第94話 気づかなかった思い
ガラガラっ
俺はその部屋の扉を開ける。
「あっ。カケルじゃん。どうしたの?」
そこには王族の護衛を任された騎士団長こと、アーロンがいた。
「……話がある」
「え? うん。わかったけど……」
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「は?」
アーロンは俺の話を聞いて、困惑していた。
「……振った? マリア姫の告白を?」
「ああ」
ガシッ
俺は胸ぐらをつかまれ、壁に叩きつけられる。
「……カケル。どういうことか、もう一度言ってくれるかい?」
「……付き合えないって言ったんだ」
「ああ!」
胸ぐらをつかむ力が強くなる。それは怒りがこもったものだとすぐにわかった。
「……俺が怒っているのは、お前の断り方だ。そんなんじゃあ、マリア姫が傷つくじゃないか」
「相手を振ることは、どんな方法だろうと傷つけるのと同義だ。傷つけない方法なんて無いんだよ」
「うるせえよ! なんで、そんなに冷静なんだよ!」
アーロンは拳を握り締め、こちらに殴りかかる。だが……。
ガシっ
「……っ!」
俺はその拳を受け止める。
「……お前!」
「……一つ……聞いていいか?」
「……?」
「どうして、お前がそんなに必死になっているんだ?」
「……何を言っているんだ?」
胸ぐらをつかんでいた腕。その力が徐々に弱まっていく。
「……お前だって気づいてんだろ。本当は……」
「……は?」
「だいたい最初からおかしかったんだ。なんで、お前はマリアの結婚を止めようとした?」
「それは……マリア姫がかわいそうだと思って」
「いいや、違うな。なら、なんで最初に相手の様子を確認しに行かなかった? 相手の特徴しだいでは、マリアに合うかもしれないじゃないか」
「……それ……は」
俺はアーロンの胸ぐらをつかみ返す。そして、そいつの瞳の奥を見る。
「今だって、そうだ。どうして、お前はマリアが傷つくことにそこまで怒る。これは俺とマリアの問題だ。なのに、どうしてお前がそこまで怒るんだ」
「……なん……でって……」
俺は……卑怯なことをする。
こいつの思いを利用するのだ。これから。
「お前は……マリアのことが好きなんだろ……」
「……え……」
「好きだから……マリアを振った俺のことを怒っているんだろ?」
「…………」
……アーロンはしばらくの間、黙っていた。そして、いくらか時間が経ったあと……。
「……そう……だったんだな」
「そうらしいな」
「……だから……マリア姫が告白した相手に……こんなにも嫉妬しているんだ」
「……そうか」
「あの時だって……結局、マリア姫の結婚を止めたのは、君だった」
「…………」
アーロンは……何か清々しい表情をしていた。
「そうか。……俺、まだ一人じゃ何もやってなかったんだ」
「…………」
「……ごめん。カケル。急に怒ったりして。あと……」
アーロンは病室の扉を開け、出ていく。
「……ありがとう」
「おう。……がんばれよ」
…………。
一人では何もやっていない。それは俺も同じだ。
今回だって、アンジェリカを助けたのは、俺じゃない。過去の彼女自身だ。
あの……どんなに理不尽な環境でも、笑って過ごすことができるその笑顔。
それが俺を助けて、助けられた俺が今度は彼女を救った。
「カケルさん」
「……モナか」
モナは扉の隙間からこちらの姿を眺めていた。
「……ずいぶんとひどい役をやってますね」
「そうだな。ひどい役だよ」
「主人公のやる役じゃないです」
「マジでそれな。振った相手のことを好きなやつを応援するとか、結構メンタルにくるんだよ。これ。マリアにすげえ申し訳なくなるし」
「…………」
「おい。なんで黙ってんだよ。俺、結構メンタルに」
「いえいえ。ずいぶんお喋りなんですね。今日は」
「へ?」
「まあ、早くベッドで寝てください。じゃないと、その恥ずかしい表情を見せることになりますよ」
「…………は?」
モナはそう言うと、どこかへ行ってしまった。
