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第96話 一人だけではない

「コラちゃん。なんで、魔王が脱獄するってわかってるんだ?」


 あいつの事情をまったく知らないから、脱獄する理由がわからない。コラちゃんもなかなかすごい思考してるよな。


 そんなことを考えながら、俺は刑務所の前にいる。


 ドゴオオオオオン!


「……ん?」


 なんかすごい音がしたが、もしかして、本当に魔王が脱獄を?


 すると、案の定、魔王がやってくる。どうも、様子からして悪いことをしようとしているように見えない。


 ……とりあえず、戦う準備はしておくか。


「よお。魔王」


「あ? 何の用だ?」


 あらためて、何の用かを聞かれると困る。そもそも、コラちゃんは魔王を監視してほしいとお願いしてきた。


「…………」


 なるほど。たぶんコラちゃんは知っている。これまでの展開を。そして、これからのことを。


 きっと、魔王に悪意が無いとわかっていて、あえて脱獄をさせるつもりなのだ。じゃなけりゃ、監視してほしい……ではなく脱獄を止めてほしいと頼むはずだ。


 とはいえ、このまま簡単に脱獄をさせるには、あまりに警戒が無さすぎる。


 少し理由を聞いてみるか。


「別に大した用じゃねえよ。お前が脱獄してまでやりたい何かを知りたいだけだ」


「…………」


 魔王は少し黙ったあと、それを言う。


「……お前は……目の前に困っている人がいたら、助ける。まさに正義ってやつだ」


「…………」


 そんな……すごいやつじゃない。


 結局、助けられなかった人だっている。もしも、アンジェリカが住んでいた村を助けられていたら、こんな出来事は起きなかった。


 そもそも、タクローと戦っている時だって、レティシア先生やカール先生……それこそアンジェリカがいなければ、俺は勝てなかった。


 そんな俺が、正義なわけ無い。


「ならば……俺はお前の知らない場所で困っている人間を助ける。それが、悪の……魔王のする仕事だ」


「…………!」


 俺の……知らない場所……。


「……そうかい」


 ……なんだか……悩みが吹き飛んだ気がした。


 俺は、一人だけでずっと何かをしようとしていた。だけど、一人でやるよりも、他の人と協力して何かを成し遂げるのも良いのかもしれない。


 そんな大切なことを……俺は忘れていた。


 そして、この魔王は俺が助けられないものを助けようとしている。


 ……納得しないわけが無いだろうが。


「んじゃ。行ってこい」


「……いい……のか?」


「ああ。……そもそも、別に看守たちに被害を与えてきたわけではないだろ」


 ……ん? なんだか、俺から目をそらしてるけど、大丈夫だよな。


 信じるしかないけど……。


「だから……お前の悪を突き進め。俺も俺の正義を貫く」


「……ありがとう」


「おう」


 魔王は敷地の外へ向かって、走り出す。


 俺はもしかしたら、こいつのことを誤解していたのかもしれない。魔王だから、もっとひどいやつとおもっていたが。


 ひょっとしたら、すごく他人のことを気にかけるすげえやつなのかもしれない。


「……頑張れよ。オルゴール」


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「それで、魔王にある子にバイオリンを教えてあげてほしいって頼まれたの?」


 退院したあと、ギルドでエルと話していた。


「ああ。そうなんだけども……」


 どうも、その少女の手がかりが無さすぎる。また、刑務所に行くのは手間がかかるし。


 それに……昨日、タクローに会った時はとうとうキレられた。なんでだ?


「まあ、探し出すしかないか……」


 俺はギルドの外に向かう。


「んじゃ。エル……また、午後に」


 ガシっ


「……ん?」


 俺の袖が誰かにつかまれる。その人物は橙色の髪を持つ少女だった。


 ……この子。どこかで……。


「あの……その……私、ユキナって言います」


「……あっ」


 そうだ。確か……。


「あの夜、誰もいない道でバイオリン弾いてた変な子」


「……へ……変!?」


 でも……前よりも表情が豊かになっているような……。


「……私……変……」


 おっと……つい傷つけてしまっただろうか。


「……カケル?」


 やばい。エルがこちらをにらみつけている。これは、少しでもまずい対応したら、痛めつけられる。


「んで? 何の用だ?」


「……あっ。……えっと……実は、人を探してて」


「……人?」


「あの……オルゴールって言うんですけど……」


 ……ああ。この子がオルゴールの言っていたやつか。


「オルゴールなら、たぶんまだ刑務所にいるんだろ。そのうち、ひょっこり現れるだろうぜ」


「……ひょっこり……ですか?」


「ああ。あいつはそういうやつだしな」


 たぶん、チェナがここに来る時はだいたいいるだろう。


「そうだな」


 俺はオルゴールに頼まれたことを思い出す。


「なあ。俺にバイオリンを教わってみないか?」


「……?」


「いや。俺、いちおう異世界を巡る間にいろんな楽器使えるようになってるから、教えるのはうまい自信があるんだ」


 うん。教える自信はある。さすがにプロほどうまくはないが。


「どうだ?」


「…………」


 少女は少し考えていた。当たり前だ。今日、突然会った人間にそんなことを言われても、困るに決まっている。


「……そうだなあ」


 俺はあることを思いつく。


「んじゃ、オルゴールが帰ってきたら、うまくなった演奏を聞かせてやろうぜ。いや……オルゴールだけじゃない。ここにいるみんなにお前のすごい演奏を聞かせてやるんだ」


「……私の……演奏?」


「おうよ」


 少女はじっと考え込む。やがて、決心がついたのか、俺に言う。


「……わかりました。よろしくお願いします!」


「おう。こちらこそ、よろしくな」

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