Fifth Despair
「ふう……」
六月の二日、二十二時ごろ、私は利苗vs Gを書き上げ、つけていた眼鏡をはずしました。
「疲れた……」
コキプリショックによる精神的疲労、そして日常の疲労。
その両方が相まって、私は疲労困憊していました。その中でもとりわけ、コキプリによる精神的疲労は計り知れない物でした。
毎晩毎晩寝るときにコキプリが私のベッドに来るんじゃないか、知らない間にコキプリと寝ていることになるんじゃないのか、そんな漠然とした不安で毎日寝ることもままならず、ほぼノイローゼになっていました。
利苗vs Gを書き上げた私は小説投稿サイトに投稿し、セルファーを開きました。
「全然関係ないんですけど、利苗vs Gの続きを一年ぶりに投稿しました」
と投稿し、お風呂に入りました。
お風呂から上がり歯を磨き、髪を乾かすなどの諸々細かい作業を終え、風呂場のカビ繁殖を抑えるため、風呂場の換気を行いに行きました。
あ~、やっと寝られる、と思い風呂場のドアを開けた時、そいつはいたのです。
『こんにちは』
そんなコキプリによる思念が私の脳内に直接響いてきたような気がしました。
「わ!」
壁に一匹のコキプリが、張り付いていたのです。
私の短く鋭い悲鳴に反応し、コキプリはかさかさと動きました。
どうして、そんな。なんで。そんなどうしようもない言葉が私の脳内を満たします。
というのも、今まで風呂場には一度しかコキプリベイビーが出たことがなく、リビングからも離れていたのです。
リビングで卵が孵化し、それがコキプリベイビーの養殖につながっている、と私はそう考えていましたが、そのコキプリが風呂場まで歩いて行ったのでしょうか。
幸いにもコキプリのサイズはベイビーほど小さいとも言わないまでも、そこまで大きい物ではありませんでした。
カナブンと同じくらいか、それより少し小さいくらい、と言えばいいでしょうか。
爪で収まるサイズではありませんでしたが、一年前に遭遇したコキプリマザーよりは全然ましでした。
「ヤバいヤバい……」
私はこうなることを予想していました。
来る夏に向けて私が購入した秘密道具、冷凍スプレーと虫取り網を持ってきました。
「わ!」
どうやらコキプリは大きい音と人間の動きに反応するようです。
大きい音にも反応するとは意外でした。コキプリがその時に張り付いていた壁はどうにも都合が悪く、捕まえ辛い場所でした。
大きい音を聞かせてコキプリを少しずつ動かそうと思い、私はスマホを持ってくるや、私の好きなVtuber、バーチャルシンガーの歌を流しました。
「……」
コキプリにめがけて音を放ちますが、何の動きもありません。
「……」
私はすごすごと引き帰り、スマホを置いてきました。
その後しばらくコキプリを見ていると、コキプリは天井に移動しました。
これはチャンス、と思った私はコキプリの真下から虫取り網をかぶせ、コキプリに向かい冷凍スプレーを発射しました。
コキプリは冷凍スプレーを食らうや否やすぐさま網の中に落下しました。しかし、動きは止まりません。
渡井は何度も何度も何度も何度も冷凍スプレーを発射しました。
「うわああああああああああああ!」
戦場で気が狂い発砲を繰り返す、というシーンを映画でよく見ますが、その時の気分がよくわかりました。
コキプリが完全に動かなくなるまで冷凍スプレーを発射しました。
冷凍スプレーとはなんと恐ろしい物でしょうか。
スプレーのかかった場所が突如として白く変色し、すぐさま元の色へ戻るのです。
昔寄生虫か何かに寄生されてしまった、スーツを着せられた女性が主人公のSFゲームをやっていましたが、その時の冷凍ビームと見た目としてはほとんど変わりありません。
冷凍スプレー、現代の技術が生み出した恐ろしい物です。
何はともあれコキプリを退治した私はほっと胸を撫で下ろしました。
虫取り網と言うのは百均の物でも180cmも伸びるのです。相当な距離を保ったまま、安全に私はコキプリを倒しました。
今回の戦闘時間はおよそ十五分でした。
「良かった……」
私は対峙したコキプリを処理し、ベッドへ向かいました。
週末になったら絶対に家を片付けよう、という意思とともに、コキプリを倒した満足感とともにベッドへ向かいました。
しかし、この時の私は何もわかっていなかったのです。
ベッドへ戻った後、再びコキプリが現れることを。
そして人生最大の長丁場となる戦闘を繰り広げ、今までで最大のコキプリマザーと邂逅することを、この時の私はまだ知らなかったのです。
To Be Continued ...