俺はモナの言うとおりに、自分の部屋に戻る。そして、一度自分の顔を確認する。
「……こりゃあ……」
そこには、身体的にも精神的にも弱り、真っ青な顔が映っていた。
「恥ずかしい顔だな」
俺は勢いよくベッドに倒れ込む。
そして2秒で寝た。
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いつからだっただろうか。
騎士団長に……そもそも騎士になる前。もっと……前……。
俺はマリア姫のお世話係として、城に住んでいた。姫様よりも2つ歳上だし、わりと世話などは得意な部類だったから、結構充実した日々を送っていた。
姫様も姫様で、俺のことを慕ってくれていた。そんな姫様が俺の中では、かけがえのない存在になっていた。
その思いが……いつしか恋愛感情に変わっていたことを、俺は今日知った。
「はあ……はあ……」
腹と腕の傷がまだ痛む。それでも、走り続けた。
「……着い……た」
そして、城の前までやってくる。
「……姫様」
俺はいつもどおり、城に入ろうとする。するのだが……。
城の廊下を見て、思い出す。
「……俺……姫様をちゃんと守れるのかな」
あの時、あの廊下で、俺はあのローブの女に敵わなかった。それは、俺の無力さが原因だった。
……守れるのか、非常に不安だった。
そんな時、後ろから声をかけられた。
「あれ? あなたは確か、アーロンさん?」
「……あんたは……確か……」
その人物は、剣聖コラードだった。わずか24歳で剣聖となり、それから3年間、勝てた者はいないという実力者だ。
この国では聞いたことの無い人物がいないと言われるほどだ。まあ、顔はそこまで広まっていないからか、本人が女装が趣味なのはあまり知られていない。
「ふむふむ」
「はい?」
なぜか、剣聖は俺の顔を見つめ、考え込む。
「なるほど……」
「どうしたんですか?」
「……アーロンさん」
「……はい?」
「守れるのは、守ろうとする者だけですよ」
「……えっ」
そう言うと、剣聖は城の中に入っていく。
「それじゃあ、ボクは王様と話があるので……」
「……ああ。うん」
剣聖のうしろ姿を眺めながら、その思考の恐ろしさに驚愕する。
「……エスパーかよ。あの人」
だが、その人の言ったことが俺のやるべきことを教えてくれた。
「……行こう」
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俺はマリア姫のいる部屋に走っていく。息を荒げて、たぶん……ひどいぐらい情けない顔をしていたと思う。
「……マリア姫!」
そして、その部屋が見えてきたあたりで、そこに向かって叫ぶ。
しかし、まったく返事がない。
「失礼します!」
勢いよく、扉を開ける。だが、そこに彼女の姿は無かった。
「……いったいどこに……」
俺はさらに城を走り回った。途中、王様と出会って、いろいろと叱られたが、それでも走り回る。
そして、あるバルコニーにやってくる。
「……姫!」
「……アーロン」
そこには、手すりに手をかけ、外の様子を眺める姫がいた。
「どうしたの? こんなところで」
「……マリア姫」
俺は……自分から行動をしたかったのだった。
「……好きです」
「…………えっ」
「あなたのことが好きです! だから、付き合ってください!」
その言葉を言う前は緊張で胸が張り裂けそうになる。言った後は、返事が怖い。
思いを伝えること。それがこれほどまでに苦しいことだとは思わなかった。
「……アーロン」
「…………」
だが、どんなことを言われようと、後悔は無い。
「……気持ちは嬉しい。でも……」
「……はい」
「今は、少し気持ちの整理をしたいの。もしも、気持ちが落ち着いたら、その時は……」
マリア姫は微笑み、こちらに言う。その笑顔は、今まで見た中で一番大人びていて、美しいと感じた笑顔だった。
「こっちから伝える。それまで待っていてくれる?」
「…………」
その答えは一つだった。
「はい。もちろんです!」