。ボクは決して特別じゃない。……ボクだって苦悩しているんだよ。ウィルくん」


 なぜだか、その発言を聞いたあと、僕は非常に切なくなった。自分の見ていた壁……それがわからなくなってしまった。



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



「…………」


 その時のコラードの発言がいまだに引っ掛かっていた。


 ひょっとしたら、自分が思っているほどコラードは遠い存在ではないのだろうか……とも考えた。


「…………」


 突然、胸が引き締められた。本当に突然だった。苦しくて、頭がおかしくなりそうだった。


「……む」


 本当に……。


「……むほおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ……頭がおかしくなった。



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



「むほ! むほ! むほ!」


 僕はコラードを屋上に呼び出した。なんだか、むほむほしてきてしまった。


「むほっほほほほ!」


「……ウィルくん?」


 あのコラードでもその時の僕の挙動には引いていた。ひょっとしたら、関係を絶とうとも考えていたかもしれない。


「むほっほほほほほほほ!(実は! 大切な話があって!)」


「……まあ、だいたい何を伝えたいのかわかるけれど……」


 僕はむほむほしてしまった。だからむほむほしながら、言った。


「むほほほほっ! むほおおおおー!(好きです! 付き合ってください!」


「ごめん。無理」


「むほお!?(なんで!?)」


「いや、だって……」


 コラードは突然スカートをめくる。その行為に僕はさらにむほむほした。


 可愛いパンツがあらわになると、ほむほむしたくなった。


「……ごめんね」


「むほお?」


 ズリっ。


 コラードは勢いよくその布切れを下に下げた。しかし、僕がむほむほしながら期待したものとは大きく違っていた。


「……む……ほお?」


 そこには、あってはならないものが存在した。


「…………」


「実は……ボク……」


 ……やめてほしかった。おとなしくむほむほしてほしかった。


「男なんだ」



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



「むほおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 僕は泣いた。むほむほする暇も無く泣いた。


「むう……ほお……」


 気がつくと、公園のブランコに座っていた。むほむほする気にもなれずに、むほむほしていた。


「君……どうしたんだい?」


「むほ?」


「見たところだと、うちの学校の生徒かい? なんで泣いているのかね?」


「……むうほお」


「……そうかい、そうかい。好きな子が実は男で、現実を受け入れられないのかい。かわいそうに」


 むほむほしていた。でもおじさんはむほむほしながら、僕にむほむほを与えた。


「これでも読んで気を紛らわせたまえ。きっと元気になるよ」


「……むほお?」


「レッツ、むほむほ!」



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



 そんな日記を彼の家の引き出しから見つけてしまった。


「…………」


 ……これは……なんていうか……。


「ステファニー」


 後ろから彼が話しかけてくる。とっさに引き出しの中にその日記をしまう。


「こんなところにいたのかい。何をやっていたの?」


「……ねえ。ウィル」


「……?」


 これだけは……どうしようもなく聞きたかった。たぶん……そうとう私は青い顔をしていたと思う。


 だが、聞かずにはいられなかった。


「むほむほってなに?」

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