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Eighth Parasite Killers



「……」


 これは、つい先日のことです。

 夜遅くなった私は冷蔵庫から水を取り出し、飲みました。

 時計の針は一の字を指しています。

 一時半。誤解のないように書くならば、二十五時半。夜更かしをしすぎました。

 早く寝ないと眠くて仕方がありません。


「は~……」


 私は大きなあくびをしました。

 冷蔵庫はキッチンの近くに設置されています。


 キッチンから出ようとしたその時。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 大きなコキプリが、キッチンで制止していました。

 いつものごとく私は大きな悲鳴を上げ、すぐさま冷蔵庫へ退却しました。

 コキプリは私の悲鳴に驚き、食洗器の陰に隠れました。


 隠れたと言っても比較的暗い場所へ逃げただけであり、私からは丸見えです。

 電気もつけずにキッチンの中で制止する黒いコキプリを見つけることが出来る私の能力はもうプロ級だと言っても良いでしょう。

 私はコキプリを前にして、完全に固まっていました。


 というのも、私の住んでいる家のキッチン、非常に狭いのです。

 家事に時間を割くのが大嫌いな私は、食洗器を買いました。食洗器を設置したせいで食材を切る場所がなくなり、キッチンの後ろに机を設置していたのです。普段自炊をするので、その机で食材を調理していたのです。

机とキッチンに挟まれた通路は非常に狭く、人二人がやっと通れるくらいの広さしかありません。

 これはまずい。

 すぐ目の前に、コキプリがいます。

 手を伸ばせば届くほどの距離にいるコキプリに、私は大泣きしました。

 

 そしてこのコキプリから逃れるためには、このコキプリのすぐ横を通過しないといけないのです。机とキッチンに挟まれたその狭い通路を通らないと、いけないのです。

 これはまずい。

 コキプリが少し気が変わって横に飛び出そうものなら私とぶつかります。

 

「ひっ……」


 どうすればいいのか分からない私は冷蔵庫ににじり寄りながら、コキプリから距離を取っていました。

 そして刹那。


 私は悲鳴を上げながら、全力で机とキッチンに挟まれた狭い通路を通り抜けました。今なら短距離走の世界記録が出せそうです。


 どうにかこうにか狭いキッチンを抜けた私は聖域のベッドへと退却しました。

 キッチンとベッドの距離はかなり遠く、五メートルくらいはありそうです。

 ですがこれではどうすることも出来ません。キッチンにコキプリがいることを分かって何もしないわけにもいきません。

 どうしようかと考えあぐねた私は、すぐさま冷凍スプレーを手に取りました。

 冷凍スプレーの効果は既に実証済みです。

 ですが問題は、コキプリがどこにいるか、ということなのです。


 とりあえず私は再びスマホを手に取り、コキプリの情報を集め始めました。


『コキプリは普段目に付く場所にはおらず、コキプリを目撃するというのはレアなのです』


 ネット記事にそんなことが書いてありました。


「そんな良いことみたいに……」


 レアだなんて、目撃したことがラッキーかのような書き方をされていることに腹が立ちます。

 何の情報も得られなかった私は冷凍スプレーを持ち、キッチンの前まで再びやってきました。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 先ほどコキプリがいた、食洗器の陰に冷凍スプレーを放ちました。


「~~~~~~~~~~~~~~~!」


 ゾンビ映画でゾンビに近寄らせないために、四方八方に銃を撃つシーンがありますが、あの気持ちが分かりました。まあ大体そういうキャラはすぐにゾンビにやられるので、その理論でいけば私はもうすぐコキプリにやられるということになるでしょう。


 私はコキプリがいそうな場所へ向け、冷凍スプレーを発射したのです。

 それも多量に。


「…………」


 コキプリの反応はありません。既にどこか違う場所に退避したのでしょうか。

 そして暫時。


 ピピピ! ピピピ!


 機械的な電子音が私の部屋に響きました。

 コキプリのせいで過敏になっている聴覚は、それを聞き逃しません。

 私はびく、と体を震わせました。


『ガスが漏れていませんか?』


 火災報知器が、鳴ったのです。

 火災報知器は冷蔵庫の横にあります。つまり、狭い通路を抜けたキッチンの奥に、あるのです。

 冷凍スプレーをむやみやたらに発射したせいで冷凍スプレーがガスと判断され、火災報知器が反応してしまっているのです。


『ピピピ! ピピピ! ガスが漏れてはいませんか?』


 火災報知器はその間にも鳴り続けます。 


『ピピピ! ピピピ! ガスが漏れてはいませんか?』

「漏れてないよ!」


 どうにかしたいのですが、どうすることも出来ません。

 狭い通路のすぐ横に、コキプリがいたのですから、ここを通ることは出来ません。


『ピピピ! ピピピ! ガスが漏れてはいませんか?』


 ですが火災報知器はずっとなり続けます。しかもそこそこの音量で。

 時刻は一時半、間違いなく近所迷惑になります。

 どうにかして止めないといけない。

 隣人から嫌がらせを受けてしまいます。


「ふ~~~~…………」


 私は大きく深呼吸をしました。

 そして。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 錯乱状態で悲鳴を上げながら、狭い通路を通り、最奥にある火災報知器へ走り抜けました。

