Seventh Clean Out
「……」
ぱちり、と目を覚ました私は、自分の身に何も異常が起きていないことを確認しました。
数時間にも及ぶ昨夜の激戦を終え、どうやらコキプリを倒したらしい。
私は安堵と不安とが入り混じった気持ちで、コキプリクイーンがかかったであろうベッド下のコキプリズンを覗きました。
「…………いた」
やはり、そこに超巨大サイズのコキプリクイーンは、いました。
一年間も放ったらかしにしていたからか、やはり粘着力が弱くなっているようです。
コキプリクイーンは足をコキプリズンから出していました。
銭湯でおじさんが腕を出して入浴しているかのごとく、クイーンも足を出してコキプリズンに囚われていたのです。
「ひぃっ……」
恐怖に怯えた私はすぐさま冷凍スプレーを取り出し、クイーンに吹きかけました。
コキプリズンの粘着力が弱まり、突然出てくるような事態にならないよう、すぐさま吹きかけました。
「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
紫色が特徴的なロボットアニメを思い出します。
止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ。
どうにかこうにか、私はクイーンに冷凍スプレーを浴びせ続けることが出来ました。
おそらく完全冷凍出来たでしょう。ただ、この冷凍スプレーの効力と言うものを私は知らず、コキプリを冷凍しても解凍されればまた命を吹き返すんじゃあないでしょうか?
いわゆるコールドスリープのような形で、長い冬眠ということにはならないのでしょうか?
「…………」
よく分からないので、とりあえずコキプリズンごと袋に入れ、捨てました。
ゴミの日が来るまでゴミの中に生きているか生きていないか分からないコキプリをとらえていけないのは、本当に心苦しいです。
シュレディンガーのコキプリといってもいいでしょう。
そして私は
「今日は休みます」
と伝え、すぐさま店へと向かいました。
何を買うべきか。
それはもちろん、決まっています。
コキプリズン、冷凍スプレー、コキプリ用毒餌、そしてコキプリと戦っている間に調べた、部屋を丸ごと燻し、コキプリを燻製にするアイテム。
そして、この時私の頭の中には、ある一つの思い出が過っていました。
ディフューザー。
皆さん、ご存じでしょうか。
昔先輩と買い物に行ったことがありました。
買い物の最中、先輩が有印良品店という名前の店に行きたがり、私は先輩について行きました。
「これ知ってる?」
先輩が私に教えてくれたのは、ディフューザー、そう、部屋を良い匂いにするアイテムでした。
ディフューザーはアロマオイルなどの香料を水の中に垂らし、部屋の中をアロマオイルのにおいにしてくれる、といった電化製品です。
自由に匂いを変えられる加湿器というとうまく伝わるかと思います。
「どの匂いが好き?」
先輩は色んな匂いの香料をかいでいました。
私も先輩にならい色々匂いをかいでいたのですが、さすがにこんなOLが使いそうなものを買う機会はないだろうな、と思っていました。
ですが、今回、私はこれを買おうと思いました。
どうも、調べたところによるとコキプリには嫌いなにおいと言うものがあるらしく、はっか油などのにおいがある場所には近寄り辛いらしいのです。
これを利用すれば、聖域のベッドの付近にハッカ油のにおいをまき散らし、結界を作ることが出来ます。
あの時は今後絶対に私がこれを使うことはないだろうな、と思っていたあのディフューザーが、今、まさに、こんなところで役に立とうとしているのです!
先輩ありがとう! あの時はこんなの使わないよ、と思っててごめんなさい!
私はコキプリズン、コキプリ用毒餌、冷凍スプレー、そして燻製アイテム、ディフューザーを購入し、家へと戻りました。
しかし、燻製アイテムがどこを探してもなかったので、スプレー式の燻製アイテムを買いました。というか、それしか売ってませんでした。
どうも最近、燻製よりもお手軽に使えるスプレー式のコキプリ退治アイテムの方が人気があるらしいのです。
店から戻り、家へ戻った私はまずディフューザーを起動させました。
「……良い匂い」
レモンの匂いです。どうやら樹は虫が嫌いなにおいを出すらしく、レモンなどに含まれるリモネンだか何だか、なんたらかんたらだとかいう成分がコキプリに効くらしいのです。
そして後から知ったことなのですが、これはあまりコキプリに意味はない、という動画もありました。
何が正解か分かりません。
レモンのにおいは好きです。
「結界!」
コキプリが寄りづらくなる結界を張りました。
聖なる結界、ホーリーシールド!
この中に潜む害虫は死ぬ! 性格の悪い人間、悪人も同時に死ぬ!」
「ぎゃああああぁぁぁぁ!」
どうやら私も悪人だったようです。
祓魔師に払われる悪魔のように、私は悲鳴を上げました。
……。
そんな小芝居は置いておいて。
ディフューザーを起動させ、スプレーをまき、しばらくコキプリに成分がいきわたるのを待ちました。
コキプリズンも二十作り、あちこちにまき、毒餌も大量に設置しました。
今この家は私の餌よりもコキプリの餌の方がはるかに多いことは間違いないでしょう。
そして今回最大の山場。
カーペット。とにもかくにも、このカーペットをどけなければなりません。
カーペットの中から大量の幼虫が発生し、そしてコキプリクイーンまでもやってきた。
軽く考えても、数百の幼虫と数匹の巨大コキプリがこのカーペットのいるのは目に見えているでしょう。
ですが、やらないといけない。ここでカーペットをどかさないと、私は永遠にコキプリと共に住まわなくてはならなくなります。
子供は一人では作れない。クイーンがいるということは、ファーザーもいるということです。コキプリファーザー、私は今からその難敵と会敵しようとしているのです。
「……」
ごくり、と喉を鳴らします。
間違いなくやって来る巨大な敵との開戦を前に、私の道具は全て揃いました。
右手にトングを持ち、左手に冷凍スプレーを持ちます。
カーペットをはがし、コキプリが出てきた場合、コキプリズンにとらえられる。それでもコキプリがプリズンを抜けた場合、私が冷凍スプレーでやっつけます。
時は満ちた。
いざ。
私はカーペットをどかしました。
「…………」
いない。
何も、いないのです。人っ子一人出て来やしない。
いえ、人っ子なんてものが出てこようものならそれはコキプリ以上に重大な問題ではありましょうが。
あれ、今私のベッドの下で誰か人のようなものが……。
とにもかくにも、なにもいないのです。コキプリファーザーどころか、コキプリチャイルドすら見当たらないのです。
何も、いない。
本当に、何もいないのです。
「…………」
カーペットを二つはがし終わった私は、途方に暮れていました。
一体あのコキプリクイーンはなんだったのか。
どうしてコキプリたちがいないのか。
いったい今私の家に何が起こっているのか。
「…………」
結局、燻製用スプレーが効いたのか、ディフューザーが効いたのか、今のところそれ以降コキプリは現れていません。
私はどこか不安な気持ちを残したまま、私の部屋を掃除することが出来ました。
ディフューザー、燻製用スプレー、毒餌、コキプリズン、冷凍スプレー。
今の私の部屋は、完全にコキプリ用に改造してあります。
誰かが私の家にでもあがろうものなら青い顔で逃げ出すでしょう。
不審者すらも、コキプリの住まう言えとして裸足で逃げ帰ることでしょう。
私は自分の家の恐ろしさに、恐れおののいていました。