第98話 神様が集まる日
「…………」
そこは死んだときに行く場所だった。ただ、今日は少し様子が違っていた。
「なあ、タナカ」
「…………」
「……なんで、ふとんで寝てんだ?」
顔を真っ赤に染めながら、ふとんで寝ている彼女。
「なあ、タナカ?」
「……ちょっと……風邪引いただけよ」
「……ああ。そう?」
神様でも風邪を引くことがあるのだろうか。まあ、神様のことは神様にしかわからないだろう。
「んで? なんか手伝うことあるか?」
「……え?」
「いや、だって目が覚めるまでの間、暇だし」
「……ああ。そうなの」
まったく……強く股間蹴りすぎなんだよ。マリアのやつ。
普通、死ぬ直前までやるか?
「まあ、とりあえずお粥作ってやろうか?」
「……お粥なら別の人が作ってくれてるわ」
「……別の人?」
はて……ここでタナカ以外に会うやつなどいただろうか。
…………。
「帰っていいか?」
「……帰れないでしょう?」
「そうだった。ちくしょう」
ここで会うやつっていったら、あいつしかいない。あのクソみたいなサイコ野郎に……。
「あっ。カケル君。来てたんだ」
「……やっべ」
やつの声が聞こえる。聞いただけで鳥肌が立つような声が……。
「いやあ、タナカちゃんの側にいてくれたんだね。ありがとうありがとう」
「…………」
小柄で、少年だか少女だか見分けのつかない。そんなこいつこそが……万物の神、サトウである。
手に持つお粥をタナカの近くに置き、こちらに話しかけてくる。
「さあさあ、まずは何する?」
「……お前なあ」
サトウが何かする前に、こちらから動かなくては。
「勝手に神の使いを送りやがって! おかげでこっちは大変だったんだからな!」
「まあまあ、落ち着いて。私も悪いと思ってるよ。それより、今トランプ持ってるからやろうよ!」
「反省してる様子が読み取れないんだけど?」
さすがはサトウだ。日頃から隣にいるタナカの苦労が伺える。
「それに、君も昔のことを思い出せて、少しは良かったんじゃないの?」
「いや……まあ……結果的にアンジェリカを良い方向に導けたかもしれないが……いろいろ迷惑がかかりまくってんだよ」
「まあまあ、いいじゃん。いいじゃん。みんな無事なら」
「…………」
やはり、どうもこいつと話すと調子が狂う。本当はもっと重い話のはずなのに、なぜかこいつは軽く話す。
「それに……」
「……ん?」
「……神の使いとは、事前に戦っておくべきだと思ってね」
「……え?」
「なんでもない。……うん。なんでもないよ」
何かを隠すかのように、先ほどの言葉を無かったことにするサトウ。
「まあ、私は面白いものが見られればそれでいいんだけどね」
「……それが理由で、神の使いを?」
「うん」
「…………」
やはり、こいつはなかなかやばいやつだ。現に、俺、右腕吹っ飛んでるのに、面白いって……。
「どうやら、今回の世界は恵まれているらしいね。カケル君」
「…………」
その質問は、俺を考えさせる。考えた末……。
「……そうだな」
「うん。だから、君は見てると面白いんだよ」
「……性格悪いな」
「それが私だからね。4000年以上の付き合いなのに、今さら?」
「いいや、前世からどころの騒ぎじゃないぐらい知ってた」
「ははっ。その表現は面白いね」
ふと、だんだんと眠くなってきた。そろそろ、時間のようだ。
「あっ。最後にもうひとついいかな」
「……あ?」
「楽しんできてよ。その世界を」
「……あいよ」
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「サトウさん」
「ん?」
隣で座るその人に、私は話しかける。どうも聞きたかったことがあるのだ。
「あなたは……本当に面白いからって理由だけでカケルの記憶を消さないでいるの?」
「うん。だって、あそこまでねばる逸材はそう簡単には、手に入らないよ」
「……そう……ですか」
この人とも、長い付き合いだ。私が神様として、生まれ変わってからずっと一緒である。
だからか、この人の性格もよく理解している。
「……いつまで」
「……?」
「いつまで、カケルを解放しないつもりなんですか?」
「……そうだね」
サトウさんは、折り紙を作り出す。それを折って、ツルを作っていく。
……作り終わると、ツルを崩し、また別のものを作り始める。
「その質問には、うまく答えられないな」
「……えっ」
「まず、解放の定義を教えてもらいたいね。彼の魂が死ぬのが解放? それとも、彼が宿命を乗り越えるのが解放? わからないね」
「…………」
たまにこの人は難しいことを言う。
「でも……もしも……異世界転生を終えることを解放というのであれば……」
折り紙は何度も折られ、擦りきれていく。やがて、それは破れ、散り散りになる。
「永遠に解放することなんて無いと思うよ」
「…………」
あらためて、この人の性質を思い出す。面白いおもちゃを見つけたら、壊れるまで使う。そういう人だ。
例え、そのおもちゃが……人間だとしても……。
「さて……そろそろ私は行こうかな」
「……はい」
数歩進むサトウさん。しかし、そこで立ち止まる。
「ああ。言い忘れていたことが一つ」
「……?」
「……イクタ君が、カケル君の世界にやってくる」
「……そうですか」
「いやあ、飽きないぐらい面白いことが起きるね。最近は」
「…………」
そう言い、彼女は空間の中に消えていく。その後ろ姿は、天使とも考えられるし、悪魔のようにも感じた。
「……カケル」
不安を心の片隅に置きながら、私はふとんで寝るのだった。