 いわばこの火災報知器は私のダンジョンの報酬、最も奥底にある宝箱と同様です。


「~~~~~~~~~~!」


 なんとか命からがら通路を抜けた私は火災報知器へたどり着きました。

 

「~~~~~~~~~~~~!」


 ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ。


 早く! 早くあのコキプリが返ってこない間に火災報知器を止めるんだ! と私は火災報知器のアラーム解除ボタンを押しますが、全く解除されません。


「なんで!?」

『ピピピ! ピピピ! ガスが漏れてはいませんか?』

「うるさい!」

 

 何故火災報知器は鳴りやまないのか。

 アラーム解除ボタンを連続で押しますが、何度押しても反応しません。


 そこで私の脳裏に走馬灯が駆け巡ります。

 一般に、命の危機に瀕したときに見る走馬灯というのは、その危機を脱するために、脳がフル回転し、今までの経験から何らかの挽回策を絞り出そうとする、と言われています。

 

 何故アラーム解除ボタンが反応しないのか。

 すぐそばに迫っているであろうコキプリに対して私は何ができるのか。


 転瞬――


 私はトースターで食べ物を焦がしてしまった時のことを思い出しました。

 あの時も私はアラームを解除しましたが、そういえば……


 走馬灯により、私は解決策を思い出しました。

 

 アラーム解除ボタンを長押し、するのです。

 以前もそうしたことを、思い出したのです。

 

 というのも、この火災報知器に小さい文字で書いてあるのです。電気もつけずに生きるか死ぬかの勝負をしている時にそんな悠長な時間はありません。

 私はアラーム解除ボタンを長押しし、すぐさま聖域であるベッドへ戻りました。


「~~~~~~~~~~~~~!」


 悲鳴を上げながら、今度もどうにか無事に通路を抜けることが出来たのです。


 そして困った私はふ、と他のコキプリ退治グッズを思い出したのです。

 ゴキブリ退治グッズその二、コキプリ燻製スプレー、コキプリイナクナールです。

 

 こんなふざけた名前のスプレーに効果があるのか。私は半信半疑で、コキプリのいたキッチンへ何度か吹きかけました。

 

 

 そして十分が経った頃でしょうか。


 カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ。


「ひっ!」


 今まで聞いたことのない音が、キッチンから聞こえてきたのです。

 それはコキプリズンにつかまった時にあがく音でも全くない、今まで聞いたことのない音が、私の耳朶を打つのです。

 たとえるのなら、砂の壁から砂がはがれていくような。

 そんな恐ろしい音が、キッチンからするのです。


「怖くない怖くない怖くない怖くない」


 布団をかぶりながらまじないを唱え、キッチンを見ます。

 いえ、それはただの演出ですが。


 そしてしばらくキッチンを見守っていたころ。


 カサカサカサ。

 

 コキプリが壁を、よじ登っているのです。


「ひっ!」

 

 これは何とも珍しい。

 キッチンの電気はつけてあるのです。

 電気がついているのにもかかわらず、コキプリが電気の方へ向かって壁を歩いて行くのです。今まで見たことがない光景です。

 おそらくですが、空気より重いスプレーが下に滞空しているため、スプレーの効果をより浴びないよう、上へ上へと行っているのだと思います。

 コキプリはよろよろと壁を歩いて行くと、


 ペチ。


 天井辺りまで登ると、そこから落ちました。

 

 コキプリが壁から落ちた……!?


 今まで見たことのないコキプリの異様な光景に、私は驚きました。

 あまりにも現実離れしたこの光景に、息をのんだのです。

 キッチンとベッドとの距離がかなり離れていることもあってか、私の気分は、世界のビックリした瞬間、みたいなテレビをみているような感じでした。


 そしてコキプリが再び壁を上り、そしてまた墜落しました。

 この二つのコキプリは同じ個体なんでしょうか。それとも全く別の個体なんでしょうか。


 とにもかくにも、約一時間ほど経ち、それで音はしなくなりました。

 おそらく、コキプリイナクナールというスプレーの効果がとんでもないものだったのでしょう。

 私はほっと胸を撫で下ろすと、眠りにつきました。


 そして翌日。

 コキプリがいたであろう場所を除くも、コキプリの死骸は、落ちていないのです。


「…………?」


 あまりにも不可解。あまりにも不自然。

 一体コキプリに何があったのか。コキプリが私に気を利かせて、目につく場所で息絶えてはいけない、と思ったのでしょうか。

 そんなに私に気が使える生き物だったのでしょうか。


 果たして、コキプリが今どうなったのかは、誰も知りません。

 

 今回で分かったことは、コキプリイナクナールはとんでもない効果、ということです。


 バラにはとげがある。

 

 皆さんも、是非お買い求めください。





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