第100話 『ideal』 ~音と光に刻む~
空を眺めていた。そこには、数えきれないほどの星があり、美しいそれらを見ることが俺の好きなことの一つだった。
中学に上がった頃から、星座を覚えることにしている。もうその中学の名前も、そこに通っていた頃に使っていた名前も覚えていないのだが……。
ただ……その星座の名前だけは、どうしても忘れられなかった。
……いや、その世界の星座だけではない。今まで、巡ってきた世界の空を。
俺は忘れられなかった。
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目の前の少女はバイオリンを弾き始める。その音は前よりも軽やかで透き通るようなものになっていた。
「よしっ。これなら、大丈夫かな」
「……? 先生、何が大丈夫なんですか?」
ユキナは俺に問いかける。そんな彼女に微笑みながら言う。
「今日はある男を呼んでんだ」
「……ある……男?」
「おうよ」
近くの黒髪の少女の肩に触れる。
……すると。
「おらああああああああああ! チェナちゃんに何触ってんだあ!」
ギルドの扉をぶち破り、入ってくるオルゴール。
「カケル、てめえ! 言っとくけど、てめえにチェナちゃんは渡さねえからな!」
「……落ち着けよ。てか、出現条件が単純すぎだろ。魔王」
すると、オルゴールは目の前にユキナがいることに気がつく。
「……うえっ!」
情けない驚き方をするオルゴール。そんな彼に、ユキナは目を丸くする。
「……オル……ゴール?」
「……え? ……おおう」
そして、ユキナはオルゴールに飛びつく。
「……ええ!?」
突然の行動にオルゴールは驚き、みるみる顔が赤くなっていった。
「……ありがとう」
「ん? 何がだ?」
オルゴールの動きがカクカクしている。そうとうテンパっているようだ。
「……お母さんの怪我を治してくれて」
「……いや、別に大したことじゃ……」
「ううん。あなたは……本当に……」
ユキナはオルゴールに抱きつきながら、涙を流していた。
「……あの……ユキナさん?」
「へ?」
「……ずっとこうされるのも恥ずかしいのですが?」
「……うわあっ!」
自分のしていることに気づいた彼女は、オルゴールから離れる。
……離れられたオルゴールはなんだか寂しそうにしている。離れられたいのか、離れてほしくないのか、どっちなんだよ。こいつ。
お互い照れているユキナとオルゴール。
そんな中、俺はユキナに言う。
「おーい。そろそろちょうどいいんじゃねえか」
「……えっ」
俺はユキナの持っているバイオリンを指差す。すると、彼女は俺の意図を理解する。
「……あの、オルゴール」
「ん?」
「……演奏……聞いてくれない?」
その言葉を聞くと、オルゴールは微笑み言う。
「わかった。お前の演奏を聞いてやる」
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ユキナは弓を持ち、バイオリンを弾き始める。その音は非常に軽やかで、オルゴールのもとに届く。
先ほどの練習の時とは違い、少し張りつめているような感じが、彼女の緊張を表していた。
「……さて」
そんな光景をあとにし、俺はギルドの外へ足を踏み出す。外はすでに暗く、夜になっていた。
「……聞かなくていいのか? カケルさん」
「……チェナ」
その眼帯をつけた少女は、笑みを浮かべながらこちらに問いかける。
「まあな。どのみち、二人の中に入れる気がしない」
「奇遇だな。ワレも入れないから、ここにいる」
「…………」
そんな中、俺は奇妙な質問をチェナに投げかける。
「……なんで、オルゴールの話し方を真似てるんだ?」
「……ふぇ?」
「前に風邪を引いていた頃の話し方が素だよな? なんでわざわざオルゴールっぽく話してんだよ」
「…………」
少女はうつむき、話し出す。
「別に……真似してるわけじゃあ無かったんですが……」
「……おう」
「なんていうか……私にとってお兄ちゃんは一つの目標のような物なんです」
「……目標ねえ」
確かに……人には目標となる人間がいることが多い。ウィルでいう母親やコラちゃん。エルでいう姉たちのように。
「あのシスコン魔王が目標ねえ」
「……その言い方はなんか嫌ですね」
「確かにな」
「とにかく、それだけですよ」
チェナは再び微笑みながら、言う。
「昔から、お兄ちゃんは面倒見がよくて、すごく助けられたことが多いんです。少し行き過ぎなところも多いですが、それでも尊敬してるんです。お兄ちゃんのこと」
「……そりゃ意外だったわ」
「……へ?」
「てっきり、オルゴールは嫌われていると思ってた。なんせ魔王だし、極度の変態だし」
「……別に嫌じゃないってことではないですよ」
「ああ。そうなの」
嫌われているところは、ちゃんと嫌われているのか。
「でも……」
チェナはこちらに向けて言う。
「我が名はチェナ! 魔王オルゴールの妹にして、真の魔王城の支配者! そして、いずれは世界を征服することを夢見ている!」
「…………」
無言でチェナの方を見つめる俺。すると、チェナはだんだんと顔を赤くする。
「なんですか!? 少しは反応してくださいよ」
「……いや、世界を征服ねえ。ある意味本当にできそうだからな。その可愛さなら……」
「はあ!?」
夜空を眺め、俺は質問する。
「なあ」
「はい?」
「お前って、星は好きか?」
「……星……ですか?」
チェナは首を傾げる。
「まあ、それなりには……」
「……そうか」
星を見ると、懐かしくなる。今までの世界のことが。
女の子になったり、医者になったり……はたまた動物になったり、時に王子様になったこの人生で……決して楽しいことばかりでは無かったけれども……。
それらはすごく輝く思い出となっている。そして、星とともに俺の中に残っている。
……今、見ている空は知らない星で広がっている。それらを覚えれば、ここでの記憶もちゃんと残すことができるだろうか。
「まあ……」
現在の俺が今までのことをおおまかにしか覚えていないため、残せると断言はできないのだが……。
「……せめて、次に繋げられるようには頑張らないとな」
雲が少なく、星が輝く夜空。
星空に俺、カケルは思い出を照らし合わせる。その星が消えない限り、きっとその思い出が消えることは無い。
そんな願望を……俺は胸に焼きつけるのであった。